ミッドサマー あらすじ。 映画「ミッドサマー」あらすじ、感想【胸糞度MAX!破綻したホラー】

二度見たくなる!映画《ミッドサマー》14の伏線解説&裏設定の考察

ミッドサマー あらすじ

ミッドサマーの紹介:2019年アメリカ, スウェーデン映画。 美しい森に湖やノーベル賞授賞式などで知られるスウェーデンは、社会福祉が充実し、平均年齢も高く豊かな国です。 そんなスウェーデンで90年に一度の伝統的行事が行われるという話があります。 大学で民族学を専攻する学生たちが論文を書くため、そして楽しい祭りのようなイベントがあると聞き、スウェーデンを訪れます。 しかしその行事はスウェーデンが貧しかった頃からの恐ろしい儀式であり、学生たちは何も知らずに恐怖体験に巻き込まれます。 監督:アリ・アスター 出演:フローレンス・ピュー(ダニー・アルドール)、ジャック・レイナー(クリスチャン・ヒューズ)、ウィル・ポールター(マーク)、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(ジョシュ)、ヴィルヘルム・ブロングレン(ペレ)、アーチ・マデクウィ(サイモン)、エローラ・トルキア(コニー)ほか 目次• ミッドサマーのネタバレあらすじ:起・スウェーデンの謎の伝統行事への旅立ち 女子大学生のダニー(フローレンス・ヴュー は、彼氏のクリスチャンに電話し、妹と連絡が取れないと嘆きます。 クリスチャン ジャック・レイナー はダニーとの電話を切ると、友人マーク ウィル・ポールター に、彼女は精神が不安定だと話します。 しばらくするとダニーからまた電話がかかってきて、なぜか彼女は泣き出します。 ダニーの実家ではダニーの妹が両親を巻き込んで車の排気ガスで一酸化炭素中毒による自殺をしていました。 クリスチャン、ジョシュ ウィリアム・ジャクソン・ハーパー 、マークは大学で民族学を専攻していますが、スウェーデン人の友人ペレ ヴィルヘルム・ブロングレン から「90年に一度の伝統行事があるから遊びに行かないか」と誘われます。 クリスチャンたちはスウェーデンへ行くことにしますが、クリスチャンはそのことをダニーに知らせるか迷います。 その後ダニーは彼らのスウェーデン旅行を知ることになり、クリスチャンに「なぜ知らせてくれなかったの」と言い、気が動転します。 その後ダニーも一緒に行くことになり、ダニーはペレから、その行事は楽しい祭りのようなイベントだと聞き、また、ダニーの誕生日とも重なることからスウェーデンに行くことを楽しみにします。 スウェーデンの首都ストックホルムに着いた彼ら5人(ダニー、クリスチャン、マーク、ジョシュ、ペレ)は行事の行われる村へ車で向かいます。 村の手前ではイギリスから来ていた、サイモン(アーチ・マデクウィ)、コニー(エローラ・トルキア)たちとも合流します。 幻覚作用のあるマッシュルームを口にした彼ら。 夏の日没が遅いスウェーデンでは午後9時でも明るく、ダニーたちは奇妙に感じます。 ダニーは突然立ち上がると、村人たちが自分のことを笑っていると錯覚して動揺します。 そしてトイレに入るものの幻覚で気分が悪くなり森へと駆け込んでいき、気を失います。 気づいた頃には6時間も経っていました。 ミッドサマーのネタバレあらすじ:承・狂気の儀式に唖然とするダニーたち 翌日、ダニーたちは伝統行事である夏至祭の初日の宴に参加、白装束の男女の集団が踊っています。 ダニーたちは村の住民と語り合い、宿舎にあった村人たちの72歳までの生涯を表した絵をみます。 ダニーたちは72歳以後、何が起こるのか不思議に思います。 翌朝に儀式が始まり、ダニーたちは村人と食事をします。 老人の男女が奇妙な飲み物を飲み、連れて行かれます。 ダニーたちと村人は崖に向かいます。 老人の男女はナイフで手を切られ、ルーン文字の書かれた石柱を血で染めます。 その後、高い崖の上に立った老婆は崖から飛び降り、血だらけになり死亡します。 ダニーたちは目の前の光景に唖然として目を背け、コニーとサイモンは「こんなバカなことは許されない」と叫び始めます。 その後、もう1人の老人男性が崖の上に現れ、飛び降ります。 その老人はまだ生きていましたが、村人が頭を潰して殺害してしまいます。 コニーとサイモンは「バカなことはやめろ」と怒りますが、村人は「この儀式は伝統としてやらなければならないこと、二人は幸せに死んだ」と説明します。 ミッドサマーのネタバレあらすじ:転・狂気の儀式に巻き込まれるダニーたち ダニーは当惑し茫然とします。 