少年院上がりのアイドル。 少年院上がりの地下アイドル・戦慄かなのがテレビで大反響! 狩野英孝と飛沫真鈴の交際事情ツイートでも話題に

戦慄かなのが少年院に入った3つの悪行!犯罪内容や理由がヤバすぎる!│Buzz Library

少年院上がりのアイドル

年相応の笑顔見せる彼女だが、実は2016年から1年8ヶ月にわたって「女子少年院」で過ごした来歴を持つ。 いわゆる不良だった。 母と妹との3人で生活していた戦慄さんは、小学生の時に「ネグレクト(育児放棄)」状態に陥ることになる。 母からご飯が与えられない日もあれば、暴力を振るわれることもしばしば。 中学校では同級生からイジメを受け、逃げ出したいと思うが自立できるほどの経済的余裕も知識もなかった。 壮絶な児童期を過ごした戦慄さんは、なんとか高校に入学するもすぐさま非行に走った。 その後は前述した通り、逮捕されて少年院送致に。 青春時代のほとんどを女子少年院で過ごすこととなった。 「『長すぎる』とか『出たい』とかありましたけどね。 花のセブンティーンを丸々そこで過ごしていたから。 でも、そこにいなかったら、今ここにもいないわけで」 2016年5月には女子少年院を退院。 そんな不良だった彼女が、メディアで笑顔を見せるようになったキッカケの一つが「ミスiD」だった。 戦慄さんいわく 「ミスiDを受けていなかったらなんにも始まらなかった」とのことだ。 今回は、彼女がアイドルとして活動を開始してから「ミスiD」を受けるに至った理由。 オーディションでの告白やその後についてまでのお話しを聞かせていただいた。 その原点となったのが、妹とのダンス動画だった。 少年院退院後にネットにアップすると「イベントに出て歌ってください」と依頼されるようになった。 間もなく、地下アイドルのような活動が始まり、ツイッターで炎上も経験。 だんだんと、ネットを中心に「」という名前が認知されだした。 アイドルグループのメンバーとして、事務所からオファーが来るには時間がかからなかった。 2017年1月、『のーぷらん。 』としてアイドル活動をスタートさせた彼女は、ダンスレッスンやライブに追われる日々が続く。 加えてSNSでの活動も継続し、順調にファンを増やしていくも、半年で同グループから卒業することとなる。 「アイドル活動と平行してひっそり受験の準備も進めていました。 『のーぷらん。 』自体、もともとそんなに長く続けるつもりではなかった」 時期を同じくして、『ミスiD 2018』のエントリー募集期間が開始。 戦慄さんはこの時 「今後自分がやりたいことをやっていくための手段のひとつだととらえていました。 自分ならミスiDである程度のところまでいけるという自信もありました」と思案していたようだ。 しかしながら、 「ミスiDを受けたからといって何者かになれるとは全く思っていなかった」とも考えていた。 そんな不安と期待を胸に戦慄さんは「ミスiD」に挑戦する道を選んだ。 「ネグレクト」から救う リアルを告白することの意義 書類選考、カメラテストを経て、順調にファイナリストにまで残った戦慄さん。 そして、各受賞者を決める最終面接でついに「少年院」の話を明かすことにした。 なぜ、打ち明けようと思ったのか。 それには、彼女がやりたいことが深く関わっていた。 アイドルとしても文筆家としても活動したかった。 他にもやりたいことが沢山あった中で、特に戦慄さんが関心を寄せていたのが、育児放棄や虐待を受けている子供たちを救うことだったからだ。 「アイドルのままでも自分の過去をさらけ出すことで、育児放棄や虐待のリアルというものを発信できると思ったので告白しました。 