ディスコ 音楽。 ディスコミュージック70年代・80年代・90年代の定番!

ディスコ音楽のオーケストラサウンドは1970年代を定義しました

ディスコ 音楽

順位 曲名とアーティスト ジャケット 1 「恋のサバイバル」 (I Will Survive) 1978年 グロリア・ゲイナー (Gloria Gaynor) 1970年代のディスコ全盛期を象徴するアンセム。 女性の強さや自立をテーマにしている。 男女平等やゲイ(LGBT)の人権を訴える際のテーマ曲としても長年親しまれている。 それまでのディスコソングといえば、 ボーカルの上にコーラスを何重にもかぶせたり、 楽器の音を派手に組み合わせた曲が多かった。 しかし、この曲はゲイナーの声だけで勝負し、シンプルなサウンドにした。 最初は別の曲のB面として発売されたが、 米国のラジオのDJたちがこの曲を気に入り、 盛んに流したため、大ヒットとなった。 グラミー賞で1980年に一度だけ「ディスコ・レコード賞」が設けられたが、 この曲が受賞した。 2000年にアメリカの音楽専門チャンネル「VH1」が選出した「史上最も偉大なダンス音楽ベスト100」において、 1位に選ばれた。 2 「ステイン・アライヴ」 (Stayin' Alive) 1977年 ビー・ジーズ (Bee Gees) ディスコ時代に大流行した青春映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のテーマ曲。 映画の冒頭でジョン・トラボルタが街を闊歩するシーンで流れる。 日本でも超有名な曲。 ローリングストーン誌が2012年に読者投票で選んだ「史上最高のディスコ曲(Best Disco Songs of All Time)」では、1位に選ばれた。 3 「アイ・フィール・ラヴ」 (I Feel Love) 1977年 ドナ・サマー (Donna Summer) 「ディスコの女王」として君臨したドナ・サナーの代表曲。 EDM エレクトリック・ダンス・ミュージック)の源流の一つとなった曲として歴史的評価を得ている。 「未来の雰囲気を描く」というコンセプトのもとに制作されたという。 それまでの多くのディスコ音楽のようなオーケストラを使わず、 シンセサイザーで作った。 4 「ディスコ・インフェルノ」 (Disco Inferno) 1977年 トランプス (The Trammps) 映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のサントラ。 ジョン・トラボルタが演じる主人公トニーがディスコで踊るシーンで使われている。 5 「おしゃれフリーク」 (Le Freak) 1978年 シック (Chic) 「Freak out! 」というフレーズでお馴染みのディスコソング。 ディスコの怪しげな雰囲気がにじみ出る曲。 700万枚以上のセールスを記録した。 さらに、様々なアーティストがカバーやサンプリングを行い、ヒットさせた。 バンドの中心メンバーであるギターのナイル・ロジャースとベースのバーナード・エドワーズが作曲・作詞した。 もともとは、ニューヨークの伝説的なディスコ「スタジオ54」が入口で長々と客を待たせていることに苦言を呈するための曲だったという。 6 「ダンシング・クイーン」 (Dancing Queen) 1976年 アバ (ABBA) スウェーデンの4人組アバの代表曲。 ヨーロッパ産ディスコ音楽の最高傑作とも言われている。 世界15か国で1位になった。 日本でも洋楽カラオケの定番。 これを歌えば、たいていは盛り上がる。 アバの曲に基づくミュージカル「マンマ・ミーア」でもハイライトで使われている。 7 「恋のナイト・フィーバー」 (Night Fever) 1977年 ビー・ジーズ (Bee Gees) ディスコ全盛時代を象徴する映画「サタデーナイト・フィーバー」のサントラ。 グルーヴィーでぞくぞくするようなディスコソングの定番。 「ポップ職人」とも呼ばれるビージーズらしく、 ディスコフロアの雰囲気を見事につかんでいる。 米ビルボードの1978年の年間チャートで2位。 日本でもオリコンの週間チャートで2位となる大ヒットとなった。 8 「イッツ・レイニング・メン」 (It's Raining Men) 1983年 ウェザー・ガールズ (The Weather Girls) 9 「ゲット・ラッキー」 (Get Lucky) 2013年 ダフト・パンク (Daft Punk) 10 「サニー」 (Sunny) 1976年 ボニーM (Boney M) 11 「ホリデイ」 (Holiday) 1983年 マドンナ (Madonna) 12 「ファンキータウン」 (Funkytown) 1979年 リップス (Lipps, Inc. ) 1978年 ロッド・スチュワート (Rod Stewart) 20 「アイ・ラヴ・ミュージック」 (I Love Music) 1975年 オージェイズ (O'Jays) 出典:.

