ユア ストーリー ネタバレ。 【ドラクエ映画】ドラゴンクエスト ユア・ストーリー感想【ネタバレ】

映画「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」ネタバレあり感想解説と評価 まさかのあらすじ・結末は山崎貴監督の強き想いが

ユア ストーリー ネタバレ

ところが、パパスは道中での魔物たちとの激闘で非業の死を遂げてしまいます。 それから10年後、故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」と書かれた父の日記を発見。 パパスの遺志を受け継ぎ、冒険へと旅立つのでした・・・ 「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」ネタバレ 物語は主人公リュカ(声:〔幼少時代〕 大西利空 〔青年期〕佐藤健)が産まれるところから始まります。 父親のパパス(声:山田孝之)は息子の誕生を喜びます。 しかし幸せは束の間で終わりってしまいます。 妻・マーサ(声:賀来千香子)が何者かに連れ去られてしまったのです。 パパスとリュカはマーサを探す長い旅に出ました。 パパスは段々と成長してゆくリュカに剣の修行をつけながら、世界各地を巡ってマーサを探し続けました。 リュカも旅を通して勇気ある少年に成長し、幼馴染のビアンカ(声:有村架純)とレヌール城でゴーストを倒してオーブを手に入れるまでになりました。 そして親子はラインハット国にやって来ます。 その国の王子・ヘンリー(声:坂口健太郎)は、口調は偉そうですが心は優しく、リュカとすぐに仲良くなります。 しかしある日、王子は魔物にさらわれてしまいます。 パパスとリュカはすぐに救出に向かいますが、あと一歩のところで姿を現したゲマ(声:吉田鋼太郎)にリュカを人質に取られ、パパスは抵抗できずに命を落とします。 そしてヘンリーとリュカは奴隷としてゲマの城に連れていかれてしまいます。 そして10年が経ちました。 奴隷として城の建造にこき使われていたリュカとヘンリーは死体に化け、樽詰めになって脱走する計画を思いつきます。 何とか計画通りに城の外には逃げだせたものの、すぐに見つかって追いかけられ、危ない所を街の酒屋・プサン(声:安田顕)に助けられます。 彼はゲマに対抗する為に情報を集めていたのです。 そして、城の情報と引き換えに2人をラインハットに帰してくれました。 久しぶりに王宮に辿り着いたヘンリーは、自分の為に命を落としたパパスと、危険を顧みずに一緒に逃げてくれたリュカに心から感謝し「いつか困った時には何を置いても駆けつける」と約束してくれました。 ヘンリーと別れたリュカは、昔パパスと暮らしていた小屋に戻り、従者サンチョス(声:ケンドー・コバヤシ)と再会します。 そしてパパスの日記を見つけ、マーサが魔王ミルドラースの封印を解く呪文を知る天空人で、再び封印するには天空の剣と天空人の血を引く勇者が必要で、リュカがその勇者であると思っていたと知ります。 そして、天空の剣を持つ大富豪・ルドマンに会う為にサラボナに向かいます。 キラーパンサーのゲレゲレとスライムのスラりんが仲間になり、魔物を倒しながらの過酷な旅を経て、リュカが遂に辿り着いた時、サラボナの街は無残に荒廃してしまっていました。 実はサラボナには3つ目のモンスター・ブオーンが住み着き傍若無人に暴れまわっていたのです。 困り果てたルドマンは、ブオーンを倒した者と娘・フローラ(声:波留)を結婚させると御触れを出していました。 リュカは、最初はブオーンの退治などする積りはなかったのですが、天空の剣がブオーンに持ち去られたと知り、渋々ながらブオーン退治に向かいます。 しかし、突然現れた巨大なブオーンにあっという間に返り討ちにあってしまいます。 命からがらで宿屋に逃げ込み「薬草は・・・ありませんか・・・」と倒れ込んだリュカに薬草を恵んでくれたのは成長したビアンカでした。 