ただアイドルをやっている子が『虐待されている子どもを救いたいのでお金集めます』というよりも、虐待された当事者が声をあげるほうが説得力があるので」 理由はシンプル。 単純明快で理にかなっている。 それは決して彼女の人気を高めるだけのものではなく、自身の経験から同じような境遇の子どもたちを救いたいという、純粋な想いからの告白だった。 「アイドルとして売れるための手段として、少年院上がりというインパクトを使っているとよく言われますが、それは全く見当はずれですよね。 確かに色モノとして面白いと言われるかもしれないけど、アイドルとしてはどうなのか、それでファンはつくのかっていったらつきませんよね? 別にアイドルだけをやりたいなら少年院のことは秘密して普通にアイドルだけをしていたと思います。 サバイバルとは、「きびしい条件下で生き残る」という意味。 受賞後しばらくは、普段の生活とたいして変わらなかった。 唯一、変化があったのは「ミスiD」で知り合ったかわいい女の子たちと遊べるようになったことぐらい。 受験シーズンだったことから猛勉強を開始し、時間があれば映画のオーディションを受けるなど、地道に活動していた。 「意味がわからないと思いました。 なんすかこの賞みたいな。 ミスiDが欲しかったからあんまり嬉しくなかったです。 全然嬉しくない。 サバイバル賞って聞いたとき、『あ、あたしじゃん』と思いました。 そのまますぎて(笑)。 賞を取れればいいってもんじゃないすからね。 『意味のある賞お願いします」って思いました。 でもやっぱりテレビに出たときとかに、『講談社のミスiDというオーディションでサバイバル賞をとったんですよ』と言うと面白いですし、ネタになるのでそこはまあ色モノとしては嬉しいですよね。 今となってはありがたい賞を受賞したと思っています」 「ミスiDを受けたからといって何者かになれるとは全く思っていなかった」。 そう考えていた彼女にとって、「ミスiD」を受けるという選択肢は、意味があるものだったのか。 尋ねてみると、意外な言葉が返ってきた。 「今はミスiDでつながった人たちと仕事ができていることに感謝しています。 姉妹ユニット『femme fatale』のグッズやロゴのデザインを、ミスiD2018でグランプリをとったろるらりちゃんに頼んでいたり。 ZOCとしての活動があるのもミスiDで大森靖子さんと出会えたからだし。 ミスiDを受けていなかったらなんにも始まらなかったなあって思います。 吉田豪さんにも気に入ってもらえて、そこからじわじわ知名度が上がっていった部分もすごくありますよね。 最初の一歩、0を1にしてくれたのは吉田豪さん。 そのつながりもミスiDがあったから。 ミスiDには本当に感謝しているので、いつか自叙伝を書くことがあったらちゃんと講談社さんから出したいと思ってます(笑)」 戦慄さんが立ち上げた「bae」では、すでに着々と活動が進んでいる。 NPO法人の設立のためにクラウドファンディングを開始すると、目標金額の85万円を大きく上回り、192万円(11月22日時点)もの支援金が集まったのだ。 早ければ年内にはNPO法人として正式に設立する見通し。 かつて虐待に苦しんでいた少女は、今年で20歳を迎えた。 虐待から子供たちを救うべく、戦慄かなのは今日もサバイバルする。 (せんりつ かなの)プロフィール ミスiD2018サバイバル賞/1998年9月8日生まれ(20歳)/154cm /アイドル、タレント。 育児放棄・児童虐待をなくす活動を行う「bae(ベイ)」を立ち上げ、代表を務める。

