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また、円谷英二氏の息子で円谷プロ元社長、故・円谷皐(のぼる)氏ともセンゲンチャイさんは親交を深めた。 1995年の皐氏の死去後、センゲンチャイさんは円谷プロに対して、次のように主張した。 「皐さんから、ウルトラQからウルトラマンタロウまでの作品の海外利用権を譲渡するというサインと社判入りの契約書を1976年にもらった。 円谷プロは自分に無断で海外展開しないで欲しい」 センゲンチャイさんが提示した契約書に対して、円谷プロは「偽造されたものだ」と反発。 日本では1997年から裁判が始まった。 2004年に最高裁は「契約書の社判は本物である」と認定したことでセンゲンチャイさん側が勝訴した。 円谷プロには、ウルトラマンシリーズの海外利用権がないという判決が下った。 一方、タイでも裁判になっており、2008年に「契約書はサインが違うので偽物」として円谷プロの勝訴が確定した。 こうして、少なくともタイでは円谷プロに権利があるという判断になった。 同年12月、センゲンチャイさん側の権利は、東京都港区の(上松盛明社長)に譲渡されたが、各国での裁判は続いた。 2013年の中国では、社判を理由にが確定するなど一進一退の攻防が続いていた。 そんな中、円谷プロは4月24日、アメリカのカリフォルニア中央区地方裁判所で全面勝訴したと。 プレスリリースの中で、円谷プロは、問題の契約書が「円谷皐によって署名され捺印された真正な契約書ではなく、効力はない」と判断されたと説明。 今回の判決では「 当社が『ウルトラマン』キャラクターに基づく作品や商品を日本国外においても展開する一切の権利を有することが確認された」とコメントしていた。 「これまでウルトラマンは国ごとに裁判の管轄が違うということで世界各国で裁判をやってきました。 アメリカの地裁で勝っただけで世界的に全部できるというのは無理がある」と話した。 また、著作権部会の司会を務めた久留米大学名誉教授の大家重夫(おおいえ・しげお)さんも円谷英明さんの意見に賛同した。 ハフポスト日本版の取材に対して大家さんは「アメリカの裁判の効力は、アメリカでしか発揮できない。 もし今後、最高裁で勝ったとしても、円谷プロが言うように全世界での権利が認められるわけではない」とコメントした。 著作権部会での円谷英明さんのウルトラマンに関する主な発言は以下の通り。 残念ながら最高裁で、円谷プロは負けてしまった直後に社長に就任しました。 それから後、いろいろあって僕は円谷プロから距離を置いています。 それには大きな理由があって。 円谷プロは円谷英二が作って、初代ウルトラマンは父親の円谷一が中心となって、プロジェクトを立ち上げて作っていきました。 そのときはスタッフも若くて、円谷学校みたいな形で後進に技術を教えていきました。 すごく若い力で作られたのがウルトラマンです。 そのスピリットがずっと続いていれば、僕も円谷プロから逸脱した行動をすることはなかったと思います。 でも、ごく一部の人がウルトラマンを私物化しようとするんですね。 ウルトラマンは自分が作った」と言い始める。 そういう人のせいで、東宝などそれまで支えてくれた会社の力添えがなくなってしまって、独自の道を走った挙げ句にスピリットがどんどんなくなってしまいました。 最近のウルトラマンシリーズをご覧になっている人も多いと思います。 ですが、今のウルトラマンは、はっきり言ってウルトラマンではない。 一族から見てもファンから見ても、本来は制作者はメッセージを込めて作品を作るものですが、そういうものはなくなってしまった。 オモチャが売れればいい、カードが売れればいい、ということで作っているので、スピリッツがない。 そこから派生して、僕はタイのソンポートさんの一族の方と仲良くさせていただいています。 今はどちらかというと、円谷プロが国内の会社であるとするなら、日本以外のインターナショナルの仕事ができればと思って、タイの方と厚意にさせていただいてます。 東京の裁判で、契約書の真偽が争われたんですが、1996年に当時の円谷一夫社長が76年契約書を追認する手紙を出しているんですよ。 これが東京での(判決の)決め手になってしまった。 そのあと、円谷プロは「そんな契約はない」とさんざん言ったのですが、最後までひっくり返せないで判決が確定しました。 文章の中身は別として「契約書は本物である」と日本の最高裁では(2004年に)確定しました。 4月18日に、アメリカの裁判所の判決が出ましたが、そのときに円谷プロがコメントを出していたんです。 僕は全部見させてもらいました。 円谷プロの社内は生え抜きの人がいないので、細かい事情を知っている人は誰もいない。 