実は彼女もブオーン退治に街にやってきた一人でした。 リュカは天空の剣、ビアンカは巨額の報酬を手に入れる為、二人は協力してブオーンを倒す事になりました。 再びブオーンの住む洞窟へやって来たリュカ達は、ビアンカがブオーンを引き付け、その間にリュカが剣を取り戻してブオーンを倒す作戦に出ます。 魔法で首尾よくブオーンの注意をひき、天空の剣を手にしたものの、リュカがいくら頑張っても剣を抜くことは出来ませんでした。 リュカもビアンカもガッカリしましたが、ブオーンは容赦なく襲ってきます。 追い詰められたリュカはブオーンの額の目を攻撃した時にひるんだことを思い出します。 不意を突き、バギで翼を攻撃して地面にたたき落としとどめを刺そうとします。 しかし、忠誠を誓うと約束させて解放します。 街に帰ったリュカ達は英雄として大歓迎されます。 そして、ビアンカに後押しされてリュカはフローラにプロポーズします。 フローラは顔を真っ赤にしてOKしてくれました。 自分が結婚する喜びをかみしめているリュカでしたが、奇妙な占いババから本当の自分の心がわかるという聖水を渡されます。 「そんなものは必要ない。 本心はきまっている」と強がるリュカでしたが、結局飲んでしまいます。 そして、自己暗示の先にある自分の本心、「ビアンカが好き」ということに気づいてしまいます。 その翌日、ルドマンに婚約破棄をもうしでてから、あらためてリュカは、ビアンカにプロポーズをします。 最初は驚いていたビアンカも、リュカが真剣だと知ってプロポーズを受け入れます。 そして二人はリュカの故郷に帰って夫婦となり、やがて息子・アルスが産まれます。 しかし、幸せは長くは続きませんでした。 ミルドラースの封印を解く呪文をマーサが教えない事に業を煮やしたゲマが、リュカを連れ去ろうと再び襲ってきたのです。 リュカはビアンカ、サンチェス、アルスを逃がしますが、ゲマによって石像にされてしまいます。 実はゲマはビアンカも天空人の末裔であることを見抜いていました。 そこで彼女を追いかけ自分の城へ連れ帰りますが、サンチェスとアルスには気づかず逃してしまいます。 自分の城に帰ったゲマは、ビアンカを使ってマーサから封印を解く呪文を聞き出そうとしまうが、彼女はそれに応じず抵抗し、結局はリュカと同じように石像にされてしまいます。 それから8年後、アルス(声:内川蓮生)はサンチェスと共に深く空いた穴の底から魔法のアイテムを奪う事に成功します。 しかし、そこを守っていた魔物たちに見つかり追いかけられてしまいます。 ルーラーで逃げて来たアルスはアイテムを使ってリュカの石化を解きます。 元に戻ったリュカは、突然大きくなった息子との再会に驚きながらもアルスを追いかけてきた魔物たちと戦います。 その戦いの最中、天空の剣を手にしたアルスはそれを鞘から抜き、魔物を一瞬で倒してします。 アルスこそ伝説の天空の勇者だったのです。 そしてリュカ、アルス、サンチェスの3人はゲマの城へ向かいます。 ゲマを倒す為に協力してくれるマスタードラゴンを探そうとプサンの酒屋を訪ねた3人は、実はプサン自身がマスタードラゴンの化身であると打ち明けられます。 しかし、彼は変身を解くのに必要なドラゴンオーブを失くしてしまっていました。 リュカが持っていた、昔ゴーストから取り返したオーブも偽物でした。 そこでリュカは何でも願いを聞いてくれると言う妖精王の元に向かいます。 周囲を守るロボットの攻撃をすり抜け、妖精王に会う事の出来たリュカは、過去に戻って少年だった頃のリュカの持つ本物のオーブとすり替えて持ってくるように言われます。 過去に戻ってまだ長に自分に巡り合ったリュカは、その純粋さに感動しながらもオーブをすり替える事に成功します。 「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」ラスト最後の結末 元の時代に戻ったリュカは、ドラゴンになったプサンに連れられてゲマの城に向かいます。 