大相撲 宇良 関。 宇良じん帯断裂で復帰時期はいつ?番付はどこまで落ちてしまうのか!

宇良 6連勝で幕下復帰へ前進「うれしいですね。あと1番もちろん勝ちたいです」― スポニチ Sponichi Annex スポーツ

大相撲 宇良 関

結果は白鵬のすくい投げの勝ちでしたが、白鵬は「宇良を裏返した。 ああいうタイプとは初めてですからね。 お客さんも満足した。 柔らかさ? あったねぇ。 いいものがあるよ」と宇良をほめていました。 Contents• それからずっと相撲をしてきて、小学校に入ってからはレスリングも並行して練習していたそうです。 これが今の宇良の相撲に大いに役立っているのですね。 レスリングを始めたきっかけは、テレビでレスリングを観た時に凄い興味を持ったからだそうです。 「ふだん大きい人の相手をしている相撲をしてたんで、ちょっと自信があって、始めてみたいと思った」んだそうです。 【大学卒業後】 木瀬部屋に入門、現在に至る。 都内の贈呈式で宇良は「2年時に無名選手に負け、全日本に行けなかったのを機に相撲を頑張ろうと思い、ここまで来てしまいました」。 (まだちょっと小ぶりですけどね) <初日の様子>十両土俵入り。 宇良が大銀杏姿。 大きな体の幕内力士にどれだけ挑戦できるか注目されましたが、結果は8勝7敗の成績でした。 新入幕にしては、まずまずの成績だったのではないでしょうか。 もちろん本人としては、「もっと力をつけないとダメ」と言っていましたが。 (「居反り」は、上からのしかかってきた相手の懐(ふところ)に潜り込み、両手で相手のヒザを押し上げて、後ろに反って相手を倒すという技で、足腰と背筋力の強さがないとできない危険技。 ) 🌸 2017年初場所13日目で、 「たすき反り」と言う極めて珍しい技で勝ちました! 日本相撲協会が決まり手を正式に発表するようになってからの十両以上の取り組みでは初めての「たすき反り 」だそうです。 写真を見ると分かりますが、体格がすごく変化していますね。 sumo. (体調管理について)師匠からも、「・・・やっぱりその、体のケアとかですね。 必ず稽古が終わったらストレッチをしたり、寝る前にもストレッチをしたり、という感じですよね」と言われています。 宇良自身も、「食べ物には気をつけています。 スイーツも食べませんし、お酒も飲みません」と厳しい体調管理をしているようです。 また師匠から、「24時間相撲のことを考えている」と言われているように、宇良自身も「相撲部屋に入って、相撲漬けの生活を送っているんで、ずっと相撲のことは考えてます」と言っています。 ちょこっとまくって感じで・・・。 2017年11月の九州場所の後、右膝の手術をしたため、2018年の初場所は全休することになりました。 そのため、3月の大阪場所では、12場所ぶりに幕下に転落することになりました・・・。 早く回復してまた幕内でみんなを沸かせるような相撲をとって欲しいですね。 東三段目91枚目からのスタートでしたが、6勝1敗の好成績で終わり、11月場所では番付を大きく上げることでしょう。 以前ケガをしたところと同じ場所のようで、休場の可能性があります。 大事に至らないと良いのですが。 まとめ 今回は、大相撲で小さい体ながら頑張っている十両の宇良関について、「宇良和輝の経歴やプロフィール紹介!大学時代の成績がヤバイ!」と題して紹介してきましたが、いかがだったでしょうか? 話は全然変わるのですが・・・。 宇良関って、以前「前田前田」の名前で漫才をしていた大阪の兄弟タレントのお兄ちゃん(前田航基君)に顔が似てないですか?.

次の

宇良じん帯断裂で復帰時期はいつ?番付はどこまで落ちてしまうのか!

大相撲 宇良 関

大阪・寝屋川市出身のご当所力士、三段目・宇良(27=木瀬部屋)が全勝対決で安芸乃山を下し、6勝目を挙げ幕下昇進に大きく前進した。 立ち合いは足を狙うように低く当たって懐に入ろうとする。 だが、重い相手を簡単には押し切れず、左右に動きならが牽制。 最後は相手の腕をつかんで引き寄せながら、態勢を崩して押し出した。 「重かったですね。 モチャモチャした感じでした。 (大きい相手なので)出来るだけかぶられないようにしました」と息をつきながら話した。 膝のケガで昨年の初場所から4場所連続で休場。 九州場所で復帰し、序二段の先場所は7戦全勝で決定戦の末に優勝した。 今場所も6連勝を飾り、来場所の幕下復帰も濃厚になった。 「(戻ることができれば)うれしいですね。 上がりたかったんで。 あと一番、もちろん勝ちたいです」と連続優勝へ気を引き締めていた。

次の

宇良じん帯断裂で復帰時期はいつ?番付はどこまで落ちてしまうのか!