クリスチャンは気が動転しますが、ジョシュは平然とこの村と祭りをテーマとした論文を書いています。 クリスチャンもこの儀式を論文にすることをジョシュに話し、口論します。 ダニーは家に帰ると言いだしますが、ペレに慰められます。 しかし、ダニーは深夜に起きて外に出て、死んだ老人や自殺した姉妹のことを思い出します。 翌朝、マークは倒れた木に立ち小便をしていると、村人は「神聖な木に何をするんだ」と怒ります。 コニーも気が動転して「帰る」と言いだしますが、村人は「サイモンは帰るため先に駅に行って待っている」と言いますが、コニーは事情が理解できずに出て行こうとします。 ダニーもサイモンを探しますが、村人は「彼は駅に行った」と言います。 ジョシュは論文のため儀式をより深く探ろうと、村人に近づいて話を聞きますが、「秘密の書かれた書物の写真は撮るな」と言われます。 夕食は暗い雰囲気の中始まり、クリスチャンの食事には陰毛(マヤという村の女性のもの)や、マヤの子宮から出した血の混ざったジュースが出されていました。 ダニーたちはサイモンがいなくなったことなど、不安げに今後を語ります。 なぜか、マークは美しい若い村人に呼び出され、いなくなります。 その夜、ジョシュは起きて儀式の本を調べに行き、こっそり写真を撮っていると、突然現れたマーク(マークのデスマスクを被ったような男)に殺害されます。 次の日の朝、クリスチャンは村人に、ジョシュやマークが消えたことや、書物が盗まれたことには関係してないことを話します。 村人は奇妙な飲み物を作り、ダニーはその不可解な飲み物を飲みますが、村人はお茶だと説明します。 クリスチャンは別室で村人から、マヤについての話を聞かれ、クリスチャンは「君はマヤの理想の男性」だと言われます。 ミッドサマーの結末:狂気の儀式の結末 ダニーは踊りを賞賛され、女王に選ばれます。 クリスチャンは遠くから踊りを眺めますが、奇妙な飲み物を与えられ飲んでしまいます。 そして村人はダニーとクリスチャンをお祝いの食事会に連れて行きます。 クリスチャンは飲み物で頭がおかしくなり、マヤに誘惑され、村人たちに小屋に連れて行かれます。 小屋には全裸の女性12人とマヤがいます。 クリスチャンはマヤとのセックスを強制され、マヤは赤ちゃんを感じると言います。 ダニーはその小屋を不審に思い鍵穴から覗くと、クリスチャンとマヤのセックスを目撃してしまい嘔吐します。 クリスチャンはセックス後、その場から逃げ出して全裸で村を走りますが、途中でジョシュの死体を目撃、逃げ込んだ鶏小屋ではサイモンの死体を見ます。 そしてクリスチャンは村人に謎の粉を吹きかけられ倒されます。 村では生贄を選ぶ儀式が始まりました。 儀式のリーダーは、9人の生贄が必要だとして、4人(自殺した老人の男女2名と生贄志願の2名)は村人から、残り4人はダニーのグループ(殺されたサイモン、コニー、マーク、ジョシュ)、そして9人目となるもう一人は女王に選ばれたダニーが、一人の村人あるいはクリスチャンのどちらかを選べと迫られます。 選ばれたのはクリスチャンでした。 彼は内臓を取られた熊の毛皮に入れられます。 9人の生贄は小屋に運ばれ、火がつけられます。 燃える小屋を見て狂喜の村人たち。 ダニーはなぜか微笑みを見せるのでした。 以上、映画「ミッドサマー」のあらすじと結末でした。

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映画『ミッドサマー』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

ミッドサマー あらすじ

個人的理解者である製作のラース・クヌードセンから次作の製作許可を貰い、『ミッドサマー』に着手しました。 アスターは実生活で恋人と別れた経験を映画にしようと決めており、自分が本作の主人公・ダニーの立場に在ったと制作の動機を説明しています。 キャスト 主演は、『トレイン・ミッション』のイギリス人俳優フローレンス・ピュー。 クリスチャンの友人・マーク役を『レヴェナント』のウィル・ポールターが演じ、レイナーとは本作で2度目の共演です。 『ミッドサマー』あらすじ・ネタバレ ダニー 大学生のダニー・アーダーは、躁うつ病を患う妹・テリーから 不穏なメッセージが届き両親に連絡する。 メールを出してもテリーから返信が無い為、ダニーは神経質になっていた。 1人で夜を過ごしたくないダニーは、大学院生の彼氏・クリスチャンに電話。 