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懐かしのディスコミュージック

ディスコ 音楽

1974年のディスコってどんな感じ? 私の初めて行った ディスコを紹介します。 とは言っても古い話なのでお店の名前は忘れてしまいました。 すみません。 場所は勿論覚えています! 地下鉄東山線の新栄駅降りてすぐの雲竜ビル2Fのディスコで 生バンド演奏が主で合間にレコードが流れていました。 店内には、まだミラーボールがなかった気がします。 今のライブハウスのようなイメージでした。 なんといっても生バンドが迫力ありました! ロックっぽい曲がよく演奏されていました。 日本のロックバンドで人気のあったCAROL キャロル)の 「ルイジアナ」「ファンキー・モンキー・ベイビー」などの 曲もよくバンドで歌っていました。 CAROLといえば今も活躍していらっしゃる矢沢永吉さんのバンド ですが、約2年半で解散されましたが超人気でしたね。 私も大好きでした。 客層は20代から30代の人が多かったかなぁ 入場料はワンドリンク付きで 1,500円か2,000円くらいだったと思います。 演奏されていたディスコミュージックは 私の好きだった曲でもあり、よく演奏されたりレコードで流れていた曲です。 ディスコでの踊り方は? ディスコでの踊り方は、 振りやステップでした。 1列目の人のまねをして、殆どの人が同じ踊りをしていました。 特に、ザッツ・ザ・ウェイは 全員同じステップでした。 今、思うと異様な宗教のようですね。 (笑い) 上半身、特に手だけの振りの踊りでした。 最初は後ろの方で見様見真似で踊っていました。 「 いつか1番前列に行こう!!」 というのが私たちの目標でした。 ディスコでのステップと振り 家で親友と二人で ステップと振りを考えました。 現在のように学校でダンスを教えてもらっていなかったので 親友とあーでもない、こーでもないと試行錯誤の毎日でした。 そしてついにステップが完成しました。 いよいよ本番です! もちろん、前列です。 スリー・デイグルースのソウル・トレインのテーマがかかりました。 私たち 二人のステップに合わせて、後ろの人達が踊っています。 1974年のディスコのまとめ 1974年はディスコの走りのような時代だったと思います。 あの 大ヒットしたサタディーナイトフィーバーも この 3年後です。 ソウルミュージックが出てきて ダンスミュージックもたくさん出始めました。 踊るために作られた曲でした。 当時のディスコに来る人達は本当に踊りが大好きだったと思います。 私もその中の一人ですが… 当時の ファッションは アイビーとニュートラ でした。 アイビーは男性はVAN・JUNが主でしたが 女性はキャビンというショップ(そばかすでアフロヘアの女の子のロゴ)が人気でした。 私もよく着ていました。 1974年頃のディスコの服はアイビーファッションなど色々でした。 まだまだ話足りなので、次回も読んでくださいね!!

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おすすめ ディスコミュージック 名曲 ヒット曲 70〜80年代マイランキング 総集編

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1974年のディスコってどんな感じ? 私の初めて行った ディスコを紹介します。 とは言っても古い話なのでお店の名前は忘れてしまいました。 すみません。 場所は勿論覚えています! 地下鉄東山線の新栄駅降りてすぐの雲竜ビル2Fのディスコで 生バンド演奏が主で合間にレコードが流れていました。 店内には、まだミラーボールがなかった気がします。 今のライブハウスのようなイメージでした。 なんといっても生バンドが迫力ありました! ロックっぽい曲がよく演奏されていました。 日本のロックバンドで人気のあったCAROL キャロル)の 「ルイジアナ」「ファンキー・モンキー・ベイビー」などの 曲もよくバンドで歌っていました。 CAROLといえば今も活躍していらっしゃる矢沢永吉さんのバンド ですが、約2年半で解散されましたが超人気でしたね。 私も大好きでした。 客層は20代から30代の人が多かったかなぁ 入場料はワンドリンク付きで 1,500円か2,000円くらいだったと思います。 演奏されていたディスコミュージックは 私の好きだった曲でもあり、よく演奏されたりレコードで流れていた曲です。 ディスコでの踊り方は? ディスコでの踊り方は、 振りやステップでした。 1列目の人のまねをして、殆どの人が同じ踊りをしていました。 特に、ザッツ・ザ・ウェイは 全員同じステップでした。 今、思うと異様な宗教のようですね。 (笑い) 上半身、特に手だけの振りの踊りでした。 最初は後ろの方で見様見真似で踊っていました。 「 いつか1番前列に行こう!!」 というのが私たちの目標でした。 ディスコでのステップと振り 家で親友と二人で ステップと振りを考えました。 現在のように学校でダンスを教えてもらっていなかったので 親友とあーでもない、こーでもないと試行錯誤の毎日でした。 そしてついにステップが完成しました。 いよいよ本番です! もちろん、前列です。 スリー・デイグルースのソウル・トレインのテーマがかかりました。 私たち 二人のステップに合わせて、後ろの人達が踊っています。 1974年のディスコのまとめ 1974年はディスコの走りのような時代だったと思います。 あの 大ヒットしたサタディーナイトフィーバーも この 3年後です。 ソウルミュージックが出てきて ダンスミュージックもたくさん出始めました。 踊るために作られた曲でした。 当時のディスコに来る人達は本当に踊りが大好きだったと思います。 私もその中の一人ですが… 当時の ファッションは アイビーとニュートラ でした。 アイビーは男性はVAN・JUNが主でしたが 女性はキャビンというショップ(そばかすでアフロヘアの女の子のロゴ)が人気でした。 私もよく着ていました。 1974年頃のディスコの服はアイビーファッションなど色々でした。 まだまだ話足りなので、次回も読んでくださいね!!

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