大相撲 宇良 関

来歴 [ ] 祖母や近所の住民などの大人に囲まれて東口は幼少期を過ごしたといい、特に年配の人から可愛がられていた。 自身が小学1年生の頃に両親が交野市内で「すし家の繁」を開業し 、接客などを見て学んだという。 両親曰くこの頃から大人びていたといい、接客や店の手伝いなどを見よう見まねで行っていた。 実家のすし屋は勢にとっては非常に旨いようであり、2018年のの『相撲めし-おすもうさんは食道楽-』(扶桑社)を紹介した記事によると、実家の店の寿司こそ自分の寿司だと信じているので、東京の寿司屋にはほとんど足を運ばないという。 小学3年生の時に相撲未経験ながら地元のわんぱく相撲の大会に出場して優勝。 それをきっかけに同学年で隣接の出身の澤井豪太郎(現・)の父に相撲に勧誘される。 澤井と共に小学校時代から交野市内にある相撲の古市道場に在籍。 当時澤井の父は澤井の稽古相手を探しており、他の子供と比較して体の大きい東口少年に目をつけた。 また、東口の両親も小児ぜんそくの持病のあった東口の体が丈夫になる事を期待し相撲を習わせたという。 1日4時間の相撲の稽古を週4回行うことで途端に健康状態が好転、さらに放課後から稽古の時間までの時間をなど外遊びをするほど元気になった。 運動が過ぎて病院で「過労」と診断されたこともあった。 のの小学4年生の部では準優勝。 小学5年生の頃に寿司屋の常連の紹介で親方と出会う。 小学校時代と中学校時代は下校し相撲道場に稽古に行く前に必ず祖母がうどんを作ってくれ、東口はそれを平らげた。 帰る時間に毎日つくっておいてくれる。 このうどんを食べてから、まわしとバスタオルを持って自転車で道場に行くんです。 夏でも、熱いうどんが嫌じゃなかったなぁ」と後に2017年に行われた日刊スポーツの絵日記企画で当時を述懐している。 中学卒業後は実家の家業の手伝いをするが、一時期は内で一人暮らしの生活をしたことも。 その中で、やはり相撲をやりたいと徐々に思うようになる。 ところがその頃、相撲が好きだった祖母が急死。 そんなところ、先代伊勢ノ海が東口の祖母の葬儀にわざわざ参列をしてくれたことに心を動かされ、ついに本腰を入れて相撲に向き合おうと相撲部屋へ入門を志願する。 同学年らと揃って18歳の3月にに入門。 3月場所でを踏み、翌5月場所からは「勢」という四股名を名乗る。 初土俵から約1年後の5月場所には早くも幕下に昇進し、その場所では5勝2敗の好成績を挙げる。 同年9月場所では初日から3連勝と好調。 8日目に同じく3連勝のにを交えて勝利し4連勝で勝ち越しを決めたものの、取組後に琴冠佑から顔面を殴られ 、結果その後は3連敗と精彩を欠いた。 11月場所では自己最高位となる西幕下2枚目まで昇進したものの3勝4敗と負け越した。 その後も幕下上位にしばらく在位を続け、番付を東幕下3枚目の位置で迎えた9月場所において5勝2敗の好成績を挙げ、翌11月場所に新十両へ昇進した。 漢字一文字の四股名を持つ力士としては、11月場所新十両の以来、14年ぶりの関取となった。 新十両となった2011年11月場所では、初日から8連勝で早々と勝ち越し、9日目にの髷を掴んで反則負けを喫した以外は13日目まで白星を重ね、14日目の時点で初の十両優勝を決めた。 新十両での優勝は11月場所の以来のこととなった。 東十両3枚目まで大きく番付を上げた翌1月場所でも7日目から8連勝して10勝5敗の好成績を挙げ、翌3月場所において新入幕を果たした。 漢字一文字の四股名を持つ力士としては、9月場所に新入幕を果たした以来、22年ぶりの幕内力士となった。 その3月場所では3日目の戦に両者合わせて10本の懸賞がかかるなど御当地力士としての人気ぶりを示したが、黒星を喫して若の里に懸賞を勝ち取られる結果となった。 これも含めて初日から5連敗を喫するなどして5勝10敗と振るわず、翌5月場所に十両へ陥落した。 翌7月場所に再入幕を果たしたものの、その7月場所でも7勝8敗と負け越して1場所で十両へ陥落した。 翌9月場所では東十両筆頭の位置で11勝4敗の好成績を挙げて優勝決定戦まで進出したが、優勝決定戦ではに敗れて優勝は逃した。 