クリスチャンは、ダニーが妹の事情に構い過ぎて自分の生活に支障が起きていると諭す。 クリスチャンの友人・マークは、精神的に自立できないダニーはカウンセリングが必要だと揶揄。 クリスチャンに別れろと暗に勧め、ダニーの頼り過ぎを批判した。 家族の喪失 そこへダニーからクリスチャンに再び電話が掛かってくる。 クリスチャンの友人達が興ざめする中、クリスチャンは応答。 妹が両親を殺害した後自殺した事を知ったダニーが電話口で絶叫していた。 駆けつけたクリスチャンは、ダニーを抱きしめた。 ダニーは、クリスチャンがスウェーデン出身の友人・ペレに誘われ、男友達4人だけでスウェーデンの夏至祭・ミッドサマーを訪れる計画を立てていた事を初めて知る。 2人は口論になるが、ダニーの心労に同情したクリスチャンは一緒に旅行へ誘った。 マークがクリスチャンに頼み事をして一緒に席を外した際、ペレはダニーに故郷の夏至祭の様子を撮った写真を見せる。 そして、ダニーの家族に起きた事件についてお悔やみを言った。 ダニーは酷く動揺し、トイレに駆け込み声を殺して泣き始めた。 5人は一路スウェーデンへ飛ぶ。 到着すると、マークは地元の女性を見て魅力的だと興奮。 生まれ故郷に着いたペレは小さな村を案内する。 アメリカ人の友達だと村民に紹介して回り、ペレの弟がイギリスから招いた友人のサイモンとコニーを引き合わせた。 ミッドサマー 男性陣はペレの弟からマジックマッシュルームを貰い、ダニーはお茶で飲む。 夜9時だというのに、外は日中のように明るい。 ダニーは死んだテリーの妄想を見たまま眠り込んだ。 目覚めたダニーと一行は、祭典が開催される場所へ移動。 大勢の村民が小奇麗なコスチュームを着て集い、数人がフルートを吹いている。 皆周囲から温かく歓迎された。 祭りを翌日に控え、参加者に対し、夏至祭は90年に1度だけの催し物だとアナウンスがあり、9日間続くイベントを祝う乾杯が行われた。 若い女性達は手を繋いでダンスをしながら円周に回る。 少女が通りがかりにクリスチャンを軽く蹴って笑顔を向けた。 クリスチャンは一緒にダンスに交ざり、ペレは誕生日を迎えたダニーの顔を写生し、その絵を渡して祝った。 2人だけの内緒にしようと言うペレに対し、ダニーは、自分の誕生日をクリスチャンが忘れているので大丈夫だと答える。 案内された宿舎は、壁に見慣れない 儀式を描いた様な絵が鮮やかな色彩で飾られていた。 全員圧倒されながら壁を眺めた。 クリスチャンは、スマホの電波が届かない為、 何処に居るのか分からないとジョッシュにこぼす。 ペレは、ダニーに、1才から16才は春、17才から32才は夏、33才から52才は秋、そして53才から72才は冬と例えて人の人生を考える村の風習を教えた。 悪夢の始まり 翌日、夏至祭が始まる。 奇妙なシンボル型にセッティングされたテーブルに全員座って食事を摂った。 暫くすると、初老の男女が立ちあがり、向き合って何事か言うとお酒を酌み交わす。 全員起立し、ダニー達も真似てグラスのお酒を飲み干した。 その初老の女性が椅子に座ったまま村民が運んで行く。 切だった崖の頂上に到着した女性を残された全員が下から臨む中、古い書物の一節が読み上げられた。 村民の若い女性の手をナイフで傷つけ、何か書かれた岩にその女性が自分の血をなすりつけた。 そして、椅子から立ち上がった初老の女性は、崖から飛び降りて自殺する。 サイモンとコニーがショックを受け大声で抗議する。 村民が誰一人微動だにしない中、先ほど酒を酌み交わした初老の男性も続いて崖から身を投げた。 しかし、男性は死にきれずうめき声をあげる。 村民も真似るように声を上げ始めた。 大きなハンマーを持った村人が男性の顔目掛けて打ち下ろし、他の数人も既に死んだ男性の顔をハンマーで潰した。 異常な事態に激怒したサイモンとコニーは群衆から離れて行く。 2人を呼び止めた村の長・シヴは、代々伝わる長い習慣で、人生の終わりを迎えた2人の老人にとっては、喜びの行為だと説明する。 ダニーは気が動転。 クリスチャンは、夏至祭について卒業論文を書くジョッシュに、自分も同じトピックにすると言った。 ジョッシュは自分で他のテーマを探せと怒るが、クリスチャンは動じず夏至祭を題材にすると主張。 ペレは、 祭典は秘匿事項であり、記録を残すことは禁じられているとジョッシュに話した。 一方、ダニーは耐えられず荷物をまとめて村を出ようとする。 ペレは、一生に一度の祭りを友人と分かち合いたかったと言い、両親を失った自分も気持ちが分かるとダニーを説得。 