忌野清志郎子供。 ハライチ澤部、忌野清志郎が三宅伸治と舞台に上がって『デイ・ドリーム・ビリーバー』や『雨あがりの夜空に』を歌う幼稚園の謝恩会ライブの映像に大感動

ハライチ澤部、忌野清志郎が三宅伸治と舞台に上がって『デイ・ドリーム・ビリーバー』や『雨あがりの夜空に』を歌う幼稚園の謝恩会ライブの映像に大感動

忌野清志郎子供

忌野清志郎の凄さ、重要さは日本のロックにおいてどれくらいのもんですか? 今僕はバンドマンとして作詞力を高めたいので調べたらこの人にぶつかりました。 しかしテレビでみる限り 年とってきた時 単純に好きじゃないというのが本音です。 良さ、カッコよさも。。 昔若い頃の社会的なストレートな曲が流れて凄いとは思いました。 ロックの作詞をする上で 通らなくちゃいけない人なのか 特に通らなくていい人なのか 教えてください。 あとオススメのアルバムもお願いします。 補足あくまで「作詞の高みを目指すために清志郎の歌詞の重要さ」を知りたいので できれば「清志郎の歌詞じゃなく自分の人生が大事」とかではなく 「通るべきか通らぬくてもよいか」を答えてもらったら嬉しいです。 忌野清志郎の凄さ…というか特徴、かも知れませんが、 彼はまず、時代の流れには乗っかりません。 「・・・いつだったか、まわりの意見が変わったんだ、俺に対する評価がね。 ガラッと変わったよ。 俺は不気味な得体の知れない奴だったのに、朝起きたら、人気者で、芸術的な奴だって言うのさ。 ・・・俺は相変わらず、いいかげんで、テキトーなのさ。 ・・・」 というのは、若い頃に出された、ある彼の本のあとがきの一文です。 アンダーグラウンドを彷徨いかけたようなRCが、ライブハウスの盛り上がりから一気にブレイクしたとたん、サブカルチャー誌にも取り上げられ、評論家からも絶賛され…ということがありました。 売れない時代、事務所の人から、「さだまさしのような良い詩は書けないのか」と言われたそうですが、「努力したが無理だった。 見てもいないのに、見てきたようなことは書けないし…」とのことでした。 さだまさしさんの、美しい日本語でドラマのように創り上げられた歌詞は、評価が高かった 彼の楽曲を聴くと、実体験に基づいた歌詞であったり、その時々の精神状況が垣間見えるようです。 しかし、ストレートであっても粗雑ではなく、大胆な表現の中にも繊細さを感じます。 ある日変な男がやって来て、詩集を出さないかと言い出した…で始まるあとがきも面白い。 彼の良いところの一つが押し付けがましくないところ。 カッコいい云々は、もともと気取ったり格好をつけることが、恥ずかしいとかカッコ悪いと思うような人です。 メイクもキレイに見せるメイクではありませんし…。 大人の清志郎もカッコいいと私は思っていますが…とにかく生き方がカッコいい。 最近出されたアルバム『sings soul ballads』に収録されているようなあついラブソングや、実際に起こった事件を歌ったものや、パロディ、その他何でもありのようにとても自由に楽しんでいる感じです。 30年以上積み上げられてきた清志郎だからこそOKなんだと思います。 ちなみにアルバム『KING』は、アルバム名を考えていた時に食べていたリンゴに貼られていたラベルの「スターキング」から。 また、イニシャルの「KI」にしようとしたら、単純すぎるとスタッフから「NG」が出たからという噂も。 全力で歌い、生き抜いた人…。 でも、最初は面白くて聴いてしまうのですが、聴いてる内に感じることは、本当に 飽きない、凄い音楽にはなっていないんじゃないかと思うようになりました。 何か薄 っぺらな物のように感じて、これならレノンや本物のディランの方がいいと思うように なりました。 