翌11月場所に3回目の入幕を果たし、9勝6敗の成績を挙げて幕内では自身初となる勝ち越しを決めた。 以降は幕内に定着することとなる。 2013年11月場所は11勝4敗の好成績を挙げ、幕内で初の二桁勝利を挙げるとともに、初の三賞となる敢闘賞を受賞した。 翌2014年1月場所は西前頭2枚目で6勝9敗と負け越したが、大関・戦で初勝利。 2014年5月場所は2日目から自身初となる9連勝を記録し、11勝4敗の好成績を挙げ、2度目の敢闘賞を受賞した。 翌7月場所は豪栄道とが関脇を維持した上にとが小結の地位を得た影響で新三役を逃したが東前頭筆頭に据えられて最高位を半枚更新する。 西前頭5枚目の地位で迎えた9月場所は新鋭のを破る活躍(詳細は後述)を見せた上で、10勝5敗の好成績を残した。 翌11月場所は新三役(西小結)。 大阪府からの新三役(小結)は、2008年11月場所の豪栄道以来戦後7人目。 その11月場所では10日目に負け越しを確定させてしまったものの、11日目から4連勝するなど食い下がって場所を6勝9敗で終えた。 2015年1月場所は中日の戦を除いて白星を全く得られず1勝14敗と大不振であったものの、翌3月場所は8勝7敗の勝ち越しにあずかり、続く5月場所は11日目に勝ち越し10勝5敗の好成績。 9月場所は11勝4敗、11月場所は12勝3敗と連続して二桁勝利、敢闘賞を受賞。 2016年1月場所はおよそ1年ぶりの三役である東小結として迎えたが、横綱・大関陣相手に1勝5敗と力の差を見せつけられ、結局5勝10敗でまたも一場所で平幕に落ちることが確定した。 3月場所は東前頭4枚目で迎えたが、初日から7連勝と好調を維持。 そこから3連敗で優勝争いからは脱落したもののそこから白星を重ね、千秋楽での勝利を条件に自身5度目の敢闘賞候補に挙がったが琴勇輝に敗れ、10勝5敗の成績で敢闘賞は獲得できなかった。 しかし3月場所は関脇、小結力士が全員負け越したため、続く5月場所では新関脇となった。 5月場所は2日目に、5日目にに勝つなど序盤は好調だったが、7日目から8連敗と失速し、4勝11敗で三役陥落が決まった。 7月場所も調子が上がらず5勝10敗だったが、9日目に優勝争いの一角にいたを破って金星を獲得した。 9月場所は7日目まで5勝2敗と出だしが良かったが中日から4連敗、そのまま千秋楽に黒星で7勝8敗。 11月場所は弟弟子のに部屋頭の座を譲ることとなった。 靖国神社奉納大相撲 勢関の相手は御嶽海関(2017年4月17日撮影) 2017年1月場所は西前頭3枚目の地位で土俵に上がり、この場所はと鶴竜の2横綱と琴奨菊に勝利するなど好調であり 、場所成績を8勝7敗として自身初の幕内上位での勝ち越しを手にした。 場所後の1月27日、4月13日に行われる大相撲川崎巡業のPRでを訪れ、市長らと対談し「巡業ならではの距離の近さ。 力士もリラックスしてますからね。 一緒に写真を撮ったり、声をかけてもらいたい。 ぜひ来て下さい」と呼びかけた。 同時に「向こうも成長してますけど、こちらも成長してますからね」と3月場所から横綱となるから金星を獲得することに意欲を見せるかのようなコメントを残した。 3月場所は場所前に右腕を負傷したが、4日目に白鵬から金星を挙げた。 (白鵬は翌日から休場)立合いで白鵬に一歩押し込まれたのと引き換えに得意の右を差し、反撃の手掛かりをつかんだ。 「出るしかない」とはやる気持ちを抑え、ぐっと腰を落とす。 「慌てて出るとはたかれる。 一瞬だけど低くなって押せた」とコメント。 左のおっつけで横綱の差し手を封じながら足を踏み出すと、土俵際へ一直線。 最後は右手を深く差し直すようにして前のめりになり、寄り倒した。 いったん勝ち名乗りを受けたのに、審判が土俵の上に集まった。 意外なタイミングで物言いがついたが、一方的に攻め続けた相撲。 勢には「横綱(の体)がちょっと飛んでた」と自信があった。 軍配通りの結果を告げるアナウンスが終わらないうち、金星をたたえる拍手と歓声が湧き起こる。 地元大阪のファンにこの日一番の盛り上がりをもたらした立役者は、「横綱に勝てばどんな形でもうれしい」と破顔した。 