そこで石化されていたビアンカの魔法も解き、アルスが探し求めていた勇者だったと告げます。 マーサとも再会しますが、その直後に彼女はゲマに殺されてしまいます。 リュカ達もまた、待ち構えていた魔物の大軍に襲われます。 追い詰められ、もはや一巻の終わりと思われたその時、かつて命を助けたブオーンとヘンリー王子率いるラインハット軍が駆けつけます。 そして、リュカとアルスは協力してゲマを倒します。 しかし、ゲマは最後の力を振り絞ってエマの頭の中から封印を解く呪文を見つけ出し、魔王を復活させて息絶えます。 魔王を再び封印する為、アルスはブオーンに空に広がる穴に向かって自信を放り投げてもらい、見事に穴に天空の剣を投げ入れる事に成功しました。 その時、リュカ以外のすべての物が時が止まったように停止してしまいました。 驚くリュカの前に、封印したはずのミルドラース(声:井浦新)が姿を現します。 そして、自分は、仮想現実のゲームに浸る愚かな人々を目覚めさせるためにハッカーが送り込んだ、ミルドラースの姿に扮したコンピューターウィルスで、これまでの話は全てバーチャルリアリティー装置を使った仮想現実だったと告げます。 リュカは、本当は記憶を一時的になくして自分を本物と思い込んだゲームのプレイヤーだったのです。 ミルドラースによってゲームの世界は消え去り、リュカも現実に引き戻されようとした時、スラりん(声:山寺宏一)が現れます。 実はスラリンは仮想現実を壊そうとするウイルスに対抗するアンチウイルスプログラムだったのです。 スラりんとリュカの想いの強さはミルドラースの力を跳ね返し、ゲームの世界は元に戻りました。 気が付くと、リュカは再びゲマの城にいました。 周りには魔物を倒したビアンカやアルス達がいました。 そしてリュカは平和になった世界を旅して皆と故郷に帰ったのでした。 「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」見どころ 大人気ゲーム「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」のストーリーをベースにした作品です。 数々のCG作品を手掛けてきた山崎貴が総監督と脚本、監督は八木竜一と花房真というだけあって、ゲームの壮大で美しい世界が見事に3Dアニメ化されていました。 また冒頭のゲームの画面を再現したシーンは、少しでもドラクエの事を知っているものならドキドキせずにはいられません。 作品中にはいくつもの名シーンがあります。 ミルドラースに現実世界に引き戻されそうになったリュカが叫んだ「ゲームがくれた思い出は現実だ!」と言う言葉、 自分の命を犠牲にして息子を助けるパパスの勇気、 ヘンリー王子の「お前が困った時はいつでも駆けつける」と言う別れのシーン、 ビアンカを選んだ時の「生涯の伴侶は何でも言い合える人だ」と言うリュカのプロポーズ、 石化が解け少年に成長したアルスと再会した時の「一番かわいい時を見逃しちゃった・・・」「これから、それを埋めていけばいい」というリュカとビアンカの会話は、家族や仲間との絆のありがたさを思い出させてくれました。 中でも、ドラゴンクエストのテーマ曲と共に天空の剣をアルスが抜き放つシーンは正に圧巻です。 ロールプレイングゲームの最高傑作を基にしているだけに、どれも強く心を揺さぶりました。 確かにゲームや漫画の世界は現実ではありません。 しかし、それらが現実世界を生きる上での勇気をくれている事、困ったときや弱気になった時に大切な事を思い出させてくれる事、そうやって時には辛い事もある現実の日々を生き抜いてきた人が大勢いる事を思い出させてくれる作品です。

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映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』ネタバレ感想 賛否あってもガンガンいこうぜ!│今日も映画ですか?