歌詞も含めての話です。 ですから、歌をつくるミュージシャンを考えれば、清志朗さん やレノンやディランを通るのはいいことだと思います。 しかしそこから、通り抜けて自 分の持ち味の物をどれだけ作れるかが問われるのではないでしょうかね。 高みを目指すのなら、オリジナルを作るためにはイッパイ恋をして、泣いたり、笑っ たり時には苦しんだり、人に優しくなれたり、残酷になったり、唄ってのは心を表現 するものですから、経験を積み重ねることからいい曲が出来上がるんじゃないでし ょうかね。 歌詞ってのは、人との共感でもあり、また、感じたことのない、新しい 言葉だったり心が踊るものだと思います。 少なくとも人生経験ってのは積んでおくべ きだと思います。 ものまねで終わらないためにも・・・ 今回のご質問は、「作詞のため」という事でいいのですよね?であれば、 「通るべきか通らなくてもよいか」と聞かれれば、 「通らなくてもよい」と私は思います。 清志郎さんが素晴らしいミュージシャンである事は言うまでもないですが 作詞能力という点からいえば、 私の評価は「素人」です。 作詞とは、詩をつくる事です。 ロックでも同じだと思います。 (個人の生き方や、社会や世の中に対する不満をそのまま歌詞にする事がロックだという考えが、正解なのかもわかりませんが、 ロックってそんな堅苦しいものじゃないと私は思います。 ) ストレートに話し言葉や思った事を歌詞にするのは「詩」ではないです。 そんな事は小学生でもできます 詩はロマンです。 凝縮された言葉を楽しむものです。 文学的な素養に裏打ちされた、選び抜いた言葉の切れ味の良さを味わうものです。 詩をつくる勉強は、素晴らしい詩人の詩をたくさん読む事と 詩だけでなく様々な文学作品を読む事で文学的センスを地道に培っていくしかないと考えます。 一朝一夕にできるというものではありません。 あなたがプロを目指しているのであれば、プロの詩人とまではいかなくても、それに近いくらいのレベルを目指すべきです。 今、巷に流れる曲の歌詞のレベルの低さはお分かりですよね?(わからないという事であれば、文学の才能がありませんので、作詞はおやめになるべきでしょう)あれはプロの仕事ではありません。 私が思うに、あなたが通るべき道は、清志郎さんではなく 阿久悠さんではないですか?(あくまで作詞という部分のみです) あと、詩人の中原中也さんや、金子みすずさんも読んでいただきたいと個人的には思います。 清志朗さんのアルバムはカバーズなんかがおススメだと思いますね。 自分の心から生まれる音楽よりも、清志朗さんの歌詞が大事ならいくらでも 聴けばいいと思います。 そのかわり、一生、人の技術や人の作詞にあこがれるだけの、軽い、空しいミュー ジシャンで終わってしまうのが現状です・・・それを越える位の勢いで音楽に取り組 まないと腕も感性も磨けません。 甘いもんじゃありません。 ま、それでもいいのなら ご参考にどうぞ。 作詞の高みを目指す人は、あまり人の音楽は聴かないというのが、本物だと思い ます。 だって、人の感性で、表現することじゃないからね音楽は・・・音楽も芸術です から・・・自分の絵の具と筆を使わないと・・・只のモノマネで終わり。 あなたの音楽人 生はそこまでということです。 清志朗さんの凄いとこは、清志朗さん自身の、借り物じゃない自分の言葉が 作品に刻み込まれているとこですよね。 人からの借り物で、成功するようなことを考えるなら、音楽は辞めるべきですね。 ジャ二ーズやアイドル歌手を目指す程度なら、憧れ程度でなれますが 高みを目指すなら、人の音楽性に憧れてる場合じゃありませんよ。 自分から歌詞を生み出せる人生が本当に大事になって来ます。 音楽は文学ですから・・・.