だが、この相撲でさらに右腕を痛め、初日から得意の右小手投げが全く使えない苦しい相撲が続いた。 結局白鵬からの金星以外は勝ち星を挙げられず、9日目に負け越しが確定。 しかし1勝9敗の状態から終盤に調子を戻し、最終的には5勝10敗とした。 7月場所は腰の痛みにより振るわず 、5日目にこの場所2勝しただけで休場した不調の稀勢の里から金星を奪う以外は良い所が無く、4勝11敗の大敗に終わった。 稀勢の里から金星を挙げた際には支度部屋で「そうか、金星か。 忘れてた。 初めて勝てたのがうれしい。 今まで思い切りがなかったので、何でも思い切りやってみようと思った」と語っている。 8月6日の夏巡業本庄場所の支度部屋では「夏巡業は腰のケアを優先し、体調管理に注意しています。 体調を整えて巡業の稽古に励みたいです。 秋場所は是非とも勝ち越して、お世話になった方々にごちそうをしたいと思っています」と思いを語った。 西の7枚目で迎えた9月場所は11日目までに6勝5敗とするもそこから4連敗で6勝9敗と負け越し。 およそ2年ぶりとなる幕内の二桁番付となった11月場所は、先場所とは対照的に10日目までに4勝6敗の成績から5連勝で勝ち越しを決めた。 2018年1月場所は4勝11敗と精細を欠き、翌3月場所は2013年以降最も低い番付となる東の14枚目まで落とした。 場所前に足を痛めた影響から、初日、2日目と連勝したものの、取組後には顔をしかめ、花道では足を引き摺る仕草が見られた。 しかし、足の痛みをきっかけに積極的に前に出る相撲を取ったことで白星が先行、11日目には勝ち越しを確定させた。 14日目まで優勝の可能性を残し、幕内の下位から優勝戦線を盛り上げた。 千秋楽に勝てば自身5度目となる敢闘賞を受賞することが決まったが、同じく今場所好調だった魁聖に敗れて受賞はならなかった。 敢闘賞こそ逃したものの、身体の状態が良くない中で8場所ぶりの二桁白星となる11勝を挙げたことで、本人は「十分に頑張れたと思う。 地元でたくさんの人に支えられた」と場所に満足するコメントを残した。 7月場所の番付発表の後、女子プロゴルファーのと今年中に結婚する予定であることを明らかにした。 また比嘉との婚約が明らかにされた際に、勢が年寄名跡『』を取得したことも明らかとなっている。 なお、日本相撲協会の事業報告書によれば、春日山を取得した件は、2017年3月24日の理事会で決議されている。 2019年1月場所初日、との取組で右目の上に7針の傷を負う。 すぐに縫合したが取組後、午後1時から2時まで出血が止まらなかった。 ただ、この場所は9勝6敗と勝ち越している。 3月場所前は左足のを痛め、さらににも見舞われた。 初日こそ松鳳山を一気の相撲で押し出したものの、場所中も蜂窩織炎の影響で40度の高熱を出すなど本調子とは程遠く、8連敗で9日目に負け越しを喫した。 この場所中、婚約者の比嘉とは比嘉がどん底の時に出会ったと語っている。 豊山を右差しからの寄りで退け、連敗を12で止めて2勝目を挙げた14日目には「相撲を取っているだけでも不思議な状態」とこの場所での体調の悪さの程を語っている。 結局自己ワーストタイの2勝13敗に終わり、6年半連続で務めた幕内から陥落することとなった。 その後も体調が優れず9月場所は幕下陥落が見える西十両12枚目まで地位を下げた。 ところがこの場所は4日目から11連勝と好調で14日目に自身2度目の十両優勝を確定させた。 優勝に際して「出られて相撲が取れるだけでありがたい」と蜂窩織炎からの回復を喜ぶコメントを残した。 千秋楽は負けて、場所を12勝3敗で終えた。 東十両3枚目の11月場所は先場所の好調を維持し、初日から6連勝。 中盤でやや失速したが千秋楽に天空海を叩き込んで11勝4敗で終え、4人による優勝決定戦に出場した。 だが、その天空海戦で額を切って大量に出血した影響で1回戦で優勝した東龍に一気に寄り切られ、2場所連続の十両優勝を逃した。 人物 [ ] 親子揃って「我が強い」「何でもじっくり考えて、納得が行かなければ動かない。 