リーマン トリロジー。 『リーマントリロジー』映画レビュー「サム・メンデス監督によるアメリカ経済を動かしたリーマン一族3代の興亡を描く壮大な叙事詩」

リーマン・トリロジー: Ume

リーマン トリロジー

どもどもケイです。 話題作リーマン・トリロジーを見てきたので感想を残しておきたい。 3人称の演劇 壮大なドラマと聞いていたので、ドキドキして行ったが、静かで染みるような語りが全編において続く不思議な味わいの劇だった。 元がイタリアのネットドラマということもあるのだろう。 登場人物を演じる3人は、「彼は怒った」「彼は夢を見るようになった」「彼はまた勝負に勝った」と自分が演じる人物たちについて3人称のナレーション形式で物語を進めていく。 テレビドラマだとナレーションで、マンガだとト書きで、小説だと地の文で、演劇だと他の人が、と3人称はもちろん本人以外が説明するから3人称と言われているのだ。 これを本人を演じながら、台詞としては3人称という絶妙な距離感が全編にわたって続いていくので、隙なく編集された再現ドラマを見ているような不思議な感覚だった。 しかもそれがライブで、3人で演じているのだ。 瞬間を切り取った演技 最初にああすごいな、とため息をついたのが、サイモン・ラッセル・ビールが港に降り立ったシーン。 リーマン・ショックのみすぼらしく丸めた背中から、コンマ何秒かはけて戻ってきた冒頭の部分だ。 「彼は港に降り立った」と言いながら、カバンを持っている。 背景の映像が、マンハッタンのビル群から海へと切り替わってはいたが、ほとんどオフィスのセットのままだ。 でも、観客の目には朝もやがかかる港が見えたと思う。 そしてそれ以上に、アメリカに降り立ったヘンリー・リーマンの胸の高まりが、くっきりと見て取れたと思う。 ハヤム・レーマンからヘンリー・リーマンへの変わる瞬間を背の高い港の職員とヘンリー自身の落語形式でさっと演じた後で、「アメリカでは全てが変わる」と説明し、しかしその間も高揚しているヘンリーの様子は伝えたままで・・・ 役者は専門職だし、才に恵まれた技術を極めた人が演じる作品を見られるのは幸せだなぁと今回も思った。 緻密な生きるメディア 緻密な計算と、長尺全編で役者が演じきるのを見て、幕が降りた瞬間にほーと感嘆の気持ちにならざるを得なかった。 「ライブなの?これ?」こんなものを生の舞台で実現しようと企画して、それを作りきるのかと思った。 年末年始にロンドンに行って感じたことだが、イギリスのプロダクションは作り込みが複雑だと思っている(主語がでかい。 出はけや照明・音響・セットの切り替えのタイミング、小道具や役者の動き、そして違和感を無くやってのける役者の技量・・・ 事前のワークショップの膨大な手間暇を感じるし、「舞台」という概念が自分の持っているものとは全然違うのだなということを実感した。 なんというか、板の上で演じられる物語というよりも、緻密な生きるメディアとして捉えている気がする。 繊細に作り込まれた伝統工芸品で、かつ最先端なのだ。 今回も印刷用の紙が入った箱が、階段になり、受付になり、お立ち台になり、、、どうやって組み立てたのだろうかと思う。 サイモン・ラッセル・ビール可愛い 同じ1幕のマイヤー・リーマンが、ポーリーン・ソンドハイムに求婚するシーン。 間に挟まったサイモン・ラッセル・ビールがすごくキュートな表情で2人を見比べていて、誰だろう?(お父さんにしては可愛い・・・)と思っていたら、メイドさんでしたね。 子供役など可愛らしさが前面に出るので、観客も毎回可愛いかよ・・・の笑いが起きていた(主観。 そこから子供フィリップと大人フィリップの演じ分けまで一気に突っ走って可愛いだけじゃないのがなんというか、匠の技。 前回はシェイクスピア劇だったので、今回との対比も面白かった。 背景映像と音響・照明効果 3人芝居、オフィスのみとシンプルな構成の作品なので、効果もシンプルなのかと(勝手に)思っていたが、むしろ効果てんこ盛りなのも印象的だった。 モンゴメリの小さな町では馬車の音や馬のいななきが聞こえ、ニューヨークのひそひそ声や、列車の轟音など、積極的に風景を描く音も多かった。 また、会社が大きくなるのをビルの高さが伝わる背景映像で表現していたり、証券取引の映像がツイストしていく最後のシーンは楽しいのに気持ち悪いのが視覚的にも伝わってきた。 