最後 の 晩餐 裏切り者。 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」に隠された5つの謎とは!

あなたの知らないキリスト教の世界「最後の晩餐」に隠された秘密

最後 の 晩餐 裏切り者

「最後の晩餐」の意味とは? レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』 (出典:Wikimedia Commons User:Hello world) 「最後の晩餐」は「ユダの裏切り」の預言に意味がある 「最後の晩餐(さいごのばんさん)」は、イエス・キリストと12人の使徒が囲む過越祭の晩餐の場面を描いたものです。 この晩餐の翌日にイエスは逮捕されるため、「最後の」晩餐と呼ばれます。 「最後の晩餐」のポイントは、 使徒ユダの裏切りによって、イエスが逮捕されることを「その場でイエスが預言すること」にあります。 「ユダの裏切り」とは? ユダは、イエスを敵視していたユダヤの祭司長たちに、銀貨30枚でイエスを売り渡す手はずを整えていました。 それは秘密だったはずですが、「最後の晩餐」の場において、イエスが突然「あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ろうとしている」と発言します。 そのイエスの言葉によって、使徒たちに動揺が広がる、という場面が切り取られて描かれたのが「最後の晩餐」です。 そのため「最後の晩餐」は、たんなる食事の風景ではなく、 「ユダの裏切り」が告げられる場面を描くことに意味があります。 「最後の晩餐」は『新約聖書』の「福音書」すべてに登場するエピソード 「最後の晩餐」は、『新約聖書』におさめられた4つの福音書のすべてに描かれているエピソードです。 それぞれに記述の仕方は異なる部分がありますが、『ヨハネ福音書』における、絵画に描かれる部分の記述は次のような流れです。 「キリストの受難」は、「最後の晩餐」から始まり、「ペテロの否認」「十字架の道行き」「磔刑」「十字架降下」「嘆き」「キリストの埋葬」などのテーマで絵画などに繰り返し描かれました。 「ユダの裏切りの予言」は、その後に続く「イエスの受難」の始まりを告げるモチーフとして、「最後の晩餐」に描かれてきました。 そのため、ユダだけがテーブルの向かい側に座り、イエスと対面する姿で描かれたり、聖人の証である頭の上の光輪が描かれなかったりするなど、ユダの描写が工夫されました。 レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』とは? 『最後の晩餐』 (出典:Adobe Stock) 数多く描かれてきた「最後の晩餐」の中で、最も有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの作品について解説します。 ミラノ「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」の食堂に描かれている レオナルドの『最後の晩餐』は、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の修道院食堂の壁画として1495年~1498年に描かれました。 横幅が9メートル余りもある巨大な壁画ですが、未完となることが多いレオナルドの絵画の中では完成した数少ない絵画です。 しかし、壁画に向かないテンペラ技法で描かれたため、損傷が激しい絵画としても知られ、1999年の修復作業によって現在の姿に整えられました。 「イエス・キリスト」と「12人の使徒」が並んだ表現が斬新 伝統的な『最後の晩餐』では、裏切り者のユダはそれとわかるように、テーブルの反対側に描かれることが多かったところを、レオナルドは他の弟子たちと同列に並べて配置しました。 それとともに、動揺する使徒たちの表情やしぐさを、リアリズムの手法でひとりづつ細かく描き、臨場感を表現しました。 このような描き方は、当時として斬新な表現でした。 さらに、綿密な遠近法を用いることで、食堂の実空間と、壁に描かれた絵画の空間に連続性が生まれ、鑑賞者はその場にいるような錯覚を覚えるように計算されていました。 なお、ユダはイエスの向かって左側の3番目に座る人物で、右手に銀貨が入った袋を握っています。 演劇の一場面のような「臨場感」が仕掛けられている レオナルドは、宮廷の舞台演出も行っていたこともあり、その手法を絵画にも応用しました。 