ジョッシュから睡眠薬を貰って床についたダニーは悪夢にうなされた。 クリスチャンを気に入った村の少女がベッド下に恋の御守りを置いた。 翌日、庭仕事をするペレは、村民の名前は匿名で場所を特定しなければ卒論を書いても良いと村の年長者から許可が下りたが、同意書に署名するようジョッシュに伝える。 一方、祖先の魂に繋がると信じられている古木に用を足した マークは村の怒りを買う。 荷物をまとめて村を出ようとしたコニーに、サイモンは先に駅へ向かったと村人が告げる。 トラックは2人乗りの為、後からコニーを迎えに戻ると説明するが、自分を置いて行ったサイモンに、コニーは怒り心頭。 側に居たダニーはクリスチャンにその事を話す。 しかし、クリスチャンは気に留める様子も無く、卒論の為に近親相姦が許可されているのか村人に質問する。 時々従妹同士なら村の年配者は許可することもあるが、近親相姦は通常タブーの為 村以外から相手を招くと答えた。 夕食の時間になってもコニーが姿を見せない事をダニーは心配する。 そこへ村の女性がマークに声を掛け、マークは喜んで一緒に連れ立ち席を外した。 夜になり、村に伝わる書物が展示されている神殿へ忍び込んだ ジョッシュは、卒論の為に写真を撮影。 誰かに後ろから頭を殴られたジョッシュは血を流して床に倒れる。 翌朝、ダニーとクリスチャンは、書物が無くなったと村民から聞かされた。 マークとジョッシュの両方とも姿が見えず、村民は2人を疑っていた。 新女王 ダニーは女性達に誘われ、同じコスチュームを着用し花冠を頭に乗せてダンス競争に参加。 クリスチャンは、自分に恋をする村の少女と性的関係を持たないかとシヴから打診された。 そして、最後まで踊り続けた ダニーはメイ・クイーンに選ばれ祝福を受けた。 テーブルの上座に腰を下ろしたダニーに皆グラスをあげて乾杯する。 勧められるまま口にした飲み物でクリスチャンは意識がもうろうとし始めた。 ダニーが村の儀式の為に畑に連れ出された間、クリスチャンは更に薬を盛られてしまう。 全裸の村民が歌う前で、クリスチャンは少女と性行為をする羽目に。 戻ったダニーは、神殿から聞こえる歌に惹かれて中を覗く。 ショックを受けて泣きだすダニーを村の女性達が宿泊所へ連れて行った。 取り乱すダニーと同じ様な声を上げて女性達も泣きだす。 行為が終わったクリスチャンは裸のまま外へ飛び出し、納屋へ駆け込む。 そこには、くり抜かれた目に花を挿入され、内臓を摘出されたサイモンの死体が飾られていた。 突然村民に薬の粉を吹きかけられたクリスチャンは、体の自由を奪われ声も出せなくなった。 儀式が再び進行する。 壇上には、ダニーが1人花の中に座っていた。 村の年長者は、クリスチャンに対する評決を下すよう、ダニーを促す。 少女と関係を持ったことが許せないダニーは、クリスチャンの死を選択した。 切断されたコニー、マーク、そしてジョッシュの首で神殿内部が飾り付けられる。 村から2人の志願者も椅子に着席。 クリスチャンは熊の毛皮を着させられ床に座っている。 神殿に火が点けられ、瞬く間に炎が建物を覆う。 汚れた魂を追い出すと言う目的で、儀式の生贄として3人が生きて焼き殺される中、村民全員狂人のように体を動かした。 最初は目に涙を溜めていたダニーだが、炎と煙が包む神殿を見つめるうちに、次第にうっすら笑みを浮かべた。 『ミッドサマー』を観た感想 冒頭に起きるダニーの悲劇の連続場面は非常に暗く、背景音楽も手伝って異様な雰囲気が漂います。 しかし、スウェーデンの夏至祭が始まった途端、眩し過ぎるほど明るく、色とりどりの花で埋め尽くされた美しい光景が終始画面を占めています。 村民は皆笑顔で温かく訪れたアメリカ人の学生達を歓迎。 ところが老人2人の投身自殺に始まり、事態は一変します。 従来のホラー映画とは異なり、真昼間の見晴らしの良い平原で気味の悪い儀式が延々と続行。 祭典の装飾や村人たちの小奇麗さとは逆に起きている事がが異常な為、観ている人は精神的な動揺や気分の悪さを感じるかもしれません。 本作の監督・脚本を兼務したアリ・アスターは、夏至祭を体験しに来たカップルの別れを描くのが目的だと話しています。 アスターは、観客にスウェーデンの民間伝承に対する理解を求めようとしていない為、描写される儀式に意味を見出そうとせずに鑑賞することをお勧めします。 説明の無い不可解なシンボルや絵がたくさん出て来るので、それを見ておくと4人のアメリカ人学生の身に起きることも予想出来る仕掛けです。 