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忌野清志郎の写真、名言、年表、子孫を徹底紹介

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忌野清志郎の凄さ、重要さは日本のロックにおいてどれくらいのもんですか? 今僕はバンドマンとして作詞力を高めたいので調べたらこの人にぶつかりました。 しかしテレビでみる限り 年とってきた時 単純に好きじゃないというのが本音です。 良さ、カッコよさも。。 昔若い頃の社会的なストレートな曲が流れて凄いとは思いました。 ロックの作詞をする上で 通らなくちゃいけない人なのか 特に通らなくていい人なのか 教えてください。 あとオススメのアルバムもお願いします。 補足あくまで「作詞の高みを目指すために清志郎の歌詞の重要さ」を知りたいので できれば「清志郎の歌詞じゃなく自分の人生が大事」とかではなく 「通るべきか通らぬくてもよいか」を答えてもらったら嬉しいです。 忌野清志郎の凄さ…というか特徴、かも知れませんが、 彼はまず、時代の流れには乗っかりません。 「・・・いつだったか、まわりの意見が変わったんだ、俺に対する評価がね。 ガラッと変わったよ。 俺は不気味な得体の知れない奴だったのに、朝起きたら、人気者で、芸術的な奴だって言うのさ。 ・・・俺は相変わらず、いいかげんで、テキトーなのさ。 ・・・」 というのは、若い頃に出された、ある彼の本のあとがきの一文です。 アンダーグラウンドを彷徨いかけたようなRCが、ライブハウスの盛り上がりから一気にブレイクしたとたん、サブカルチャー誌にも取り上げられ、評論家からも絶賛され…ということがありました。 売れない時代、事務所の人から、「さだまさしのような良い詩は書けないのか」と言われたそうですが、「努力したが無理だった。 見てもいないのに、見てきたようなことは書けないし…」とのことでした。 さだまさしさんの、美しい日本語でドラマのように創り上げられた歌詞は、評価が高かった 彼の楽曲を聴くと、実体験に基づいた歌詞であったり、その時々の精神状況が垣間見えるようです。 しかし、ストレートであっても粗雑ではなく、大胆な表現の中にも繊細さを感じます。 ある日変な男がやって来て、詩集を出さないかと言い出した…で始まるあとがきも面白い。 彼の良いところの一つが押し付けがましくないところ。 カッコいい云々は、もともと気取ったり格好をつけることが、恥ずかしいとかカッコ悪いと思うような人です。 メイクもキレイに見せるメイクではありませんし…。 大人の清志郎もカッコいいと私は思っていますが…とにかく生き方がカッコいい。 最近出されたアルバム『sings soul ballads』に収録されているようなあついラブソングや、実際に起こった事件を歌ったものや、パロディ、その他何でもありのようにとても自由に楽しんでいる感じです。 30年以上積み上げられてきた清志郎だからこそOKなんだと思います。 ちなみにアルバム『KING』は、アルバム名を考えていた時に食べていたリンゴに貼られていたラベルの「スターキング」から。 また、イニシャルの「KI」にしようとしたら、単純すぎるとスタッフから「NG」が出たからという噂も。 全力で歌い、生き抜いた人…。 でも、最初は面白くて聴いてしまうのですが、聴いてる内に感じることは、本当に 飽きない、凄い音楽にはなっていないんじゃないかと思うようになりました。 何か薄 っぺらな物のように感じて、これならレノンや本物のディランの方がいいと思うように なりました。 歌詞も含めての話です。 