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プレイしたことがある人は、当時、自分の結婚相手を選ぶくらいの本気で迷ったと思います。 それこそドラクエVの醍醐味の一つである、 「人生を体験する」ということ。 プレイしているあなたの話、つまりユア・ストーリーなんです。 3DCGで蘇ったビアンカ、フローラはとても可愛らしく魅力的です。 ですが、やはりその過程は 自分でプレイしてこそとの魅力なんだと、映画をみてしみじみと感じました。 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の衝撃ラスト 本作、ラストの展開について巷では大いに盛り上がっています。 問題はゲマを倒してからでした。 ストーリー上では、ラスボス、ミルドラースがいよいよ出てくるのかという場面。 文字通り時が止まり、謎の人物が現れるのです。 映画館ではこのシーンで一気にシーンと静まり返り、「えっ、」という声が聞こえて、一瞬劇場がザワついたのを覚えています。 登場人物全てがフリーズした状況で主人公リュカと謎の人物のみが動ける状況に。 謎の人物は目の前のアニメーション世界をどんどん解体していきます。 何が何だか分からなくなる主人公。 見ている僕らも意味不明です。 そして 謎の人物は、自分がコンピュータウィルスであると告げるのです。 な、なんだと。。。 その後ミルドラースとの最終決戦はなく、謎の人物との戦いになり、お供だったスラリンが実はアンチウイルスプログラム(しかも渋い声)であることが分かります。 スラリンからの助太刀を得て無事ウィルスを倒し元のゲーム世界に戻る主人公。 VR世界であることを知りつつも、仲間と共に旅を続けるという形で幕が閉じるのでした。 言われてみれば冒頭の幼少期がドット絵のダイジェストだったりと、後の伏線となる要素があったのはわかりますが、それにしても 一方的に投げつける展開だったと感じずにはいられませんでした。 そもそも三代に渡る壮大なストーリーを一本の映画にするということ自体が難題だとは思います。 その中でどうやって納めるのか試行錯誤したとは思いますが、結果的にファンにとっての記憶を踏みにじる展開になってしまったと感じます。 この映画が反感を買っている最大の理由は、 当時の記憶をだんだんと蘇らせ、盛り上がりが最高潮のタイミングでそれを否定するような展開にしたことです。 RPGは映画と違って、2時間では終わりません。 コツコツと面倒でもレベル上げや謎解き、そんな遠回りを経てクリアするのです。 その地道な作業が醍醐味の一つでもあります。 そもそも映像で観て楽しむということ自体ゲームと嗜好性が変わってくるため、難しいとは思います。 でも、それが分かっている上で、終盤で 「これはゲームだから、大人になれ」などと言われたら間違いなく冷めるでしょう。 「ユア・ストーリー」とはプレイする誰しもにとっての冒険であるということでしたが、そんなことは言われなくてもわかります。 ましてやそれを主人公に言わせてしまうという展開も違和感でしかありませんでした。 制作発表でプレイした人こそ見てほしいという話でしたが、これは 逆にプレイした人は観ないほうがいい映画になっていました。 ただ、プレイしていないと冒頭でスキップされた部分の話が理解できないため、感情移入しずらい部分はありますがね(苦笑)。 ドラクエはゲームが一番 日本を代表する「ドラゴンクエスト」シリーズ待望の映画化ということで話題性十分でしたが、意図しないところで盛り上がってしまったのも事実。 ゲームの映画化、しかもストーリーも同じというハードルの高さはあったと思いますが、ゲームをプレイしたことのある方にとっては残念に感じる部分もありました。 RPGは文字通り役になりきってプレイするゲームなので、映画との線引を改めて感じてしまった作品になりました。

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映画『ドラゴンクエスト ユアストーリー』評価は?ネタバレ感想考察/結婚は誰と?ラスボスの正体は賛否両論?