その代わり、納得して決めればしぶとい」と評する性格をしており、基本的に相撲以外はそれほど器用でないという。 前述のとおり幼少期の経験もあって人当たりは良い。 タニマチのは「ゴルフもうまくて歌もうまい。 遊び人力士だけどね(笑い)」と気に入っている一方で「勢も頑張るけど、相手も頑張っちゃう。 だから、懸賞金を出すと逆に負ける確率が高くなっちゃうんだよ(笑い)。 敵に兵糧を与えるくらいなら、懸賞を出さないほうがマシってなるんだよね。 タニマチのジレンマだね」と苦悩している様子も見せている。 いわゆる「エレベーター力士」の1人であり、幕内上位に昇進しては大負けを喫し下位に戻るパターンが続いている。 2015年は年6場所で番付が38枚上下動したという記録を作り、これは2位に8枚差をつけ断トツだった。 合い口 [ ] いずれも2020年1月場所終了現在• 横綱・白鵬には2勝13敗。 2016年7月場所で初勝利。 直近は2017年3月場所で勝利。 横綱・鶴竜には4勝10敗。 鶴竜の横綱昇進後は4勝6敗。 2016年1月場所での初勝利から3連勝していた。 直近の勝利は2018年7月場所で、決まり手は押し出し。 大関・貴景勝には4敗。 貴景勝の大関昇進後は対戦なし。 大関・朝乃山には2勝3敗。 朝乃山の大関昇進後は対戦なし。 元大関・琴奨菊には7勝11敗。 琴奨菊の大関在位中は4勝7敗。 直近は2018年7月場所で勝利。 元大関・照ノ富士には8勝3敗。 照ノ富士の大関在位中は5勝3敗と勝ち越している。 2015年11月場所から2017年1月場所まで5連勝。 直近では照ノ富士の大関陥落後の2018年1月場所で勝利。 元大関・髙安には4勝10敗。 髙安の大関昇進後は3敗。 元大関・栃ノ心には4勝9敗。 栃ノ心の大関昇進後は2敗。 (以下は横綱・大関の引退力士)• 元横綱・日馬富士には1勝12敗。 2017年1月場所で不戦勝を得たが、自力勝利は無し。 元横綱・稀勢の里には1勝16敗。 稀勢の里の大関時代は14戦全敗。 稀勢の里の横綱昇進後は1勝2敗。 2017年7月場所で金星を獲得。 元大関・雅山とは、雅山の大関陥落後に1度対戦し1勝。 元大関・琴欧洲とは、琴欧洲の大関陥落後に1度対戦し1勝。 元大関・把瑠都とは、把瑠都の大関陥落後に2度対戦し2戦全敗。 元大関・豪栄道には1勝17敗。 豪栄道の大関昇進後は12敗。 最高位が関脇以下の力士との幕内での対戦成績は以下の通りである。 太字は2020年1月場所終了現在、現役。 エピソード [ ]• 実家が寿司店を経営していて、小さいころから常にでが流れている環境で育ったため、自身の趣味であるでも演歌を得意としている。 2012年7月場所8日目(2012年7月15日)の・において放送された「関取訪問」のコーナーでは、リポーター役であるのの訪問を受けて、稽古風景の取材を受けた後に岩佐と一緒にカラオケ店へ行き、自身はそこでの『花も嵐も』を熱唱した後、岩佐からAKB48の振り付けを教わってAKB48の『』に合わせて一緒にその振り付けを披露した。 また、携帯用音楽プレイヤーを2個持っていて、演歌用とそれ以外用とを分けて使用していることを明かした。 反面洋楽には疎く、2013年11月場所5日目の取組を終えた際にはその日にが観戦していた話題について「僕は日本語しか知らないので、演歌で行きます! 」とコメントした。 相撲甚句の名手としても知られ、幕下時代より巡業で甚句を担当しており、「双葉山」などを持ち歌にしている。 2013年6月22日にはにおいて相撲甚句を披露。 その際に史上初のオーケストラとの共演を果たした。 先代師匠(元関脇・藤ノ川)に勧誘された際に「大好きな山本譲二さんと会わせてあげる」と約束され、入門して数年後に親方の計らいで会えることになり、コンサートの楽屋で握手してもらった時の写真はパソコンの待ち受け画面に設定されているという。 これに関係する話として、同部屋の先輩である(現:年寄)は山本本人を通じてと知り合ったとされている。 このように山本譲二は伊勢ノ海部屋と交遊関係にあると言える。 苦手なものは注射。 