ですから、歌をつくるミュージシャンを考えれば、清志朗さん やレノンやディランを通るのはいいことだと思います。 しかしそこから、通り抜けて自 分の持ち味の物をどれだけ作れるかが問われるのではないでしょうかね。 高みを目指すのなら、オリジナルを作るためにはイッパイ恋をして、泣いたり、笑っ たり時には苦しんだり、人に優しくなれたり、残酷になったり、唄ってのは心を表現 するものですから、経験を積み重ねることからいい曲が出来上がるんじゃないでし ょうかね。 歌詞ってのは、人との共感でもあり、また、感じたことのない、新しい 言葉だったり心が踊るものだと思います。 少なくとも人生経験ってのは積んでおくべ きだと思います。 ものまねで終わらないためにも・・・ 今回のご質問は、「作詞のため」という事でいいのですよね?であれば、 「通るべきか通らなくてもよいか」と聞かれれば、 「通らなくてもよい」と私は思います。 清志郎さんが素晴らしいミュージシャンである事は言うまでもないですが 作詞能力という点からいえば、 私の評価は「素人」です。 作詞とは、詩をつくる事です。 ロックでも同じだと思います。 (個人の生き方や、社会や世の中に対する不満をそのまま歌詞にする事がロックだという考えが、正解なのかもわかりませんが、 ロックってそんな堅苦しいものじゃないと私は思います。 ) ストレートに話し言葉や思った事を歌詞にするのは「詩」ではないです。 そんな事は小学生でもできます 詩はロマンです。 凝縮された言葉を楽しむものです。 文学的な素養に裏打ちされた、選び抜いた言葉の切れ味の良さを味わうものです。 詩をつくる勉強は、素晴らしい詩人の詩をたくさん読む事と 詩だけでなく様々な文学作品を読む事で文学的センスを地道に培っていくしかないと考えます。 一朝一夕にできるというものではありません。 あなたがプロを目指しているのであれば、プロの詩人とまではいかなくても、それに近いくらいのレベルを目指すべきです。 今、巷に流れる曲の歌詞のレベルの低さはお分かりですよね?(わからないという事であれば、文学の才能がありませんので、作詞はおやめになるべきでしょう)あれはプロの仕事ではありません。 私が思うに、あなたが通るべき道は、清志郎さんではなく 阿久悠さんではないですか?(あくまで作詞という部分のみです) あと、詩人の中原中也さんや、金子みすずさんも読んでいただきたいと個人的には思います。 清志朗さんのアルバムはカバーズなんかがおススメだと思いますね。 自分の心から生まれる音楽よりも、清志朗さんの歌詞が大事ならいくらでも 聴けばいいと思います。 そのかわり、一生、人の技術や人の作詞にあこがれるだけの、軽い、空しいミュー ジシャンで終わってしまうのが現状です・・・それを越える位の勢いで音楽に取り組 まないと腕も感性も磨けません。 甘いもんじゃありません。 ま、それでもいいのなら ご参考にどうぞ。 作詞の高みを目指す人は、あまり人の音楽は聴かないというのが、本物だと思い ます。 だって、人の感性で、表現することじゃないからね音楽は・・・音楽も芸術です から・・・自分の絵の具と筆を使わないと・・・只のモノマネで終わり。 あなたの音楽人 生はそこまでということです。 清志朗さんの凄いとこは、清志朗さん自身の、借り物じゃない自分の言葉が 作品に刻み込まれているとこですよね。 人からの借り物で、成功するようなことを考えるなら、音楽は辞めるべきですね。 ジャ二ーズやアイドル歌手を目指す程度なら、憧れ程度でなれますが 高みを目指すなら、人の音楽性に憧れてる場合じゃありませんよ。 自分から歌詞を生み出せる人生が本当に大事になって来ます。 音楽は文学ですから・・・.