当事者がいないんです。 円谷プロの中で裁判のことがどうなっているかというと、(日本の)最高裁の判決は『あれはメモ』だと社内でずっとそう言い続けている。 だから、ニュースサイトに載っていた円谷プロのコメントを見てびっくりしたのは「契約書の真偽について争うところはない」と。 東京の裁判はずっとそれをしてたのに、それすら知らないわけですね。 円谷プロはこれまで、日本で負けたけど、中国、タイ、アメリカで裁判でやったから、他の国の裁判に影響を受けないんだ... という主張をしていました。 「日本で負けたけどタイで勝った」から、「中国で負けてもアメリカではまだ判決が出てない」ということでずっと裁判をしてきただけに、今回の円谷プロのコメントには驚きました。 4月18日の判決で「これでウルトラマンを全世界的にやっていけるんだ」という主張でした。 これまでウルトラマンは国ごとに裁判の管轄が違うということで世界各国で裁判をやってきたので、アメリカの地裁で勝っただけで「世界的に全部できる」というのは無理がある。 世界に誇るキャラクターを持っている会社のコメントとは思えなかった。 円谷プロには脈々と受け継がれてきたものはなくなって、商売に走った方向に行ってるのかなと感じました。 円谷プロは一方的に報道陣にPRして「勝ちました」みたいな印象を植え付けているのが今の現状です。 これから、どうなるのか。 即時控訴しているので、次は日本でいう高裁なんですね。 その次は最高裁。 あと5年はかかりますよ。 あと5年間、円谷プロは今と同じスタンスで戦う気ですかと。 ただ、中国と日本は(タイ側の勝利で)確定しているので、そこには(円谷プロは)手をつけられないはずなんですけど、円谷プロは特に中国に関してはいろいろなことやろうとしています。 中国のビジネスは難しい状況にあり、今後、円谷プロとタイ側は同じようにウルトラマンの権利を行使していくことになると思います。 私が社長在任時の2005年くらいからずっと「和解しかないですよ」と言ってきました。 でも、和解しようとすると、なぜか和解できない。 弁護士さんに聞くと「もう少しやれば勝てるから、勝った方がいいでしょ」と言われる。 そっちになびいていくと、勝ったり負けたりを繰り返して、もう20年近くこういう裁判をやっている。 一人でも理解者を増やして本物のウルトラマンを作ってほしいなと。 そうするためには、どうしたらいいかを伝えていただいて。 このマンガ学会でも毎年、「来年は何かやります」と言ってますが、まだできてない。 中国で何かやろうとすると必ず円谷プロが訴えられるところは、訴えてきますから、相当難しい。 これはある種の線引きがされない限り、ウルトラマンが世界に羽ばたくことはないのかなと思ってます。 さっきTPPで著作権の有効期間の話がありましたが、ウルトラマンでいえば1966年だから52年目です。 70年たてば映像自体は著作権フリーになってしまうという危惧はあります。 著作者隣接権は分かりませんが、誰でもウルトラマンが使えるような状況になるのかなと。 そこまで僕が生きているかは分かりませんが、次の世代に引き継いでいかないといけないなと思っています。 ウルトラマンの件でもそれ以外でも構いませんが、会場から質問のある方がいれば受けたいと思います。 ------ハフポスト日本版の記者の安藤と申します。 先ほど「このままだとウルトラマンが世界に羽ばたくことはできない」とのご発言がありましたが、ではどのようにするのが最善でしょうか? 毎回言っているように、一番いいのは和解なんですけど、それがお互いのプライドもあるし、できないので。 一定の期間は「お互いにやりましょう」みたいな。 その間は不可侵条約を結んで3年とか5年、ウルトラマンをやってみてお互いにそこで線引きができればすればいいし、線引きができないなら、再交渉の席につくとか。 今は世界的に出せるような新しいウルトラマンがないんですね。 ここで締結すれば、映画でも30分のテレビドラマでもきちんとした予算をかけて、(1話あたり)2000万円とか3000万円近くかかってしまうけど、それぐらいかけて、子供たちへの文化的な価値がある良い物を作って、情報発信をしていくのが大事だと思っています。 質問に対して6月4日、法務担当者から以下のような回答があった。 ユーエム社が控訴したことや、アメリカの判決は基本的に国内でのみ有効と認めた上で、「他国において同様の争いが生じた場合においても、同様の判断が下される可能性が高い」と主張している。 回答の詳しい内容は以下の通り。 --- ユーエム株式会社が今回の判決について控訴したという情報もありますが、事実でしょうか? 