アスターが映画を通して何を見せたかったのかと言えば、物事は見掛けと異なるという点です。 例えば、主人公のダニーは、スウェーデンのミッドサマー 正確な呼称はミッドソマー へ行く以前、そして家族の悲劇に見舞われる前から既に精神的に不安定です。 表向きはいたって普通の女子学生ですが、安定剤を常用し、クリスチャンに固執しています。 また、夏至祭へ誘うスウェーデン人学生のペレは、クリスチャンやマークとは異なり、温和でダニーに親切です。 しかし、最初から村民ではない外の人間を誘い、90年に1度行われる祭典の生贄にする為にスウェーデンへ連れて行きます。 このカルト集団にとって、自分達以外の人は物でしかなく、個人という概念も存在していません。 封建時代の様にヒエラルキーで構成された小自治体は、全てを年長者が決定する権限を保持。 他の若い層は皆それをルールとして従っています。 上述した説明を映画の鑑賞前に読んで頂くと、少しは物語が分かりやすいと思います。 家族を失った精神的な脆さを抱えるダニーが、最後は自分の感情や心情を全て分かち合える新たな家族を得るまでの物語だと、アスターは要約しています。 前作のアメリカにおける悪魔崇拝のカルトに続き、本作では欧州のカルトを描いたアリ・アスターは、2ヶ月掛けて村と夏至祭の舞台を建造しました。 キャストは皆お互いに気を配って精神的安定を保ったと話しており、俳優陣にとっても苦労があった作品です。

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【ネタバレ】「ミッドサマー」あらすじ・感想・考察。内容を読み解く6つのポイントを解説!【地獄みたいな映画】

ミッドサマー あらすじ

ミッドサマー なぜ人は怖がるのか、それは「知らないから」だ。 知らないと、その先に何が起きるのかわからない。 「わからない」から人はそれに脅え、拒否したいと思うようになる。 僕がホラー映画が苦手だという部分のおおよそは、これにあたるのかもしれない。 観たことない、知らない、怖いという評判、そんな未経験で未開拓な思いが、それらを拒んでいるのだろう。 だから「ホラー映画」という分野をもっと知れば「怖くない」気持ちに強くなり、克服できるはず。 そう信じて映画道を突き進んでいきたい ・・・わけなんですけど、やっぱり怖いよ、って言われたら見るのイヤですよね~ww 最近はね、慣れてきたんですよ。 先日も自宅で「 ゴーストランドの惨劇」を見たんですけどね、そこまでの怖さではなかったんですよ。 他の作品も少しづつ、少しづつですが見るように心がけてて、それらを見るたびに「あれ、そこまでの怖さじゃねえぞ…?」と。 多分僕、「驚かせる」ような演出が「怖い」んだと最近気づくようになって。 バカみてえにでかい音出すアレね。 ああいうのホントいや。 だから逆に無音状態で画だけで見せるような演出はほんと無理。 あと身構えてない時に急に出てくるやつ。 そんな僕が最近見た「怖い」映画は「 怪談」というオムニバス映画のひとつ「茶碗の中」ってやつなので、観たいと思ったら見てください。 「明るいホラー」とか「フェスティバル・スリラー」とか言われてますが、果たして。 早速鑑賞してまいりました!!• これまで「暗い」ことが定説とされてきたホラー映画スリラー映画を、敢えて「明るい」日差しの下行われる「祭り」を舞台にする斬新なアイディアと、全てが緻密な伏線となっている脚本、そして驚愕の結末に、誰もが永遠に忘れない体験をするだろう。 明るい太陽と色とりどりの花々。 そんな一見楽しいように見える「祝祭」は、狂気の宴と化していく…。 美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。 しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。 妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。 (HPより抜粋) 監督 今作を手がけるのは、 アリ・アスター。 今作がまだ2作目という監督。 僕は残念ながらこれを見てないんですが、観た映画仲間からは「 舌打ちを聞くたびに背筋がゾクっとする」なんて言ってて、それを聞いたら俺もう見れねえよ!!と。 てな理由から見れてないんですよね~w 今回大丈夫かオレ… とはいえ世界的に絶賛されているくらいですから面白いんでしょうね、ヘレディタリーも今作も。 