2011年12月に出羽海理事(当時、元関脇・鷲羽山)主催のインフルエンザ予防接種が行われた際には顔をひきつらせながら予防接種を受けた。 2014年5月場所より第71代横綱に昇進したの太刀持ちを同門の幕内力士として務めることになり、土俵入りの従者自体は同年3月28日に行われた明治神宮で奉納土俵入りで初めて経験。 勢は「右手がプルプル。 そんきょも不安定。 本場所も巡業もやらせていただきます」と太刀持ちを務めた感想を述べていた。 から贈られたデザインの化粧まわし• とをタニマチに持っている。 そのため本場所では名義で懸賞金 を設定されており、西原のデザインした化粧廻し を贈られている。 勢の弟弟子のが十両に昇進した際も高須から西原のデザインした化粧廻しを贈られている。 地元ので放送中の生ワイド番組『』には、十両時代から折に触れてゲストで出演。 その縁から、同番組では、「『ええなぁ! 』公認関取」として勢を応援する姿勢を示している。 2014年9月場所7日目、新入幕で東前頭10枚目・モンゴル出身の新鋭であるに勝ったことでインタビュールームに呼ばれた。 通常はインタビュールームに呼ばれるのは勝ち越しや上位撃破の時だが、「館内が盛り上がったので特別に」と行われた。 この取組は59秒9の熱戦で、逸ノ城の連勝を6でストップさせ、「敢闘精神評価」の投票者数が史上初めて1日で200人を超えた。 敢闘精神評価アンケートは師匠の先代伊勢ノ海が発案した。 2016年11月場所3日目、幕内のと対戦したが、これは優勝制度が確立された1909年夏場所以降初めてのことである、漢字1文字の関取同士の対戦であった。 ゴルフの腕前は2016年の時点では9ホールを30台で回るほどであった。 ただ、2018年8月の記事によると、コースを回る機会が少なく、練習も自宅でのパター練習や素振り程度であるため、18ホールを90前後にまで実力が下がっている。 2018年夏巡業の最中、日刊スポーツの絵日記企画で「関取になって金のかかる趣味であるゴルフを思う存分行えるようになりたいと目標を持って取的時代を過ごしていた」という趣旨の話をしていた。 同時点で「仕事としてやっている世界に軽々しく入ってはいけない」という考えから、この時点で婚約中の比嘉真美子とラウンドを回るのは互いに競技を引退してからにしたいと語っていた。 カラオケ好きであることに関連して、2017年5月場所からはJOYSOUNDの懸賞金が設定された。 勢は5月場所初日の支度部屋で「カラオケは相撲を頑張るための息抜きです」とあくまでメインが相撲にあることを強調。 2017年9月には、社のコードレススチームアイロン「NI-WL704」のプロモーションの一環として、オリジナル曲 「二人で生きよう」(作詞円香乃・作曲)が起用された。 及びでは本人歌唱のプロモーションビデオも公開されている。 尚、パナソニック社によると、同曲の発売及び配信の予定はないとされている。 2018年2月10日の第51回では、と『』をデュエット、ソロではではなくの『』を歌い、喉を披露。 2018年3月場所10日目の戦で髷に手が入ったことで反則負けとされ、幕内で3回の反則負けというと並ぶワーストタイ記録(十両も含めると4回で単独ワースト記録)を作ってしまった。 この日の取組によって、3日連続でのが記録されている。 2018年3月4日、大阪市中央区の千日前通地下に設けられた地下街「なんばウオーク」で、トークショーを行った。 地元とあって関西人のノリをトークでも全開。 彼女はいますか? という質問に、「彼女はいません。 彼氏はいますけど」と冗談を飛ばして笑いを誘い、大阪・交野市にある実家のすし店を「おすすめの店」と臆面もなくPRした。 さらに力士の代名詞でもある体の柔らかさもアピール。 求めに応じて着物の上着を脱ぎ、両足を広げて床に胸をつけた。 「僕は体が柔らかいんです。 だから、けがをしにくいんです」と自慢げに話すと、共演していた英乃海から「でも勢関、けがが多いですね」と突っ込まれていた。 一門外のとは大岩戸の現役時代に親交があり、十両に上がる前からの付き合いであった。 