『最後の晩餐』を描くにあたって、弟子たちが動揺した一瞬の動きを振り付けた脚本を起こしていたことが、残された手稿からわかっています。 実際に描かれている人物の表現 例えば、激高したペテロ(左から4番目)は、裏切り者に襲いかかろうと手にナイフを持っています。 また一番左端にいるバルトロマイ(ナタナエル)は、今聞いた言葉が本当なのかと驚いて立ち上がり、身を乗り出しています。 イエスの右隣に座るヨハネは、あきらめたようにぐったりと身を傾けています。 さらに、12人の使徒たちは3人組のグループに分けられているため、多様な動きがあっても調和がとられています。 描かれた3つの窓の役割 イエスの背後に描かれた3つの窓は、奥行きを示すとともに、光輪を描かないイエスに背後から光をあて、特別な存在として浮き立たせるなど、臨場感を高めるためにさまざまな仕掛けがほどこされています。 レオナルドの『最後の晩餐』を見学するには? サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会正面 (出典:Wikimedia Commons User: Gogo Lawrence) 入れ替え制のため事前にチケット予約が必要 レオナルドの『最後の晩餐』を見学するためには、事前予約が必要です。 見学は決められた人数ごとに入れ替え制となっています。 毎月第1日曜日は無料ですが、予約は必要です。 下記予約サイトから予約ができます。 公式サイトからの予約が難しい場合は、日本のトラベル会社などのホームページから現地ツアーの予約も行えますので、検索してみてください。 まとめ 「最後の晩餐」とは、『旧約聖書』における、「イエスの受難」が始まることを告げる重要な場面を表現したものです。 イエスを裏切ったユダが、特別な描き方をされていることが特徴です。 レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』では、それまでの図像を覆す表現を行ったため、さまざまな憶測を呼びました。 とくに、ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』では、イエスの向かって左に座るヨハネは、実はマグダラのマリアであり、マリアはイエスと恋愛関係にあったとして、その暗号がこの絵に隠されているとする構想を用いました。 レオナルドの『最後の晩餐』は、イタリア旅行の際には一度は見学したい作品ですが、美術館に収蔵されているのではなく、教会内の修道院の壁画として描かれているため、見学がしにくい絵画かもしれません。 なお、ミケランジェロの壁画『最後の審判』は、バチカンの「システィーナ礼拝堂」内の壁画です。

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超高解像度で見る「最後の晩餐」 グーグルと英王立芸術院の協力で実現 : 文化 : クリスチャントゥデイ

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あらゆることにおいて有能であり、画家としても非常に有名なレオナルド・ダ・ヴィンチですが、現存する絵画作品は15点ほどしかないと言われています。 中には最後まで完成されなかった作品も多々あります。 実は「最後の晩餐」は数少ない貴重な完成品の一つなのです。 レオナルドは完全主義者であり、自分の作品にとても厳しく、少しでも納得できないと自分の作品を破り捨てていました。 一つの作品にかける時間も長く、何年にも渡って手を加え続け、それでも結局完成できないことも多かったのです。 新しい技法をいつも探求していたレオナルドはその実験にも長時間をかけていたと言われています。 とても論理的で実証的あり、その緻密で計算された考え方は絵画にも表れていました。 レオナルド・ダ・ヴィンチの作品の素晴らしいところは、顔料の塗布の手法はもちろんのこと、解剖学や光学、植物学、地質学、人相学などの知識をもとに新しい絵画技法を探求して表現している点です。 人の感情を、表情やポーズで描写する技法や、人物の配置や構図における創造性、色調の繊細な移り変わりなどが特にレオナルドの作品では多く見られます。 これらの革新的な絵画技法を確立し、その集大成と言われるのが、「モナ・リザ」、「岩窟の聖母」、「最後の晩餐」です。 1490年代に描いた絵画作品の中で最も有名な「最後の晩餐」はレオナルドの作品の中でも製作期間3年と、比較的短い期間で描かれたものです。 ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁に描かれたもので、イエス・キリストが刑に処される前夜に12人の弟子と共に摂った夕食の時に起こった出来事の場面が描かれています。 「最後の晩餐」は、一点透視図法という、ある位置から見ると絵画の天井の線と実際の壁と天井との境目につながり、部屋が壁の奥方向へと広がって見えるような技法が使われています。 イエスのこめかみの位置に釘を打ち、そこから糸を張ってテーブルや天井、床などの直線を描いたものと思われます。 12人の弟子たちはイエスを中心に3人一組で描かれており、4つのグループはほぼ等しい幅を持つよう左右に構成されています。 弟子たちは手の形やポーズによって感情が表現されているなど、手の表現が大きな特徴となっています。 聖書の中に出てくる最後の晩餐の場面は多くの画家が描いてきました。 その多くは、裏切り者であるユダをひとり手前に描き、イエスや他の弟子とは向き合う位置で描かれています。 しかし、レオナルドの描いたユダは、他の弟子たちと同じ向きで描かれています。 これはレオナルドがその当時一般的だとされていた定番の構図に疑問を抱いていたからだと考えられます。 最後の晩餐をしている時点では裏切る者がユダだとは他の弟子たちは分かっていないはずで、実際は、誰が裏切り者なのかと騒然となったであろう場面をレオナルドは忠実に再現したのです。 また、レオナルドの「最後の晩餐」では、当時の常識では考えられない位置にユダが描かれています。 ユダの両隣に描かれているペトロ(左隣)とヨハネ(右隣)は、イエスにとって一番の弟子だとされており、特にペトロはイエスが一番信頼していた弟子としてイエスの左に、ヨハネはイエスが一番愛した弟子としてイエスの右に描かれるのが一般的でありました。 しかし、レオナルドはペトロとヨハネの間にユダを描いたのです。 イエス・キリストはユダが裏切り者だと予知していながらどうして選ばれた12人の弟子の一人としたのか疑問に感じる方も多いでしょう。 多くの神学者や哲学者がこの問題に取り組んできました。 もともとユダはイエスへの信心がそれほどなかったという記述もあります。 イエスとの関係においても数々の福音書の中で、ユダの記述は他の弟子たちと比べると少なく、イエスとユダはそれほど親密だったとは言えないようです。 ヨハネの福音書によれば、イエスは最初から裏切り者がユダであることを知っていましたが、最終的には最後の晩餐の時にユダの裏切りを予言した後、ユダに向かって「しようとしていることを、今すぐしなさい」と言ったと言われています。 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見るとユダは後ろを振り返っていて顔がよく見えません。 手は強張っており、恐れを感じているようです。 その視線の先にいるのはペトロです。 ペトロはなぜか右手を後ろ手にしていて、その手にはナイフが握られています。 左手はヨハネの肩にかけられており、ヨハネに何かを語りかけているのでしょうか。 ヨハネはうつむき耳を傾けているようにも見えます。 最後の晩餐の記述の中にはイエス・キリストの懐には一番愛した弟子がいたという記述がありますが、レオナルドの「最後の晩餐」にはイエスとヨハネの間には明らかに距離があるのが見えます。 なぜ、レオナルドはあえてその空間を作ったのでしょう。 これには裏切り者のユダの後ろにはペトロがいたのではないかという説があります。 レオナルドの描いたペトロを平行移動させて空いている空間に置くと、ペトロがイエスの首元に手を当て詰め寄っている姿がぴったりと重なるからです。 右手のナイフはヨハネのお腹に向けられています。 ヨハネが、中性的で女性のように描かれていること、ヨハネをイエスの右隣へ平行移動させるとぴったりとイエスに寄り添う形になることからヨハネはイエスの子供を授かったマグダラのマリアではないかとも言われています。

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12使徒