照明についても、使っている部屋だけスポットライトを当てる、背景映像の空気感を延長するように舞台上に表現されていたと思う。 メタファー天丼 チェス・ザ・ミュージカルで、脚本がアレだとどんなに素晴らしい演出でも、モヤモヤするということを学んだ。 リーマン一族を通じて資本主義を描き出す題材自体ももうなんか目の付け所がシャープだね!(突然の企業広告、という感じだが、会社の発展や社会情勢を毎回何かに例えるのが!最高すぎないか! リーマン・ブラザーズの発展をカードゲームに、アメリカ大恐慌前の熱狂を綱渡りに、経済再建をノアの箱船に、サブプライムローンの加熱をツイスト・ダンスに。 当時の出来事でメタファーを匂わせて、そのまま説明に入っていく手法。 しかも天丼。 オタクの好きなやつやー!となった。 個人的にはリーマン・ショックの余波で人生しんどくなってしまった人が周りにたくさんいる世代なので(世界中がそうなのだとは思うが、現代に近づくにつれて配慮されて絶望的な表現や直接的な出来事を挙げることがなかったのも、観ていて胸をなでおろすというか、辛くならない作品でよかったなと思った。 for meなのか? 前評判通りでホクホクしたところと、理系寄りで感情にゴリゴリ訴える作品ではなかったので物足りない部分が同居した感じだった。 あと、歴史や経済の勉強になった。 15年くらい前に観ていたら、生き方が変わったかもしれないくらい、わかりやすかった(リーマンショック起こっていないけど。 とはいえ、演劇の完成形の1つだと思うし、経済の話で実用的なので万人に勧めやすいと思った(布教のチャンスだ! ピアノの話や、壁に描かれたサインたちの話など、語り足りないがこの辺で!.

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壮大な叙事詩

リーマン トリロジー

これじゃ会社勤めの方とか 観るの大変そうです。 やったね学生!(酷い) とか勝手に思っていたら意外と人が多い。 珍しいぐらい座席埋まってます。 流石話題の舞台だけあります。 資本主義とか金融資本主義とかその辺の知識は 高校の世界史の記憶に頼りました。 ありがとう。 は付け焼き刃。 頑張った。 そしてお目当ては サイモン・ル・ビールさんです。 『』やられた時なんか "Tubby, or not tubby, fat is the question. " なんて弄られてましたが (海外のこういうノリ嫌いじゃない) そんなこと関係ないぐらい凄い俳優さんですね。 昨日も書いたんですが NTLiveの『リチャード二世』が凄すぎて 一瞬で名前覚えました。 あと顔。 いつも、もっと覚えるの時間かかるんですが (日本人の俳優さんでも、かなりかかる) あまりに衝撃受けると、すぐ覚えるもんですね。 いやあ凄かった。 あと『1917』観ようと思ってたので 演出もわくわくで観る前から期待MAXでした。 そしてそして期待は裏切られませんでした! アダム・ゴドリーさんとベン・マイルズさん ですね!はい!覚えました!最高! というわけで早速感想と記録いこうと思います。 パンフレットはまだ見てません。 パンフレット読むと感想がすり変わるので...。 あ、結局買いました、誘惑に負けて。 話のざっくりした流れとしては の150年を 3人だけでやっちゃうっていう とんでもないやつですね。 経済の話なので こうやって少ない人数で 次々と立場を入れ替えて演じられると 近代や現代の、互換可能な人間、 労働者とか兵士とかそういうの想像しちゃいます。 (軍隊も、とっても大事な"市場"です) 「歴史を形にするのには時間がかかるが、舞台ならそれが出来る」 って幕間のインタビューでさんが 語ってましたが、まさにそれって感じです。 もともとラジオドラマだったみたいです。 それも9時間近いやつ。 そんなわけで三人称で語られることが多いです。 多分ほぼ全部三人称です。 ジャンルとしてはにあたります。 起こった出来事とかを羅列していく詩ですね。 なんかでよく見られます。 が得意だったあれです。 そのを、3人で分担して 読んでいる感じでした。 一応どのセリフを誰が言うかは 決まっているんだろうけど 誰が言ってもいいような不思議な雰囲気でした。 ちょっとコロスみたいになったり 主体客体がごちゃごちゃになったり かと思うと確立した個人として話し出したり そんな感じです。 