ちなみにこの「ミッドサマー」というタイトル、てっきり「夏ど真ん中」って意味かと思ったら 「夏至祭」って意味なんですって。 summerでなくて、sommerみたいです。 なんだよ夏ど真ん中ってw 外れちゃいないけどさw 今作について監督は、自身の失恋の経験と制作会社のオファーが重なって出来上がったと語っています。 主人公は家族を失ったことで「孤独」になるんですが、それを埋めるかのように祭りへと出向く。 それによって主人公はどう感じるのかというのを、現代のネットコミュニケーションなどに触れながら解説しています。 また舞台設定も世界中の祝祭や風習を参考にしてつくりだしたそうで、アメリカ社会を反映させた作品にもなっているとのこと。 徹底して主人公の主観で描いたことにも言及しており、主人公の「内なる風景」を感じてほしいとおっしゃっています。 キャスト 今作の主人公ダニーを演じるのは、フローレンス・ピュー。 毎月「翌月期待の映画」ってのを書いてるんですけど、コメントをくださった方が「フローレンスピュー来てますね!」っていうんですね。 それに対して「来てる?売れてきてるってこと?」ってクエスチョンが出ちゃって。 Twitterでもたくさんの映画ファンが彼女を推していて、マジ取り残されたオレ…と。 一体どんな作品に出ていたのかをサクッとご紹介しましょう。 2014年のデビューから、TVドラマなどで活躍。 2019年は彼女にとって飛躍の年になります。 アメリカのメジャープロレス団体「WWE」で活躍した女子レスラーの感動秘話を、家族の絆と共に描いた「 ファイティング・ファミリー」で主役を演じアメリカで大ヒット。 若草物語はアカデミー賞主要部門でノミネート、しかもピュー自身も 助演女優賞にノミネートする快挙。 今後大いに期待できる女優さんです。 次回の出演作品は、なんとMCUフェイズ4の幕開けとなる作品「 ブラックウィドウ」で、ナターシャから妹と呼ばれるエレーナ役として出演するそうです。 あ、売れたな。 他のキャストはこんな感じ。 マーク役に、「 デトロイト」、「 なんちゃって家族」の ウィル・ポールター。 ジョシュ役に、TVシリーズ「 グッド・プレイス」、「 パターソン」の ウィリアム・ジャクソン・ハーパーなどが出演します。 監督曰く、 今作はホラーではなくダークコメディだと主張してます。 どっちみち怖いんだろがっ!とビクビクしながら強がってますが、果たして147分もの長尺を耐えつつ、楽しめることができるのでしょうか…。 ここから鑑賞後の感想です!! 感想 怖い、というよりも不快、からの爽快。 カルトじみた村で体験したのは、あらゆるしがらみからの「解放」だったと思う。 以下、ネタバレします。 初のアリ・アスター。 家族を亡くし、恋人との別れを予期していた傷心状態のダニーと、彼女の恋人でありながら別れを切り出せずズルズル引っ張ったままのクリスチャン、そんな彼とつるんでいる大学生の友人らとともに訪れたスウェーデンの奥地にある「ホルガ村」の90年に一度執り行われる祝祭での出来事を、雄大な風景と伝統的な衣装、美しい花々などの自然あふれる舞台を、白味がかった映像で描き、絵画や謎の踊りや儀式、食事に至るまで、 どれも不可解にすることで謎が謎を呼び、時折見せるグロテスクな描写でアクセントを付けつつも、終始スローなテンポで物語を運ばせた作品であったと共に、監督が事前に語っていた通り、失恋や家族との死別からくる「喪失」と、面倒な関係性からの「解放」に高らかな「喜び」を与えた作品でございました。 ん~、一気にまとめ上げてしまったw 「怖い」のは「知らない」からだ、という触れ込みを冒頭で書きましたが、今回の作品い限って言えば、これはちょっと当てはまらなかったな、といった描写でした。 というのも今作、 別に知っていても「怖い」ところはあるし、それ以前に「不快感」とか、それを通り越して「ユニーク」の方が先行する作品だったなと。 で、今回初のアリ・アスター監督作品の鑑賞だったんですけども、色々伏線入れてくるのはどの監督もやってるけど、それ以上に 映像の美しさの方が際立っていたように思えます。 特にいいなぁと思ったのは、ホルガ村での白夜の状態を現したかのような、白みがかった映像。 劇中では登場人物たちが何度かトリップするんですけど、その白みがかった映像によって、こっちもトリップしているような錯覚に陥るんですよ。 ずっと昼間の状態ってことは暗くならないわけですから、暗くならないと眠れない人としては、すごく厄介ですよね。 だから結局眠れず、ず~っと瞼が半分開いてない状態になるのかと。 