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この記事はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ののうち第26章 や第13章 等に記されていると12使徒によるを題材としたもので、「12使徒の中のが私を裏切る」とキリストが予言した時の情景が描かれている。 絵は、にあるの食堂に描かれたもので、420 x 910 cm の巨大なものである。 レオナルドはから制作に取りかかり、に完成している。 ほとんどの作品が未完とも言われるレオナルドの絵画の中で、数少ない完成した作品の一つであるが、フレスコ技法ではなく、乾いたにテンペラで描かれたことや所在する環境から最も損傷が激しい絵画としても知られている。 また、遅筆で有名なレオナルドが、3年という彼にしては速いペースで仕上げた。 「」として、に登録されている。 レオナルドは、遠近法、明暗法、解剖学の科学を駆使し、それまでとはまったく違った新しい芸術を生み出した。 画風・構図 [ ] 構図 [ ] 絵画は当時食堂だった部屋の壁面に描かれており、床から2m程の高さから上に描かれている。 を用いて部屋の様子が立体的に描かれており、ある位置から見ると、絵画の天井の線と実際の壁と天井との境目がつながり、部屋が壁の奥方向へと広がって見えるよう描かれている。 絵の下端に床の縁のようなものが描かれており、絵の部屋の形状が異様なことから、最後の晩餐の様子を演じたの様子として描いているとも言われる。 なお、晩餐の画面の上方にある、紋章や花綱が描かれた(半月形の装飾)もレオナルドの筆である。 一点透視図法の消失点は、中央にいるの右のこめかみの位置にあり、洗浄作業によってこの位置に釘を打った跡が見つかった。 こめかみの位置に釘を打ち、そこから糸を張ってテーブル、天井、床などの直線を描いたと考えられている。 12人の弟子はキリストを中心に 3人一組で描かれており、4つのグループがほぼ等しい幅を持つよう左右に等しく配置されている。 これらの配置はまた、背景の分割によってより明確になるよう描かれている。 キリストの顔や手などには未完成と思われる部分もある。 弟子たちは顔よりも手の形によって表情が表現されており、様々な手の表現がこの絵画の大きな特徴の一つである。 人物の同定 [ ] 使徒ヨハネ 右 キリストの向かって左の人物は定説ではとされている。 他の(弟子)がキリストの言に驚いて慌てた仕草をしているのに対してこの人物は(のように)手を組んで落ち着き、哀しそうな顔をしているようにみえる。 また青い服に薄赤のマントの人物はの言葉に耳を傾けるように描かれており、113章23-24節の、ペトロがヨハネに問いかけている場面を絵画化したと見るのが穏当であろう。 ただし同書で同人物は「」と記載されており「ヨハネ」の名は無い。 描かれている人物は、以下のように同定するのが通説である(向かって左から、顔の位置の順番に記す)。 - テーブルの左端、つまりイエスからもっとも離れた位置におり、イエスの言葉を聞き取ろうと立ち上がった様子に描かれている。 - イエスと容貌が似ていたとされる使徒。 左手をペトロの方へ伸ばしている。 - 両手を胸のあたりに上げ、驚きのポーズを示す。 イスカリオテのユダ - イエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を握るとされる。 ただし、マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたが、レオナルドは、聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったためではないかと言われている。 - 身を乗り出し、イエスの隣に座るヨハネに何か耳打ちしている。 - 十二使徒のうちもっとも年少で、聖書では「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」と記されている。 中性的顔立ちと『』の影響からか女性と思われがちでではないかという説が浮上したが、それはこの作品を問わずレオナルドに良く見られる画風である。 (13章23節)• イエス• - 大ヤコブの背後から顔を出しており、体部は画面ではほとんど見えない。 右手の指を1本突き立てているのは、「裏切り者は1人だけですか」とイエスに問い掛けている姿と解釈されている。 左手はよく見るとテーブルの上に置かれている。 - 両手を広げ大袈裟な身振りをしている。 - 両手を胸にあて、イエスに訴えかけるような動作をしている。 - テーブル右端のマタイ、タダイ、シモンの3名は互いに顔を見合わせ、「今、主は何とおっしゃったのか」と問い掛けている風情である。 イエスから離れた位置に座る彼らにはイエスの言葉がはっきりと聞こえなかったのかもしれない。 