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ドラクエ映画を観ました。 1800円あればポリオワクチンで小児マヒの子供を90人救うことができるそうです。 — たけすへ spitzbergen215 この映画はかなりの酷評を叩きつけられているのだが、 僕としては駄作と一つも思えなかった。 映像が本当に綺麗だった。 あの映像を見ていた時、僕は確かにあの世界をリアルに感じていた。 音楽も素晴らしかった。 本家の音楽の使い方とか、最高の場面をしっかり選んでいた。 脚本もかなり練られていた。 そういう話だと認識して観れば、どこもかしこも伏線だらけだ。 クオリティ自体は高いのだ、この作品は。 しかし、ファンには受け入れられなかったのだ。 この制作陣とファンにある溝の正体はなんなのだろうか? 僕はこれを 「監督のマイストーリーは、ファンのマイストーリーと違っていた」というものだと解釈した。 今回はこの考えについて書こうと思う。 良ければお付き合い願いたい。 このNoteは ネタバレ を含んでいます 未視聴の方は回れ右! 『ファンが望んだドラゴンクエスト』 「ドラゴンクエストが映画化します!」 僕はプロメアを観に行ったとき、この告知を始めて観た。 その時のことはよく覚えている。 ……いや、そんなことはないだろう。 きっと期待に胸を膨らませながら 「あの場面をどう再現するんだろう!」 「ちょっと想像とCGが違うなぁ」 「エモいなぁ、あの思い出がこんな綺麗になるなんて」 とか思うことだろう。 そう、どちらにせよ 僕は「ドラクエの映画」を期待したのだ。 「ユア・ストーリー」を「主人公 勇者 の物語」だと解釈してね。 ドラクエのファンも同じことを感じたのではないだろうか。 事実、前評判では「自分の子供に自分が愛したゲームを見せたい」なんて書かれていた。 公式ビジュアルの公開に対しては「自分の想像したデザインと違いを申し立てる人」で溢れていた。 みんな、 「ドラクエが再現された映画」を求めていたんだよ。 ユアストーリーというタイトルに違和を感じる人はいたが、それでもその人もドラクエを望んでいたね。 だから制作陣は、「純粋なドラクエ」を提供すればよかったんだろうな、と僕は思う。 ……しかし。 実際に提供された映画はそうじゃなかった。 『実際に提供されたノットユアストーリー』 では実際に何が提供されたのだろう? 「例の場面」「魔の10分」と呼ばれる、恐らく多量の観客を虚無に陥れた最後のシーンが、この提供されたものを如実に表している。 この映画は最後のシーンでメタフィクションが展開される。 そしてそのメタな作品を遊ぶプレイヤーという概念を描き、最後の山場を作っている。 つまりこれは 「ドラクエを遊ぶプレイヤーの映画」である。 プレイヤーの物語、だからユアストーリー。 本来提供されると期待していたのは「ドラクエの映画」。 ……えらく期待と別物だな。 しかし提供されたものはそれだけではないのだ。 タチが悪いことに、この「ドラクエを遊ぶプレイヤー」を「映画を見に来たあなた」と同一化しようと試みてしまった。 これが先の問題と相まって、かなりの悪手となってしまった。 最後の場面にて、主人公はプレイヤーで、この世界は虚構だと明かされる。 でも「映画を見に来たあなた」はドラクエを見に来てるわけだから、ドラクエは虚構だ!って言われるわけ。 そんな状態で、そんなことない!と叫ぶ「ドラクエを遊ぶプレイヤー」になれるだろうか? 答えは否だ。 「映画を見に来たあなた」は「なんか急にドラクエの映画だと思ってたものがドラクエを否定する映画になったと感じた人」であり、「ドラクエという存在が否定されて苦しむプレイヤー」にはなれない。 この感情の乖離が、映画を見に来た人の物語=ユアストーリーという式を崩す原因となる。 そうなればもう、これは 赤の他人ストーリーだ。 ちゃんとドラクエという存在を否定されて苦しむ人になれれば、ユアストーリーなんだけどね。 ラストシーンに留まらず、様々な場面でこの感情の乖離が発生してしまったのだろう。 まとめると2つの要素に収まる。 視聴者が期待したものと全く違うテーマ 2. 1による感情移入のトリガーの起動ミス これが、この作品が提供してしまったものだ。 