そういう気分にさせてくれる映像だったなぁと。 また伏線てのもたくさん用意されていて、 特に絵画を映す描写ってのが、どれもその後の彼らに訪れる未来を予兆させていたじゃないですか。 例えば冒頭の絵画は、左に骸骨が浮かんでて、右に太陽が浮かんでるやつ。 あれは物語がどう展開されていくのかを予期させていたし、途中誰かが書いたラブストーリーってのも、クリスチャンに訪れてしまう物語で、その後クマが出てくるのも何かあるんだろうなぁと思ったら壁に燃えているクマの絵が書いてあったり。 他にもきっとたくさんあるんだろうけど、これらは優しい伏線だったなぁと。 構図に至っても面白おかしいのたくさんあって、ダニーの部屋にクリスチャンと帰ってきた時は、クリスチャンを鏡越しに座らせることで一つの画面にも関わらず、縦に並んでる二人を映せる仕掛けになってるし、ひし形がたくさん作られたようなテーブルの配置が、段々真っ直ぐになっていくのを上から撮影するのも丁寧だったし、クリスチャンが性交するシーンも上から撮ってるし、終盤でクリスチャンが目覚めるあたりも目がひとつづつ開く様にしてたりと、ぱっと思い出すだけでもこれくらい出てくるので、二度目三度目見るともっと発見できるくらい、色々こだわりがあった映像だったと思います。 また演出面も面白いのがたくさんあって、ダニーが泣きだすのを見せないために部屋のトイレに入った途端、飛行機のトイレに瞬時に切り替わるのもうまいし、マッシュルーム・ティーを飲んだダニーが、友人の「自然と一体になった」という発言以降、足に草が生えてるのとか、そのあとトイレに駆け込んだら鏡越しに死んだ妹が一瞬映ったり、崖から72歳の2人組が飛び降りるのも、先に驚く顔を見せてから飛び降りるのを見せるってのも面白いし。 あとはもうどうやって撮ったのかわからない、グロテスクな死体やぐちゃぐちゃの顔ね。 あれを「気持ち悪い」と思わずに、少しばかり「美しい」と思えてしまった自分は、やはりトリップしていただけでしょうかw あれを明るい場所で見せるんですから、細部までしっかり作らないとリアリティないですから、よくできた美術だなぁと。 音楽もね、結構不快感を煽る嫌味な音楽でしたよね。 なんですか、あのひたすらリピートして音階重ねていく音色は。 ホルガ村に着いたときに入口で笛吹いてる3人組がいるんですけど、アイツらが吹いてる音色、多分ですけど、「ファ ソ ラ シ ド」(最初ド レかな? )なんですけど、これをずっとリフで演奏していて、そこに音を重ねていくんですね。 それによってのどかに思えながらも、何か怪しい雰囲気にさせる奥深さを助長させている気分にさせてくれる、ホルガ村という名の悪夢へようこそ、みたいな。 他にもクリスチャンの性交シーンも、後ろで裸で突っ立ってる女性らが喘ぎ声をは森ながら一緒に言ってて、それサンプリングして不快にさせていく曲とか。 探し出すとキリがないのでこれくらいにして、まぁこだわりにこだわりぬいた作品だったんだなぁってのが手に取るようにわかる映画でしたね。 俺も救われたい。 この映画、きっと考察のし甲斐がある映画だと思うんですけど、そういうの不得意なんでほったらかしにするとしてw 結局ダニーが、心の大半を占めている感情を解放させてあげるための儀式を、我々は見せられていたって解釈でいいのかなと。 今回誰が一番悪いって彼らを自分の地元へ行こうと誘ったペレなんですけど、彼地元の連中から、そろそろ生贄用意して来いよ、って言われてたと思うんですよ。 そうかぁ誰にしようかなぁって時に、大学の友達が、別れを切り出せないクリスチャンをいじったり、ダニーがやってくれば来たら来たで空気悪くする、そういう陰湿な連帯感を出している彼らから、 肌で感じていながらも空気読んで何とか平静を保っているダニーを憐れんだのかなと。 彼女を救ってあげるのは自分の村の儀式で解放させてあげることが何よりベストなんじゃないか、クリスチャンも建前では優しくダニーを介抱してるわけだから、きっと連れてくるだろうと。 そもそもペレの両親も全身燃えて死んだと言ってましたけど、多分あの儀式で死んだんでしょうね。 だから君の痛みがわかると寄り添っていたのは、本心なんでしょう。 誕生日をちゃんと覚えていて、そっと絵を差し出す辺りなんか、あれペレ意外とマジなんじゃね?と。 しっかり裏でクリスチャンに誕生日だってことを教えてケーキまで用意させてって、なに~、ペレってめっちゃ優しいじゃん!て。 