5月8日付で控訴の申し立てを裁判所が受理したと聞いております。 ただし米国裁判におい ては、事実審理(76年書面が真正な書面であるか否か等の判断)は原則として第一審のみであり、第二審以降は、事実審理の過程において法律上の問題があるか否かの判断をするのみだと聞いております。 従いまして、本件事件の性質も踏まえますと、二審以降の判決においても、一審の判決が覆される可能性は非常に低いと当社は考えております。 --- 米国での判決は、基本的に米国内でのみ有効とされるため、 円谷プロの今回の声明は誤解を招くのではという声もありました。 米国での判決が、世界的に効力を発揮するのかどうか見解を教えてください。 ご指摘のとおり、各国の判決の効力は各国内でのみ有効(一部条約国除く)です。 しかしながら、弊社が開催した記者発表等においても説明させていただいておりますが、米国訴訟における 証拠開示手続きの厳格性や公明正大さを鑑みると、今後、もし他国において同様の争いが生じた場合においても、同様の判断が下される可能性が高いと当社は考えております。 なお米国裁判所が「76年書面は真正な契約書ではなく、何ら効力はない」と判示したことが確認されたのは事実ですので、声明内容に誤解が生じる余地はないかと思われます。 --- 円谷プロがユーエム社側と裁判以外で話し合いの席を持ったり、和解に向けた交渉をしたりする予定はありますか? 現状の予定はございません。

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ウルトラマンが泣いている――円谷プロの失敗 (講談社現代新書)

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争いを起こしたタイ人実業家のソンポート・センゲンチャイさんは、ウルトラマンの監修をした「特撮の神様」故・円谷英二氏に1960年代に師事した。 また、円谷英二氏の息子で円谷プロ元社長、故・円谷皐(のぼる)氏ともセンゲンチャイさんは親交を深めた。 1995年の皐氏の死去後、センゲンチャイさんは円谷プロに対して、次のように主張した。 「皐さんから、ウルトラQからウルトラマンタロウまでの作品の海外利用権を譲渡するというサインと社判入りの契約書を1976年にもらった。 円谷プロは自分に無断で海外展開しないで欲しい」 センゲンチャイさんが提示した契約書に対して、円谷プロは「偽造されたものだ」と反発。 日本では1997年から裁判が始まった。 2004年に最高裁は「契約書の社判は本物である」と認定したことでセンゲンチャイさん側が勝訴した。 円谷プロには、ウルトラマンシリーズの海外利用権がないという判決が下った。 一方、タイでも裁判になっており、同国の最高裁は2008年に「契約書はサインが違うので偽物」として円谷プロが勝訴した。 こうして、少なくともタイでは円谷プロに権利があるという判断になった。 同年12月、センゲンチャイさん側の権利は、東京都港区の(上松盛明社長)に譲渡されたが、各国での裁判は続いた。 2013年の中国最高裁では、社判を理由になど一進一退の攻防が続いていた。 円谷プロによると、2018年4月18日のアメリカの地裁判決では、問題の契約書が「円谷皐によって署名され捺印された真正な契約書ではなく、効力はない」と判断されたという。

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会社概要

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1960年代から80年代にかけて、多くの子どもたちが夢中になったウルトラシリーズ。 ミニチュアや着ぐるみを駆使して、あたかも実写のように見せる独自の特撮技術を有し、日本のみならず世界の映像業界をリードしてきたはずの円谷プロは、なぜ、乗っ取られてしまったのか。 講談社現代新書 1960年代から80年代にかけて、多くの子どもたちが夢中になったウルトラシリーズ。 ミニチュアや着ぐるみを駆使して、あたかも実写のように見せる独自の特撮技術を有し、 日本のみならず世界の映像業界をリードしてきたはずの円谷プロから、 なぜ、創業者一族は追放されたのか。 「特撮の神様」と呼ばれた円谷英二の孫にして、 「円谷プロ」6代社長でもある円谷英明氏が、 「栄光と迷走の50年」をすべて明かします。 ---------------------------------------------------------------------- われわれ円谷一族の末裔は、祖父が作った円谷プロの経営を 全うすることができませんでした。 現存する円谷プロとは、役員はおろか、資本 株式 も含め、 いっさいの関わりを断たれています。 