ところで、評価を見ていると「ドラクエを遊ぶプレイヤーの映画だとわかる場面」があまりにも唐突すぎると苦言を漏らす人が多い。 しかしこの映像がメタフィクションであるという伏線はいくらでも発見できるのだ。 それは「物分かりが良すぎる登場人物」であり、「プレイヤーの理想が反映されている世界」であり、「ゲームの設定を語る場面」であり、「幼少期の設定を思い出し起きている事象をすんなり理解する主人公」である。 これらはメタフィクションという今では広く認知されたジャンルを取り入れたコミカルな場面を描いただけの表現ではない。 このゲームっぽいご都合主義感がメタフィクションの伏線の全てなのだ。 そう捉えると、非常によく練られた脚本だと僕は思うよ。 ただ、視聴者が求めたコンセプトと作品のコンセプトが一致してないだけ。 「いや、ラーメン食べたいんだけど??????」ってなるじゃん? その漫画が滅茶苦茶面白くてもさ、違うじゃん? 900円払って漫画を買わされたんだよ、文句言いたくなるじゃん。 しかも店主に 「その主人公の気持ち、お前のラーメン好きな気持ちと一緒だろ?」とか言われてみろよ。 「いや違うけど?????てかラーメン作れよ???????????」 ってなるじゃん。 いや、実際には主人公の気持ちと客の気持ちが一致してたかもしれないよ。 でも違うじゃん? 違ったんですよ。 お客さんは「ドラクエの映画」が見たかった。 実際には「ドラクエを遊ぶプレイヤーの映画」が出てきた。 その時点でもう、駄目だったんです。 その上で急にドラクエを否定されるのですから、まぁ不快だったでしょう。 残るのは「虚無を遊ぶプレイヤーの映画」だけ。 これが、ユアストーリーだったのかな、と。 『どうすればよかったん?』 ファンが満足するものはなんだったんだろう。 〇お客さんにメタフィクションを見に来てもらう メタフィクションという伏線が「ゲームだから」という見ていてイメージしにくいものだったから、そこを修正してみる。 ドラクエのストーリー中にバグがちらほら現れ、この世界を徐々に壊していく。 主人公も、仲間も、敵すらもそれを恐れ始める。 バグは世界を侵食していき、主人公の思い出を壊そうとする。 しかし主人公は「この世界の住民」として、この世界を守ろうとバグに立ち向かう。 だがプログラムでしかない主人公はバグに侵食されてしまう。 そこにバグに強い耐性があったスライムが正体 ウィルスバスター を明かして現れる。 主人公は「この世界の住民」のまま、バグを葬ることを達成する! 予告編も、世界が侵食される!という宣伝方法を取る。 ドラクエが映画化するんじゃなく、ドラクエという世界VSバグと戦いを描いた映画にするの。 そしたら、まだ納得感あったんじゃないかなぁ。 〇メタフィクションを二次創作で使わない メタフィクションって簡単に言えば「作品の存在を否定する」ジャンルなんだよね。 架空は架空だって割り切っちゃう。 だから、そもそもの前提として二次創作でメタフィクションを使うことはファンを傷つける可能性が高い。 だから創作世界の中だけで完結する話にする。 ドラクエだったら、ドラクエ アナザーストーリーってかんじでね。 そしたらまだファンが納得して喜べる作品になったはず。 〇そもそもドラクエでやらない メタフィクションで架空のゲーム世界VSバグという構造を使い、ゲーム世界という思い出を守る!というテーマだったら、ドラクエの映画化に関して言えば邪魔になりやすいね。 だったら、いっそのことドラクエじゃなく、最近はやりのVR系オリジナルゲームをシナリオ内に制作して、そのVRゲームを起点にしてメタフィクションを展開すればよかったんじゃないかなぁ。 いやドラクエだからって話なんですけどね、でも回避法としてはこうかな。 という感じです。 ちらほら書いたけど、僕はこの作品の出来は文句ないと思っているよ。 この作品に対して込められた情熱の量が半端なかったからね! 作品に対する愛がなきゃ、あれだけのものは作れないよ。 ただ、その見せ方が悪かったなぁと。 ただそれだけです。 この作品に対する酷評は覆らないかもしれないが、この作品に対する見方が少しでも変わればいいと、僕は思うのです。

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