詩だからリフレインも結構あるんですが それによってわかりにくくなると言うより むしろ、きちんとそのリフレインが論理的に しかも話の流れの中でスムーズに出てくるので 笑いを引き起こしたりなんかしてました。 もしくは酷くマイナスの感情。 感情に関して、なので ほとんど語ってはいないんですが それでも絶望とか落胆とか どうしようも無い虚しさが伝わってくるので これまた不思議な感じです。 今の詩はほとんど抒情詩ばっかりなので 逆に新しい!って思っちゃいました。 三人称な上に事実の羅列なので 話の内容は無機質に進行するんですが そこに出てくる人は逆に生々しく 生きている人として立ち上がってくる。 演出、音楽、俳優、脚本全部が 超一流レベルで噛み合わないと 多分絶対無理です。 ぞっとします。 舞台、4時間弱で良かったです。 こんな凄い舞台9時間は... 精神的にも肉体的にも死んじゃいますね。 まあ私の精神及び身体がバッキバキになったのは どうでもいいですね。 若いので大丈夫です!多分。 身体といえば、この3人の俳優陣 結構バリエーション豊かな身体してます。 ちょっと、いやかなり失礼ですが 割と普通の体型と小太りチビとヒョロのっぽ って感じですかね(すみません)。 でもこのバラエティに富んでる感じ たった3人だけで、数え切れないぐらい 様々な人物を演じ分けるこの舞台だと とっても面白く機能してました。 勿論、全員信じられないくらい演技が上手くて というかもう上手いという次元を超えてて 男になったり女になったり 子供になったり突然老いたり 奇跡でも見てるんじゃあないかと思いました。 そういうのとも相まって 身体的な差異も相乗効果みたいに機能してました。 何よりすごすぎていっそ怖かったのは 黒のスリーピースのスーツを着たおじさん というビジュアルは一切変わらないのに たとえば真っ白いドレスを着た とってもチャーミングな女性とか 頭の良さそうな小学生ぐらいの男の子とか 役人然としたお偉いさん、 ちょっと体格良さげなタフなおばさんとか そういうのがダブってみえた事です。 絵に書けそうなぐらい想像できて エッチョットマッテナニコレ? ってパニックですよ。 すんごい。 言葉で説明しているだけ そしてそれに合わせて動いているだけ たったそれだけの事なのに全く違う人物にみえる、 だけじゃなくて 周りのものまで変えてしまうのは ほんとに衝撃でした。 服はもちろん、椅子が人の死に顔に見えたり ボール箱がカバンにも超高層タワーにも それこそ何にでも簡単に変化するので 鳥肌ものでした。 見立て芝居の真骨頂ってこういうことですね。 見立て芝居なのでセットも超シンプルです。 無駄なものはひとつも無いですね。 それで超洗練されて考え尽くされています。 こんな感じのガラスの箱です。 見ただけでわかるとは思うんですが 多分基本的なイメージは NYの超大企業の高層ビルの一室です。 The こんな感じのガラス張りの印象があります。 そしてとにかくこのセットが凄い。 一幕(PART ONE THREE BROTHERS)の最初に 長兄ヘンリー・リーマン(サイモン)が NYの波止場に降り立つんですが その時、時計回りにセットが回転します。 そうすると、後ろのスクリーンに映し出された 街の風景とか、あるいは照明の光とか そういうのが全部ガラスに反射して NYの夜景とか、あるいはモノクロの写真が 活動写真みたいに動いているように見えて すっごく綺麗な上にリアルでした。 あと、時計回りっていうのもミソです。 物事が上手く進んだり、前進する時は セットは時計回りに進みます。 反対に、悩んだりして停滞したり 伝統とか宗教慣習とかに足止めを食らうような そんな場面だと反時計回りに回ります。 まあ、伝統だとかが良い悪いとかは ひとまず置いておいて だから真ん中に時計が軸としてあるんですね。 セリフの中に "Everything changes in America. " (カでは全てが変化する) とか、繰り返して出てくるのだと "Everything has changed. " (全ては変化したのだ) とかあったんですが 要は時代の流れに合わせて 1歩進んだり2歩下がったりしながらとか まあ進みのスピードは様々加速減速はしたけど 全ては時間、しかも時計の流れを主軸に 世界は変化しているってことです。 って人の 『時間の歴史』っていう本だったと思うんですが そのなかでマンフォードの『技術と文明』 を引用してるんです。 