これから、約半世紀にわたる円谷プロの歩み、真実の歴史を明かそうと思います。 その中には、今もウルトラマンを愛してくださる皆さんにとって、 あまり知りたくないエピソードも含まれているかもしれません。 成功と失敗、栄光と迷走を繰り返した末に、会社が他人に渡ってしまった背景には、 一族の感情の行き違いや、経営の錯誤がありました。 私も含め、どうしようもない未熟さや不器用さがあったことは否めません。 「はじめに」より 自分にとって幼い頃から楽しい時間を与えてくれた数々のウルトラ作品を生み出してきた円谷プロ。 数年前に広告会社その後パチンコ制作会社の子会社となり、満足な自社経営が出来なくなったことは聞いていたけれどこの著書は今までの円谷プロの設立から今日の子会社化までどのような道程を歩んできたのかを詳細に記載されていてその内容には衝撃を受けた。 数多くの傑作を生み出す中でどんどん膨らむ制作費用による赤字経営。 それに追い打ちをかけるずさんな経理処理。 経営陣の財政状態を省みない遊興等の会社の私物化等あれだけの知名度を持つ会社がこんな状態だったとはとただ唖然としてしまった。 特に個人的になるほどと思ったのは80の終了からティガの放送の開始までの約15年間テレビシリーズの新作が無かった事。 この間の生まれなだけに何でこんなに長期間放送が無かったのかはずっと疑問で当時は寂しい思いをしただけにTBSとの対立が根本に有ったことには納得がいくものだった。 ただ読み終わった後円谷プロと言う会社に対する失望は大いに感じたものの、それ以上に「厳しい制作状況の中、今まで楽しい時間を作ってくれてありがとう。 」という思いも同時に強く感じた。 確かに作品を作れば作る程増える制作費用の増加、慢性的な赤字体質な企業にも関わらず放漫な経営及び経理処理等が有った事は事実としても「良い作品を視聴者に見てもらいたい。 そのためには赤字を出そうと絶対に手は抜けない。 」という作品作りに対する意気込みは会社設立からずっと変わらない円谷プロの終始貫いてきた素晴らしいスタンスではないかと個人的には思います。 今日の現状はどうあれ「今後円谷プロが今まで制作してきた作品に触れる時は当時の制作陣の大変さを噛みしめながら見るようにしよう。 」 そんな思いにさせてくれた著書でした。 告発本に類する作品だが、筆者は、できるだけ冷静に公正な眼で、「円谷プロ」の栄枯盛衰を書こうと努めているように見える。 印象に残ったことを次にメモする。 1)ウルトラマン、ウルトラセブンという文化財並みの大傑作を生み出したのはひとり円谷プロだけでない。 TBSの豊富な人材が大きく寄与している。 東宝の資金的な支えも大きく貢献した。 2)平成ウルトラマンを赤字続きで失敗作と断じている(が、私はそう思いません。 かつてマン、セブンを見て育ったであろうスタッフ、俳優陣のウルトラマンへの愛を感じ、ストーリーもすぐれたものが多い。 ) 3)当初の作品づくり主体の素人経営体質が規模拡大以降もそのまま続いていたのが悔やまれる。 現経営会社の性質上、マン、セブンを単にパチンコCMなどのキャラクターとして余生を送らせるのは残酷だ。 せめて、TBSや東宝系の資本が注入されて、当初の作品性が尊重されていれば、と悔やまれる。 円谷プロだけでなく、円谷家の内情もときにネガティブに描かれているが、それでも、私にとって、マン、セブンの思い出は永遠だ。 とくに、セブン。 冷戦下の核兵器開発競争を「血を吐きながら走り続けるマラソンと同じだ」(「超兵器R1号」のダンのセリフ)と批判するなど、鋭い社会性をも持ち合わせていたのだ。 これからも、子供達の憧れの心優しき正義の味方、ときに、社会の矛盾を感じさせ、考えるきかっけを与える作品として、愛され続けることを祈るばかりだ。 著者が、円谷の人間として、創世記のキャラクターデザインを手がけた成田亨氏の功績を、きちんと認めているところに、好感が持てました。 印象的だったのは、1968年頃に、東宝に対して円谷プロが、特技監督(円谷英二)の位置づけの公式見解を求めたところ、「特技監督は大勢の制作スタッフのひとりにすぎない」という答えが返ってきたという記述。 このことについて、著者は、祖父の特撮技術がなければ映画は成り立たなかったので、一族として一抹の寂しさを感じる、と言っています ところが興味深いことに、成田亨氏の著書「特撮と怪獣」の中で、「美術監督というものは、会社の指示に従う職人にすぎないと、円谷プロは言っている」という記述があります。 つまり、東宝が円谷英二氏に対して示した見解と同じような扱いを、身内のスタッフでウルトラマンの生みの親でもある成田氏に対しても行っていたというわけです。 