表現 [ ] この時代までの最後の晩餐の絵画は、聖人にはが描かれていた。 また、12人の弟子(十二使徒)の中で裏切り者とされたユダは光背がなく、あるいは横長のテーブルに一人だけ手前側に座るなどの構図で明らかに区別されて描かれていたが、レオナルドは12人の弟子を等しくテーブルの奥側に配置し、光背も描かなかった。 代わりに、キリストの背後に明るい外部の景色と(建築上は不要な)リュネットを描き、ユダの手には銀貨を入れた袋を持たせ、顔に陰をいれることで区別が図られている。 なお、ユダの背後にはナイフを握った手が描かれている。 この手はペトロの右手であるとするのが一般的であるが、オリジナル画面の剥落が激しいため、判然としない。 そのため、「この手をこの向きにできる者はおらず、この手の持ち主は謎である」とする説もある。 のに見られる『最後の晩餐』の 伝統的に赤い服とされていたキリストは、伝統に倣った容姿で中央に三角の構図で描かれ、3人一組となった弟子はそれぞれ台形の構図でキリストを囲むように描かれている。 遠近法、背景、弟子の表情、手の動き、目線、配色、構図など、あらゆる点で中央のキリストに注目が集まるよう工夫がされている。 テーブルの上には、折り目のついたテーブルクロスが広げられ、大皿が3つ、それに取り分け用の小皿と、手洗い用の水を入れた皿()、塩壺と思われる小型の容器、ナイフ(フォークはない)、を入れた小さなグラスなどが置かれている。 剥落のため、細部ははっきりしない部分もあるが、ワイングラスは(ユダの分も含め)13個置かれていることがわかる。 20世紀末に行われた修復の結果、皿の上にあるのは魚料理であることが判明した。 他に、丸型の食べ物と、またはと思われる果物(魚の風味をよくするためのものと思われる)が見られる。 技法 [ ] 西洋絵画では、通常、壁画や天井画にはの技法を用いる。 しかしこのレオナルドの『最後の晩餐』はフレスコ画ではない。 フレスコ画は古代ローマ時代から用いられており、漆喰を塗り、それが乾ききる前に顔料を載せて壁自体をその色にする技法である。 この技法で描いた絵画は壁や天井と一体化し、ほぼ永続的に保存される。 しかし、漆喰と一体化するため、使用できる色彩に限りがあり、漆喰を塗ってから乾ききるまでの8時間程度で絵を仕上げる必要がある。 重ね塗りや描き直しは基本的にできない。 レオナルドは作業時間の制約を嫌い、写実的な絵画とするために重ね塗りは必要不可欠であることから(本作では白黒で陰影を描いた後、上から色味を重ねる手法が多用されている)、完全に乾いた壁の上にの技法で描いた。 テンペラは卵、ニカワ、植物性油などを溶剤として顔料を溶き、キャンバスや木の板などに描く技法であり(卵を使用せず、油を主たる溶剤にすれば油彩となる)、時間的制約は無く、重ね塗り、書き直しも可能である。 テンペラや油絵は温度や湿度の変化に弱いため、壁画には向いていない。 レオナルドは、壁面からの湿度などによる浸食を防ぐために、乾いた漆喰の上に薄い膜を作りその上に絵を描いた。 しかし、この方法は結果失敗し、湿度の高い気候も手伝い、激しい浸食と損傷を受ける結果となった。 壁画完成から20年足らずで、レオナルドが存命中であった頃には目に見えるほど顔料の剥離が進んでしまっていたことが、当時の記録からわかっている。 歴史 [ ] 500年以上もの期間、この損傷を受けやすい絵画は失われずに残っている。 しかし決して保存のための注意が払われてきたわけではない。 描かれた当時からこの部屋は食堂として使用されており、食べ物の湿気、湯気などが始めにこの絵を浸食する原因となった。 からにかけて、損傷や剥離部分について複数回の修復および剥離部分の書き足しなどが行なわれた。 大規模なものは5回記録されている。 19世紀までの修復は修復者のレベルにばらつきがあり、あまり良い結果を生んでいない。 過去の修復者は画面の剥落を防ごうとして、ニカワ、樹脂、ワニスなどを塗布したが、結果的にはこれらを塗ったことによってますます埃やススが画面に吸い寄せられ、画面は黒ずみ、レオナルドのオリジナルの表現はわからなくなっていった。 また、通気性の悪くなった画面には湿気がたまり、カビの発生を招いた。 さらに、こうして塗られたニカワや樹脂がオリジナルの絵具もろとも剥離する現象もおき、修復がさらなる破壊を生むことにもなった。 18世紀の修復では大規模な補筆が行われ、レオナルドの表現意図がいかなるものであったかが次第にわからなくなっていった。 