それによると、(金融資本主義の手前の 産業家中心の経済を引き起こす きっかけになった) "の実現の鍵は、と言うより むしろ時計によって 時間を機械化し均一化したことで達成された" そうなんです。 まあたしかに好き勝手な時間働いていたら 工場なんか成り立ちませんよね。 そしてこれはにいたる、 つまりから 銀行中心の金融資本主義にいたり そしてその金融資本主義が動揺する そこまでの歴史を描き出した劇なので 起点に時計が据えられているのは とても象徴的です。 その起点から、セットが回転 つまり時間が進むことによって 世界は急激に変化していく。 たとえば一幕のピアノの曲で とかとか そういった短い音符が等間隔に配置されたような デジタルな印象 それこそパソコンで作ったような曲が あったんです。 (ちょっと曖昧ですが) 2次元的な曲とでも言いますか。 これはたぶん、あと何十年か後に 実際には"nothing there"(そこにはなにもない) のにも関わらず ちょいちょいっと指先だけで マウスを動かしたりする それだけのことで経済なんかが動いてしまう そんなどデカい変化が もうすぐ起こることを予感させてるんだと 思います。 そうして、その変化についていけないものも 当然出てきます。 端的に言うと老いたんです。 マイヤーも若い頃は、言葉巧みに "Trust me! "ってお義父さんを説得して 結婚にこぎ着けたり、 いち早く時代の流れにのって 後のの復興を 仲介業者という伝統的ではない手法で やり遂げたりして見せました。 (ここでもにっこり笑って"trust"ですね。 確か) まあ、といってもマイヤーはもともと "周りのものが勝手に動いていく"NYより 最初に移住した南部のの方が 好きだったみたいですが。 セットが回転するからさらに この時代の流れを微笑んで静観するしかない マイヤーの悲壮感が倍増します。 そして老いた兄弟は いつの間にか会社からそっと消えていました。 マイヤーの葬式は 長兄ヘンリーの時とほとんど同じような セリフのリフレインになってるんですが 喪に服す時間が圧倒的に短く 会社を閉める時間が圧倒的に短く 伝統とかをあまり重んじなくなってきたのが 具体的な日数(3日、とか)を きちんと明言して表されています。 (売上額とか、の死者の数とか 具体的な数字として明言するのが この劇の特徴です。 まるで帳簿でも読み上げるみたいに 死者の数を言ったりするのは ニュース的でもあり、怖くもありました。 前近代から近代現代への大きな変化としては 人々の生活全てに数字が深く組み込まれた ってことが言えるかもしれないです。 ) それによる寂しさとかは 感情としては述べられないのですが このリフレインと具体数字だけで 十分に、むしろいっそう無機質な虚しさを伴って 伝わってきます。 老いたものも伝統も宗教も全て時代遅れとして 反時計回りに回った、時代を逆行したものとして 時計回りに回転するセットに置いていかれます。 もちろんそれのお陰で 男女平等とか社会格差の是正とかもされたので 一概に悪いとは言えないのですが。 (そういうところがマイヤーの息子 ハーバード・リーマン(ベン)が 知事に至るまでのところで 描写されています。 抜かりない) じゃあ一体どんな時代なったかというと "A temple of words"(言葉の神殿)の時代です。 ここで、神殿となったのは 本部を移したNYのことです。 つまり、実際のものではなく 石炭とか綿花とかコーヒーとかが、言葉として 取引される時代です。 仲介業者が一般的になったってことで、 いいんですかね... 多分(経済弱いの辛いです)。 それがさらに加速すると ついに"We use money to make money" いよいよ金融資本主義の登場です。 ここはフィリップ(サイモン)、 次男エマニュエル・リーマン(ベン)の息子 の時代です。 とにかく口が回る回る。 とんでもない早口です。 演じるのはサイモンさんですね。 この劇は様々な人物をそれぞれが演じ分けるので 俳優さん達の芸を観る楽しみもあります。 さあ、次はどんな引き出しでくるのかな? って感じです。 今回観る限り、3人とも無限にありそうで怖い。 話、もどします。 このフィリップが成功して どんどん会社を成長させていくのを これまた見立てで演出してました。 