若手の頃は互いの部屋を出稽古で行き来し、自身の十両昇進後も時に2人で1時間半三番稽古を行ったり、50番から60番取ったりしたという。 そのような縁から勢は大岩戸の引退相撲でを担当した。 「15戦全勝」に繋がる験担ぎとしてさがりの本数を15本にしている白鵬にならって自身も同様にさがりを15本にしている。 とは実家の家族ぐるみで親交がある。 取り口 [ ] 身長195cm、体重167kgというとほぼ同じ体格をしており、右差しと上手からの左前ミツという型が勢にとって理想の差し手である。 はこの取り口に関して「正攻法の相撲であり幕内中位では十分通用する」と評価しながら「白鵬を真似て左足を引いて引いた足から立つが勢は足首が固いから同じように低く鋭く立つことはできず、前ミツが取れずに後退するしかなくなる」と指摘し、その上で「長身と手足の長さ、体のバネを活かして立ち合いから数発上突っ張りで体を起こしながら距離を詰めるべきだ。 そうすれば四つ身の強さ、右からの下手投げが生きる」と解決策を提案している。 また、右小手投げも強く、2016年5月場所5日目の鶴竜戦と同年7月場所10日目の照ノ富士戦で右小手投げで勝負を決めている。 この強さの背景には本人の熱心な稽古態度がある。 2017年3月前の座談会で甲山(元幕内・大碇)は「ただ、皆さんが言うようにやっぱり左手の使い方ですよ。 どうしても右下手からの攻め、すくい投げもそうですけど、右一辺倒なんで本人も意識はしているんでしょうけど、そこが課題ですね」と話している。 懐が深いため引き技もよく決まり、2017年5月場所13日目に勢に叩き込みで敗れた宇良は「まあうまくいかなかったです。 (上からはたかれて)あれはもう無理ですね。 大きかったです。 いや~大きく感じました。 かなわないな」とコメントしている。 2017年のインタビューでは「とにかく僕はまわしを取らないと話にならない、得意の右をさせなくても、最近は右上手でも取れるようになったんです。 立ち合いの当たりも重くなったんですかね、押されることが少なくなりました。 ずっと筋トレは続けているので、その効果なのかもしれません」と自身の相撲ぶりを分析している。 それと同時に「あとはちょっとした技術や経験。 巧さというか、言い方は悪いですけど"ずるさ"というのかな。 何気ないことでも、相手の嫌がるようなことをしたいですね。 まともに当たって押す、引く、投げるだけではなく、もっといろんな工夫をしないと。 例えば押すときでも、相手の嫌がる位置に手を置きながら押すとか」と自分の相撲に関する今後の抱負を述べている。 2018年1月場所7日目の取組後の支度部屋では「もっと足に力を入れないとだめです」と加齢による足腰の筋力の低下や立合いの甘さを自覚しているとも取れるコメントを残している。 時間一杯になると小走りで塩を取りに行く。 これは十両に上がった時から取り入れているルーティンである。 主な成績 [ ] 2020年3月場所終了現在 通算成績 [ ]• 通算成績:529勝502敗(90場所)• 幕内成績:305勝340敗(43場所)• 十両成績:73勝47敗(8場所) 三賞・金星 [ ]• 三賞:4回• 敢闘賞:4回(2013年11月場所、2014年5月場所、2015年9月場所、2015年11月場所)• 白鵬2個(2016年7月場所、2017年3月場所)• 鶴竜2個(2017年1月場所、2018年7月場所)• 稀勢の里1個(2017年7月場所) 各段優勝 [ ]• 東口 翔太(とぐち しょうた)2005年3月場所• 勢 翔太(いきおい - )2005年5月場所 - 参考文献 [ ]• 『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(著者:塩澤実信、発行元:北辰堂出版、2015年)p235-236 所属マネージメント会社 [ ]• - 脚注 [ ]• 『相撲』2018年3月号 p. せきトリくん わくわく大相撲ガイド 寄り切り編』14pから15p• 大空出版『相撲ファン』vol. 06 p68-71• 日刊スポーツ(2017年10月2日閲覧)• 3月場所中のある日、読んでいた新聞から適当に一文字選んでそれを四股名にしたという• 中期の幕内力士のとは何ら関係がない。 