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忌野清志郎

忌野清志郎子供

忌野清志郎の結婚相手・栗原景子、子供・栗原竜平の現在は? 忌野清志郎は、恩師の一言で30代半ばまで独身だった! 忌野清志郎は、2009年、癌性リンパ管症で亡くなりました。 1951年生まれですから、まだ58歳という若さでした。 しかし忌野清志郎は、死を持って、その生き様を世に示したといえるでしょう。 忌野清志郎は、生涯の恩師である美術教師に、「本当にやりたいことがあるなら、結婚はするな」と言われ、30代後半まで独身を通していました。 しかし、長年、忌野清志郎のファンだった景子さんという女性と30代中頃に結婚。 忌野清志郎と結婚相手の栗原景子さんとの間に、1男1女をもうけました。 長男の栗原竜平は、すでに大学を出て成人しています。 忌野清志郎が結婚していたことや子供がいたことが一般に知られたのも、彼が亡くなってから。 忌野清志郎は、常に、マスコミやメジャーの音楽界と距離を置き、独自の活動を続けていたのです。 忌野清志郎のRCサクセションは、日本ロック界に孤高の金字塔 忌野清志郎のRCサクセションは、日本のロックシーンにおいて、メジャーに反旗を翻した孤高の存在でした。 1966年のビートルズの来日以後、ロックやフォークなど、さまざまなジャンルの洋楽が一挙に流れ込み、日本の若者の間で、空前のバンブームが起こりました。 まだ高校生だった忌野清志郎も、さっそく友人とフォークソングのバンドを結成し、音楽にのめり込みます。 そして1970年、忌野清志郎のRCサクセションが、フォークバンドとしてデビューします。 1972年には「僕の好きな先生」がヒットしましたが、その後は泣かず飛ばす。 事務所のトラブルなどもあり、長い低迷期に入ります。 しかしバンド活動は旺盛で、メンバーの脱退加入を繰り返しながらも、精力的にライブ活動を行ってきた忌野清志郎。 70年代の終わりには、デビッドボウイやパンクロックの影響を受け、忌野清志郎独特のビジュアルが生まれます。 そして1980年、「雨上がりの夜空に」に続き、珠玉のバラードあ「トランジスタ・ラジオ」が大ヒットしたRCサクセションの人気は不動のものに。 さらに1982年には、坂本龍一と組んでシングル「い・け・な・いルージュマジック」を発表し、一般にも知られるようになります。 しかし、幾度かのテレビ出演で物議を醸してからは、一切テレビに出なくなり、ライブ中心の活動に逆戻り。 戦争や原発に反対するメッセージ性の強い歌で、忌野清志郎は、ファンにとってカリスマ的存在となっていきます。 忌野清志郎と三浦友和は高校の同級生だった!熱い名言集! 忌野清志郎は、高校時代とても物静かな少年で、同級生は三浦友和だった 忌野清志郎は、高校の頃、決して不良ではありませんでしたが、授業をさぼりがちなもの静かな少年でした。 ただし、絵を描くことが大好きだった忌野清志郎。 彼を支え、生涯の師となったが美術の先生でした。 そして音楽に出会い、ぶれずに音楽を続けてこられたのも、また結婚ができたのも、この恩師のさまざまなアドバイスがあってこそだったそうです。 初めてのヒット曲「僕の好きな先生」は、この美術の先生に捧げられたもの。 忌野清志郎の曲に一貫する、愛情や優しさは、高校時代からすでに育まれていたということでしょう。 そして、高校時代の同級生であり、生涯の友人が、俳優の三浦友和です。 高校の頃は一緒にバンドを組んでいたこともあるそうで、半世紀の時を経て、片や孤高のカリスマミュージシャンに。 片や、日本を代表する俳優となったのです。 忌野清志郎、魂の言葉を聞け! 忌野清志郎は歌だけでなく、多くの名言を残しています。 そのいくつかをご紹介しましょう。 「こむずかしい理屈をこねたりしてる歌なんて、最悪。 単純なラブ・ソングこそ、最高なのに」。 まさに、忌野清志郎の歌の神髄です。 今の社会、政治についてどう思いますと聞かれると、「僕がちょっと油断していたから、悪くなりました。 どうもすみません」と答え、ミュージシャンとしての使命感を顕わにし、「いいかい、気をつけろよ。 だまされんなよ。 腐った奴らが増えているんだ。 自分を見失わないで欲しいんだ」「俺には夢があるんだ!それは、この世界中から戦争がなくなること、それが俺の夢です!」とメッセージし続けた忌野清志郎は、本物のロッカーでした。 忌野清志郎で甦った名曲「上を向いて歩こう」が、映画のエンディング曲に! 忌野清志郎の歌に託したメッセージは、ことあるごとによみがえり、人々の心を揺さぶります。 つい先日も、忌野清志郎がカバーした坂本九の名曲「上を向いて歩こう」が、阿部サダヲ主演の映画「殿、利息でござる!」の主題歌に決定したことが伝えられました。 この映画は、江戸中期の仙台藩吉岡宿で、年貢の取り立てや労役で困窮する宿場町を守るため、決死の覚悟で立ち上がり、ついに地域を立て直した庶民たちの実話を描いた作品。 「殿、利息でござる!」の池田史嗣プロデューサーは、今回の楽曲起用について、「映画のラストを飾る歌を、最も敬愛するアーティストが歌った、一番大好きな日本語楽曲にできたら」という思いだったと説明しています。 作曲した中村八大や忌野清志郎の事務所に交渉したところ、彼らの生き方と共通する反権力や平和、郷土愛といった映画のテーマに、両事務所が快く応じてくれたそうです。 日本のニューミュージックを担った80年代以後の多くのアーティストは、そのほとんどがメジャーとなり、よくも悪しくも、ビジネスとして、音楽にかかわらずを得ませんでした。 忌野清志郎とRCサクセションは、このような現代の音楽シーンの中で、独自の音楽を貫き、一方で、コアなファンたちもこれに応えて忌野清志郎とRCサクセションを支え続けました。 彼らの音楽スタイルは、ザ・ハイロウズや、エレファントカシマシ、ウルフルズなど、数多くのバンドに多大な影響を与えています。 最後に、忌野清志郎珠玉の名言を1つ。 「愛しあってるかい!」。

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