シャッフルされたカードの中から 勝ち札を選んでいくゲームで。 軽快なピアノ音楽の中 なんの迷いもなく指先だけで成功していく フィリップの姿は 資本主義がぐんぐん成長していた どんどん頂上まで上り詰めようとしていた そんな時代の縮図のようでした。 (そういえばこのセットはワンフロアだけですが なぜかセリフの中にはtop, downの 縦ベクトルの描写が多い。 なんとなく株価のグラフを思い出します) そして、お金でお金を稼ぐ... 投資って もともとギャンブルじゃないですか、多分。 もう、3人が並んで暗転するだけで 何が起きたか分かりますね。 なんなんだよこの存在感凄すぎたろ(キレる)。 あと演出、脚本が神がかりすぎる。 音楽もやばいです。 マジ神です。 そして3幕(PART THREE THE IMMORTAL)です。 頑張って書いてるけど この舞台の素晴らしさの半分も 書けてない気がします。 "素晴らしいパフォーマンスの前では 言葉は沈黙するしかない"って言った人 誰でしたっけ...。 そんな感じです。 とりあえず頑張りきってみます。 3幕は、Black Thursdayの混乱からですね。 これも直接ではなくて ラジオを聞こうとしている大人たちの 周りの子供に託して表現されています。 子供がうるさすぎて ラジオが聞こえないんですよね。 ラジオで時代を、子供たちの喧騒でパニックを 見立てて表現してました。 とことん見立て表現するのにこだわってます。 また拳銃自殺者の名前が 個人個人順番に挙げられるのが ニュースじみてて妙にリアルでした。 これはさっきと一緒ですね。 秀逸だったのは その自殺者の銃声が、競馬のスタートの合図に そのままスライドすること。 パニックがおきたから、人が死んだから だからシステムがなくなる、 資本主義の競走がなくなるかというと そうではない。 新しい競走への準備が始まっただけなんです。 そのまえには地ならしをしないといけない。 地面が凸凹だと馬は走れません。 だから「ノアの洪水」みたいな 全てを一旦フラットにするが ある意味では必要だったとも 今から見るといえるかもしれないです。 そしてどんな競走が始まったかと言うと コンピュータを使って トレーダーがやるような競走ですね。 ここに金融資本主義が完成したような そんな印象をうけます。 完成させたのは ボビー・リーマン(アダム)ですね。 フィリップの息子です。 このトレーダーの仕事も 多分私みたいに経済弱い人にも 視覚的にわかりやすくするための効果も 考慮にいれて 見立てて演出されてました。 ちょうどツイストダンスが流行ってた 1960-70年代のころだったからなのか ダンスとして表現されてました。 世界中と画面上で踊ることがトレーダーの仕事 として見立てて表現されてました。 そしてそのダンスをしながら なんなら死んだことにさえ気が付かず 墓の中に入ってさえ そのダンスをしているボビーが 場面が変わるまではダンスをやめなかったのが ショッキングでした。 ぱったり糸が切れたみたいに、机の上にある (いやないんですけど) あるように見える墓の中で息絶えたのが 本当にグロテスクでした。 だって彼はもう死んでいるのに踊っていたから。 多分彼は、最後のリーマン一族として リーマンは死んでしまったけど 永遠に残るシステムを作り出したという意味で 死んで墓に入ってからも 踊っていたんだと思います。 つねに他のリーマン達の栄光に怯えて コンプレックスを抱えていたことを考えると (私達はそれが2008年に とんでもないことを 引き起こすことを知っているから) 良かったね、ともダメだったねとも なんとも言えない気持ちになります。 ちなみにさっき「ノアの洪水」 まあ「」でもいいんですが ほかにも結構神話的だったり まんま神話からとってきたような エピソードなり表現なりが散りばめられてました。 全部はちょっと覚えてないんですが たとえば、ヘンリー、マイヤー、ボビーが 悪夢を見ていたこと。 もっと正確に言うなら、その悪夢を 一種行動原理として無意識にしろ利用していた ことです。 まあ単純に言うと、夢のとおりに行動した っていうことです。 これはとてもなことですね。 現代だと、いき過ぎると精神病だ、と 診断されてしまいそうです。 またボビーがみた悪夢はまんま神話ですね。 後に新しい競走時代に入り ボビーは世界中と協力しなきゃいけなかった。 