19世紀の修復家は壁画自体を壁からはがそうとして失敗し、壁面に大きな亀裂が走った。 また、には絵の下部中央部分に食堂と台所の間を出入りするための扉がもうけられ、その部分は完全に失われてしまった。 17世紀末、ナポレオンの時代には食堂ではなく馬小屋として使用されており、動物の呼気、排泄物によるガスなどで浸食がさらに進んだ。 この間、ミラノは2度大洪水に見舞われており、壁画全体が水浸しとなった。 その際にこの食堂も向かって右側の屋根が半壊するなど破壊されたが、壁画のある壁は爆撃を案じた修道士たちの要請で土嚢と組まれた足場で保護されていたこともあって奇跡的に残った。 その後3年間屋根の無い状態であり、風雨にさらされないよう、また、壁だけで倒れないようそのまま土嚢を積まれてはいたが、この期間にも激しく損傷を受けている。 建物は設計図が残っていたため、そのまま復元された。 制作当時に奇跡の絵画と呼ばれたが、以上のような経緯から、現在では存在自体が奇跡だと言われている。 最後の晩餐(修復前) 20世紀の修復作業 [ ] 上記のとおり、保存上の悪条件に加え、過去の修復が逆に剥離を進ませてしまったり、元々無かったものが書き足されるなどしたため、レオナルド自身が描いた絵がどの程度残っているのか20世紀後半まで不明であった。 からにかけて大規模な修復作業が行われた。 これはミラノ芸術財、歴史財保存監督局によるもので、修復作業は修復家のピニン・ブランビッラ Pinin Brambilla Barcilon が一人で20年以上の歳月をかけて行なった。 この修復は洗浄作業のみで、表面に付着した汚れなどの除去と、レオナルドの時代以降に行なわれた修復による顔料の除去が行なわれた。 その結果、後世の修復家の加筆は取り除かれ、レオナルドのオリジナルの線と色彩がよみがえったが、オリジナルが全く残っていない箇所もかなりある。 たとえば、イエスの向かって右に位置する大ヤコブの体部などは、オリジナルの絵具がほとんど失われ、壁の下地が露出している。 なお、この修復で新たに分かったことが何点かある。 一点透視図法の消失点の釘跡 前述• テーブルには魚料理が並んでいた。 キリストの口が開いていた。 背景の左右の壁にある黒い部分には花模様のタペストリがかけられていた。 この事実と洗浄作業を元にがCGでの絵画復元を試み、それに関する番組を制作、放送している。 には、これを所蔵する教会とともにの 文化遺産 登録された。 その後は複数の扉によって外気との接触を減らし、観光も人数制限などして保存活動がされている。 見学 [ ] 見学は完全予約制で、数日前に予め電話をするかチケットの入手が必要。 また、見学時は予約時間の30分以上前に到着の必要がある。 住所 : Piazza S. Maria delle Grazie 2, Milan 電話予約はまたはが通じる。 電話番号 : 02 - 8942 - 1146• 受付 : 月曜 - 金曜 9:00 - 18:00、土曜は - 14:00 ネット予約も可能• 見学可能時間• 火曜日 - 土曜日 : 8:15 - 19:00• 日曜日 : 8:15 - 20:00• また、会堂内にある柵の外側からの見学となる。 見学時間は混雑状況によって多少差がある。 写真撮影は可能。 料金 : 一人 8(入場料6. 5ユーロ+予約手数料1. 5ユーロ) 行き方• トラム16番が前を通る。 Conciliazione 下車徒歩5分• 地下鉄1号線、 Cadorna 下車徒歩15分 デジタル見学 [ ] イタリアのデジタル画像処理会社HAL9000は、同社のウェブサイトに160-170億画素の画像を掲載している。 注釈 [ ] []• 哲学者は「数世紀にわたるあらゆる種類の破壊」と呼んでいる。 脚注 [ ]• ウィキソース. 2020年2月1日閲覧。 ウィキソース. 2020年2月1日閲覧。 ユネスコ. 2020年2月1日閲覧。 G・ジンメル『芸術哲学』岩波文庫、1987年、P. キリストと魚のかかわりについては参照。 (HAL9000公式サイト) 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 世界遺産の物件名• - の油彩による模写• - この最後の晩餐の構図に基づく版画を製作し、この絵が広く知られるきっかけを作った人物の一人。

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