でも、お前諸悪の根源だからなぁw てかペレの事ばかり書いてたw ダニーの苦しさってのは、もちろん双極性障害による妹が起こしてしまったガス中毒での心中による悲しみが大きく占めていたと思うんです。 何度もトイレで嗚咽してたし、トリップしても妹や母親の影がちらつく。 夢で見た崖での儀式の映像にも家族が死んでいる映像が映っていたし、それを払拭することができなかったと。 それ以上に、もうすぐ4年の付き合いになるクリスチャンとのぎくしゃくした関係も、彼女を追い込んでいく原因になっていたわけで、本当は家族が心配過ぎて孤独にさ否まれていた自分にもっと親身になってほしかったろうに、どこか心ここにあらずなクリスチャンの心境を察知して、大丈夫と返事してしまうあたりは、これ以上自分のわがままを言ってしまうと関係が絶たれてしまうんじゃないか、という不安からの強がりだったと思うんです。 で、 これ以上に見えないところでダニーを苦しめていたのは、なんでもかんでも連れ添わなければならない友人関係にあったと思うんです。 多数派についていかなければ自分は疎外されてしまうのではないか、という見えない強迫観念に駆られてしまっていたというか。 特に顕著に現れていたのは、ホルガ村に着いて皆でハッパ吸ってトリップしようぜ、という件。 ダニーは着いたばかりだから落ち着きたいと拒み、クリスチャンも本当はやりたいけど彼女がやらないっていうから俺も遠慮するという見せかけの優しさを見せる、するとマークが、皆で一緒にやらないと逆にトリップしちゃうぜ?と半ば強要するわけです。 そこで自分を味方するクリスチャンは吸いなよ、私はいいからとクリスチャンをかばうダニー。 クリスチャンもマークを一度突っぱねるも、結局皆で吸う羽目に。 この一連の流れから、皆が右を向いたら右に向かなくちゃいけないような連帯感というか、群れ特有の結束感がダニーを苦しめてるんですよね。 今のコミュニティって全員同じ意見じゃないとハブられてしまうから、自分の本音を言えず押し殺して従うってことあると思うんです。 そういうのって実はすごく心に負担をかけているんだよなぁってのを、今回見ていて感じました。 で、皆一緒ってのを強要しているマークやクリスチャンみたいな奴ほど、実はそこまで結束力とか絆とか薄くて、劇中でも早めに分解してしまうんですよね。 逆に村の衆の結束力と来たらwって対比も見てて面白いんですけど。 そういったたくさんのしがらみから解放させてくれた村の儀式。 最後のダニーの笑顔をみて、僕も今の環境から救ってほしいなぁと思ってしまいましたw どうでもいいですが、今の自分たちの生活や環境、コミュニティって起きている出来事ってすごく小さな世界なんですよね。 SNSも結構広いなぁと思いつつも、実は関わっている人ってごくわずか。 実際Twitterも僕2000くらいフォロワーいますけど、やり取りするのって20人くらいなもんで、ホント狭いんですよ自分の世界って。 僕が尊敬してやまない Mr. childrenの曲にも「箱庭」って曲がありまして、恋人との別れを拭えないでいる今の状況を「箱庭」に例えて歌ってるって内容の歌なんですけど、この映画も ダニーは小さなコミュニティっていう「箱庭」の中でずっともがいてて、ようやく別の「箱庭」によって、人生の素晴らしさを感じるって話だったと思うんですよ。 何というか、苦しいと思ったらそこから抜け出すことが最良の選択なんだよな、環境を変えることなんだよなって。 それによって、私はなんて小さな箱庭の中でもがいてたんだろう、世界はこんなにも広くて素晴らしくて寛容なのにと。 最後に なんかたいそうなこと書けてないですが、僕としては初めての監督作品で、あ、こういう映画作る人なんだ、という収穫と、そこまで「怖い」という感情が芽生えなかった、寧ろ「不快」だったくらいのレベルで良かったなぁと。 ただ不満を言わせてもらえれば、 やはりスローなテンポでの2時間30分はやはり長いです。 スローなテンポで描くのであれば終わりに近づくにつれてテンポを速める演出だったり、所々緩急をつけるなどの工夫をすれば、作品に味が出たのではないでしょうか。 あとはあれですね、やっぱり怖さを求めてしまった気持ちってのがありましたから、その辺の肩透かし感は正直ありました。 もちろんそれだけじゃなく、映画製作の巧さってのが味わえたので大きな収穫でしたし、楽しい映画でもありました。 次回作はどんな作品を手掛けるんでしょうね。

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