でもそこには言語の壁があったんです。 ですね。 彼は、悪夢の中で労働者達のカバン(ボール箱) を積み上げた塔の上にいるようなんです。 でも塔は崩壊してしまう。 そこで目が覚める。 そして現実では、若者が2人やってくる。 コンピュータのアイディアを携えた若者です。 コンピュータ、つまり0とか1とか電子の記号で ありとあらゆる言語の人と コミュニケーションがとることを可能にする 世界共通言語を魔法のように作り出す それこそ夢の機械です。 それがボビーが作り出したシステムにつながる... そんな感じでした。 ここまで神話と経済を見事に繋がれると ため息しかでません。 感動です。 まあそもそも形式なうえに 圏あるいは圏の話なので 日本に比べれば神様要素多めでも 特に違和感はないんです。 でも多分、経済の話だったからこそ ここまで的で悪夢的で神話要素多めで つくられたんだと思います。 なぜかと言うと、経済そのものが 神話的である... 宗教的であるっで言ったほうが 私には分かりがいいんですが とにかくそう思うからです。 劇中に何回も"trust"って単語が 出てくるんですが Moneyってそもそもこの"trust"に基づくものです。 つまり信頼を失うと一気に消えうせる。 信仰ありきで存在する神と似ています。 また"Money is ghost. "なんて劇中で ベン・マイルズさんが言っちゃってます。 (どの役でだったかは忘れちゃいました無念) またMarketingとは消費者に "If you buy, you will win. " (買えば、勝てる) ことを信じさせることだと述べられています。 従って投資、金融経済の中では 自分たちのbelievers(信者)を増やせば それだけ儲けられるっていう論理です。 こうなってくると金融経済とか投資自体が 一緒大きな宗教団体だと見ることも可能ですね。 団体に名前をつけるとしたら "Dreaming of America" (まあカン・ドリームでもいいですが) そういうものだったのかもしれないです。 リーマン兄弟が ドイツのから来た一族たちが 作り上げていったtrust... 信仰は結果として 資本主義、とくに金融資本主義という ひとつの神話を作り上げたんだと そう考えてもいいのかなと思います。 そして2008年9月15日に その神話は動揺したのです。 なんで"崩壊"という言葉を使わないかというと 未だに彼らの神話が作り上げたシステムは 普通に機能しているからです。 (あれ、してますよね... 株とかあるよね... ?) 彼らがガラスの壁に書いた 色々の名前とか"LEHMAN BROS"とかの""は 完全には消えないまま 彼ら以外の人でいっぱいになった ガラス張りのオフィスにそのまま残っています。 劇の最初と最後に現れた この彼ら(3人)以外の つまり2008年9月15日以降の人々だと思われる この人々は一体誰なんでしょうか...。 の 倒産後の後片付けをしているんでしょうか。 それとも 彼らの神話をもう一度なぞろうとしている そういう人々なんでしょうか。 時計回りに回ったセットの 後ろに居て、人影に隠れて... 時代が進んでしまったので もうリーマン兄弟は見えません。 だから尋ねることも出来ません。 これから、経済ってどうなって行くんでしょうね。 私、経済はあんまり詳しくなかったんですが この劇を観てちょっと詳しくなったし これからについてもちょっと不安になりました。 また、2008年が 繰り返されたりするんでしょうか。 分かんないですね...。 それにしても "3人芝居とはこうあるべき!" っていうお手本をひとつ提示された気がします。 全部最高でした。 惚れます。 あと演劇における音楽の重要性 わかってなかった訳では無いんですが 今回は頭ガツーンってやられた感じがします。 ピアノ1台というシンプルな生演奏のなか 俳優さんが、英語というシラブルのある言語で 的なセリフを喋ると 所々、音とセリフがあっているように まるで歌っているように 聞こえたりする瞬間がありました。 別にほんとに歌っているわけではないんですが。 ただ、言葉の意味が 言葉の音とピアノの音との相互反響で 意味が二重にも三重にも増幅されているように 感じられて、耳が面白かったです。 新感覚!すごい! 話自体はすんなり入ってくるのに 笑えるし、でも頭は使うし 新しいしでもう満足すぎるぐらい満足です。 