それを踏まえると、「ウルトラマンが泣いている」というタイトルは、なかなか奥深いものがあるように思います。 かの有名な「特撮の神様」こと円谷英二氏の孫にあたり 円谷プロ六代目社長も勤めていた、円谷英明氏の「円谷プロ興亡史」になります。 円谷プロがウルトラシリーズを中心に作り上げてきた「夢や希望、未来」の作品世界とは裏腹に、 非常に人間臭く、泥臭く、生臭い話がこれでもかと掲載されています。 著者が会社の経理、経営に携わった関係もあるかと思いますが お金の話が非常に多いと感じました。 事実、お金に困って今の円谷プロの現状があるわけですから 当たり前といえば当たり前なのですが…。 それと円谷一族の骨肉を争うパワーゲーム。 昭和の映画やドラマに出てくる、絵に書いたような「悪いやつら」として 著者は親族を糾弾しています。 すべてが事実かといえば、それは著者の視点からの事実であって 他の関係者から見たらまた違った見方もあるかと思います。 とはいえ、まるで懺悔、裁判所での陳述のような著者の文章からは 「円谷がいかにダメだったか」という事実だけは十二分に伝わります。 こちらの書籍は「円谷プロ」「ウルトラマン」というキーワードに惹かれ 「懐かしいなあ〜、何かあったの?」という軽い気分で接してはいけません。 過去の楽しかった、美しい思い出が壊れてしまう恐れがあります。 つねに円谷プロの二アライブなニュースに目を通し、 「なぜ、円谷はこんなことになってしまったのか?」と疑問を持っていた 長年特撮ファンを自負している、酸いも甘いも噛み分けたオトナの読者に ぜひご一読いただきたい。 長文ついでに。 円谷がダメだからといって、ウルトラマンがダメなわけじゃないですよ。 円谷一族の方々は嘆き節でしょうが、玩具屋さん&パチンコ屋さんが 切り回してるウルトラシリーズはそんなに悪くないと思います。 円谷さんには申し訳ないですけど、よっぽど彼らのほうが お子さんがたのことを知ろうと努力し、お金を稼げるよう工夫をしていますよ。 以上です。 そのきっかけが、実はあの『』だったりするんですよね。 最初は「なんじゃこりゃ?」って感じだったんですが、だんだんラインナップが充実して、懐かしい顔ぶれが揃ってくると、ものの見事に焼け木杭に火が点いて……(笑わば笑えw)。 で、アマゾンで関連商品を漁っている最中にヒットしたのが本書。 内容的には『擬人化計画』の脳天気ぶり? 今風に言えば『』といったところでしょうか。 本書では生々しくも、シビアな現実が綴られています。 本当に必要な人材や資本関係、さらには血縁までも遠ざけ、切り捨てたあげく、ついには会社乗っ取り、創業者一族追放へと畳みかけられていく顛末は、「滑稽だけども全く笑えない喜劇」としか思えません。 技術とネームバリューはあっても、体力の乏しい円谷プロのような中小企業(独立プロダクション)にとっても、テレビ局や大手企業のバックアップはメリットが大きいはず。 (あくまでも、個人的感想に過ぎませんが) 複雑な経緯にもかかわらず、文章はわかりやすく整理されており、批判・分析も極力客観性を保とうと心がけているように見えます。 平成ウルトラマンの前期シリーズで、過去の怪獣やウルトラマンの客演がほとんど実現していない理由も明かされています)。 読んだ後で納得するも、否定するも良し。 なにがしか得られるものはある筈です。 本書の初出は2013年。 その後、ウルトラシリーズはキー局も代わり、(おそらくは財政的な理由から)以前のような通年(4クール)放送こそ実現していないものの、新シリーズもリリースされ始めました。 評者がハマった『擬人化計画』のような、良い意味でユルい企画も、以前の円谷プロでは思いつきさえしなかったでしょう。 泣き顔だったウルトラマンは、今、少し笑顔を取り戻しているように見えます。 願わくば、この良い流れが長く続くように、もう一度、本書の如く、過去の失敗を直視し、総括しておくべきだと思います。 まあ、さすがに、ウルトラマンが『しくじり先生』の講師に招かれたりはしないでしょうが。 キー局も違うし(そういう問題じゃない)。 ちなみに、評者の手元にあるのは第6刷。 改訂や修正のアナウンスはないのですが、どうも校正・訂正が加えられているようです。 初版との比較ができないので、断言はできませんが。 もっとも、筆者の記憶違い、畑違いから生じた誤記と思われるので、「経営側から見たウルトラマン(円谷プロ)と、その歴史」という本書の価値・意義を損なうミスではないと、評者は大目に見たいと思います。 (ディープなマニアにとっては我慢ならないミスだったとは思いますが).

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