次の

少年院上がり・戦慄かなのが明かす壮絶過去、虐待とJKビジネス|NEWSポストセブン

少年院上がりのアイドル

名前:戦慄かなの• 生年月日:1998年9月8日(20歳)• 出身地:大阪府• 血液型:B型• 職業:地下アイドル「zoc(ゾック)」• 特技:人の指を噛めばその人の性格がわかる 戦慄かなのさんはバラエティ番組「アウトデラックス」で、 「私、少年院入ってました。 」 このアイドルらしからぬ過去を暴露したことで一躍有名になりました。 幼少期に両親が離婚、育児放棄を受けながら育った戦慄かなのさん。 いじめられ、自殺を図ったこともあったといいます。 そんな過去から、犯罪に手を染め少年院に入ることになりました。 また、 少年院は最短で8ヶ月で出られるのですが、戦慄かなのさんはその中でも2年もいたそうです。 周りからは「長老」と呼ばれていたとか。 少年院を出てからは薬局で事務員として数か月働き、その後ライブアイドル活動を始めます。 そして現在では、 ・2018年とある大学の 法学部に入学。 ・育児放棄や児童虐待に関する ウェブサイト「bae -ベイ-」を始める。 ・アイドル 「ZOC」のメンバーに。 ・NPOを設立するためのクラウドファンディングで353万円を集め、2019年1月7日に 法人を設立して代表理事に など少年院に入るまでとは全く違った人生を送っていらっしゃいます。 jp) 戦慄かなのさんが少年院に入った理由や過去の犯罪内容については多く語られています。 内容はというと、高校生の時(すでに中退していましたが)に 友人の彼氏に襲われそうになったところ、スミノフの瓶で殴って逃走。 そして数日後自宅に警察が来て鑑別所に入れられたといいます。 これなら、正当防衛的なところもありますし、少年院に入るまでには行かなかったのでは?と思いますよね。 しかし、 このことがきっかけで戦慄かなのさんの悪行がバレてしまうのです。 JKビジネスとはいわゆるJKリフレなどと言われる、女子高生であることを悪用した違法行為のことですね。 中学卒業後にJKビジネスに絡んでいる大人たちと関わるようになり、 高校を中退したあとは 自らJKビジネスの首謀者となり、取り仕切っていたそうです。 内容としては最近よく聞く下着を売るという行為。 100円均一で大量に買ったパンツを街でスカウトした女子高生にはいてもらって、1枚8000円でオジサンたちに売っていました。 スカウトした女子高生は200人くらいで、買ったオジサンはもっといた。 月100万円以上の売り上げは当たり前。 月300万円稼いだこともあり、気が大きくなっていきました。 yahoo. jp) 100円の下着を8000円で売って一枚で7900円もの利益。 利益はスカウトした女子高生にも分配されているでしょうが、それでも月300万も稼いでいたとは正直驚きです。 ですがこれは完全に違法行為であり犯罪です。 そして この違法行為が、傷害事件のときにバレて少年院に入ることになったわけです。 鑑別所に入れられたかなのさんは携帯を押収され、そこからJKビジネスに関わっているということが判明したそうです。 実はかなのさんは、 窃盗集団に所属していました。 なので窃盗・万引きを何度も繰り返しています。 また詐欺に関しては、テレビで「東京で流行っていた詐欺」といっています。 しかしさらに調べたところ、詐欺の内容は 出会い系で釣った男にアマゾンギフトを送らせるという内容のものでした。 そしてその他にも 「数えたらキリがない」というほど犯罪に手を染めていたと語っています。 もしかしたら、これらの犯罪も(特に詐欺)バレていたかもしれません。 直接的に少年院に入った理由ではないですが、もはやこれだけでも少年院に入れられるレベルですね。

次の

アイドルは想像を絶する「サバイバー」だった

少年院上がりのアイドル

虐待、非行、少年院を乗り越えて、アイドルになった彼女が目指すものとは? 16歳から1年8カ月を少年院で過ごした 4月某日に行われた、ある大学の入学式。 新入生のなかにひとり、2年前まで、女子少年院で机に向かっていた女性がいた。 「戦慄かなの」さん。 目がひときわ大きく、色が白い。 西洋人形のようなその外見から、「女子少年院」という言葉はイメージできないが、16歳から1年8カ月をそこで過ごした。 新入生にとって、大学の入学式は出会いの場でもある。 それぞれが新しい友だちを作ろうと言葉を交わす周囲の中で、戦慄さんは静かにその場を離れた。 キャンパスライフという言葉で表現される、明るく、健全な雰囲気に、居心地の悪さを感じていたのだ。 「友だちを作るつもりはないし、作れませんから。 大学生活を楽しみにしているわけでもないし」 そう話す戦慄さんだが、大学の合格通知を受けたときには、涙を流して喜んだ。 やりたかったことに、一歩近づいたからだ。 その目標は、戦慄さんの生い立ちに、深くかかわっている。

次の