映画館なのでしなかったけど 心の中で!... 3月からブロードウェイでやられるんですよね... 良いなあ... 生でみたい... (無理) まずは英語ですね。 頑張ろう。 今回結構音としては聞きとれたので いつか字幕なしていけるように... ! それか来日して欲しい(本音) ぐたぐたながーく書いてきましたが 結局3割も素晴らしさが書けてない気がします。 これは絶対観た方がいいです... 明日明後日はいけないけど いつかアンコール上映してほしいですね。 (出来れば私が学生のうちに... ) というわけで頑張って感想絞り出したので パンフレット読みたいと思います! 小田島創志先生ですね! 『タージマハルの衛兵』最高です! 翻訳してくだらさなかったら 絶対知らなかったので で感謝感激です。 そういえばこれ帰省前の最後の舞台ですね...。 今年度も色々お世話になりました...。 帰ったら過去ログみたいに前観たやつの感想を あげるかもしれないです。 というかまだ『少女仮面』書いてなかった...。 とりあえずそれの感想頑張ります...。

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リーマン トリロジー

NTライブというのは、英国ナショナル・シアターが厳選した舞台の映像を収録し、各国の映画館で上映するプロジェクトです。 なので、今作もすでに上演された芝居なのですが、本公演見た方々の、「これは面白いぞ!」という感想見て、気になったので、公開初日に行ってきました。 もうね~~めちゃめちゃおもしろかったです。 3000円で見られるので、上映館が近くにあって お時間ある方はぜひ見てほしい。 土日終わってから記事をあげるなという話ですが…笑。 上映館と上映スケジュールはこちら。 三人称の語りがベースで、そこに芝居が差し込まれる形なので、最初は朗読劇でも見てるようで、不思議な芝居だな~と思ったんですが、常に客観的なところから見渡してる感じが、壮大なという印象で、リーマン一家の歴史はカの歴史と絡むこともあり、人の営む歴史のダイナミズムを感じさせるようで、途中から、「人が営む歴史」に対して、エモさを感じて、じんわりとこみ上げてくる気持ちに涙ぐみながら見ていました。 出てくる登場人物がみんなキャラが立っていて、そのくせ憎めない感じなのがまたいいんですよね…。 俳優陣の演技のうまさももちろんなんですが、シーンの抽出の仕方もうまいんだろうな。 150年を3時間半で描くということから、一人称での というのも変な言い方ですが 芝居シーンは細切れに挿入されるにも関わらず、みんなすごく人間くさい。 公平さを重んじるハーバートくんが子供時代に宗教の時間に神の行動について難癖つけてるシーンが好きw 最終的にはで終わることになるので、最後は「終焉」とでもいうような形で終わるのですが、栄枯盛衰という感じで、そこに至ってしまう流れが見ていてどこか哀しくて、なんともいえない気持ちになりました。 かといってリーマン万歳みたいな話でもなく、を始めるあたりからは物ではなく金を動かし、それによってお金を得ることに対して、リーマン一家内でも意見が割れたりして、お金でお金を生むことに対する批判的な目線もあります。 出演する俳優は3人だけで、すべての登場人物を演じ分けるのですが、すごいのが、男性・女性・子供ふくめて、それぞれちゃんと別の人物に見えること。 複数の女性を続けざまに演じるシーンがあるんですが、トータル7人かな?ぐらいやってて、全部台詞回しから仕草から違ってて、ちゃんと別人で、圧巻でした。 それから舞台装置と音楽も素晴らしかった。 透明の四角い箱の中にオフィスっぽい小道具大道具が配置されているところから始まるのだけど、映像とあわせて、使い方が斬新で面白い。 「そう使いますか!」という感じ。 公式にも画像上がってたけど、見に行く方はぜひ作中で確認してほしいなと思います。 音楽は2回目の休憩の最後に解説があるんですが、ピアノの生演奏で、役者さんの動きに合わせたりもしてるそうで、邪魔せず寄り添いつつ、エモさを盛り上げてくれる感じで音楽もとてもよかった…。 もう一度観に行くつもりなので、詳細な感想をその後でできたらあげたいな。 hirokuhukaku.

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