琴冠佑はこの事件により引退を表明した。 先代伊勢ノ海の停年直前場所後に新関取となったため、解釈によっては先代伊勢ノ海が育てた最後の子飼いの関取とも言える• それから2年2か月後の2013年11月場所に関取昇進を果たしたが勢に続いて漢字一文字の四股名を持つ関取となった• 『相撲』2012年4月号24頁• ただし日馬富士戦は不戦勝なので金星支給なし。 この場所の日馬富士と鶴竜は途中休場で琴奨菊はこの場所限りで大関陥落と3人は不調であった。 日刊スポーツ 2017年1月27日22時57分• 東京新聞 2017年3月16日 朝刊• 『大相撲中継』2017年8月12日号 p35• 時事ドットコム• ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. 2018年6月27日. 2018年6月28日閲覧。 中日スポーツ. 中日新聞社. 2018年6月27日. 2018年6月28日閲覧。 AbemaTIMES 2019. 09 07:00(AbemaTV、2019年3月20日閲覧)• 2019年3月11日6時0分 スポーツ報知(報知新聞社、2019年3月22日閲覧)• SANSPO. COM 2019. 23 19:56(産経新聞社、2019年3月23日閲覧)• Sponichi Annex 2019年9月21日 16:38(2019年9月22日閲覧)• NEWSポストセブン 2014. 26 07:00• 日刊スポーツ 2015年12月12日15時2分• 『相撲』2013年12月号28頁• スポニチAnnex 2013年6月23日. 2019年6月8日閲覧。 nikkansports. com 2013年6月22日. 2019年6月8日閲覧。 『相撲』2012年3月号72頁• 『相撲』2012年1月号138頁• nikkansports. com 2013年12月13日9時20分• nikkansports. com 2014年3月29日8時53分• 2014年5月13日9時56分• Sponichi Annex 2011年11月15日 06:00• 『相撲』2015年6月号131ページ• nikkansports. com 2014年9月21日10時7分 紙面から• 日刊スポーツ 2016年11月17日8時5分 紙面から• 日刊スポーツ 2017年4月30日17時9分• 『大相撲中継』2017年6月18日号27ページ• 『相撲』2018年3月号 p. 12-13• 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p12-14• 日刊スポーツ 2018年3月20日21時0分(日刊スポーツ新聞社、2018年4月10日閲覧)• 2018年3月4日23時14分 スポーツ報知(報知新聞社、2018年9月3日閲覧)• 2018年6月9日20時11分 スポーツ報知(報知新聞社、2018年9月3日閲覧)• 日刊スポーツ 2019年5月17日10時0分(日刊スポーツ新聞社、2019年5月19日閲覧)• 日刊スポーツ 2019年7月17日17時56分(2019年12月21日閲覧)• 『大相撲ジャーナル』2014年2月号22頁から23頁• 毎日新聞2016年5月12日 21時48分• 日刊スポーツ 2016年7月19日20時26分• 『大相撲ジャーナル』2017年4月号62ページ• 日刊スポーツ 2017年5月26日20時0分• Sports Graphiv Number PLUS April 2017(文藝春秋、2017年4月10日)p34• 『大相撲中継』2018年2月17日号 p. NWESポストセブン 週刊ポスト2017年6月2日号より 2017. 23 07:00 (小学館、2019年5月12日閲覧)• 東龍・魁聖・霧馬山と優勝決定戦 関連項目 [ ]• 、 - 隣接の寝屋川市出身の幕内力士。 いずれも勢と幕内で対戦。 外部リンク [ ]• - 日本相撲協会•

次の