宵かがり 意味。 井上陽水の少年時代

【PUFFYの名曲・アジアの純真の歌詞の意味とは】奥田民生・井上陽水が作詞作曲を担当

宵かがり 意味

井上陽水「少年時代」の歌詞の意味がわからない。 井上陽水さんの代表曲である「少年時代」とは 1990年9月に発売され、オリコンの週間シングルチャート で、最高4位までなった名曲ですが、歌詞の意味が分かり にくくて感情移入が出来ないという方はいらっしゃいま せんか? ちょっと、というかとても難解な言葉の組み合わせですからね。 意味が分からない!くわしく知りたい!と、ついつい調べたくなっちゃいますよね。 スポンサーリンク 井上陽水「歌詞には響きのよさで作った言葉を散りばめている。 意味なんてないんだよ。 」 「少年時代」には井上陽水さんの造語がちらほらと見受けられます。 例えば、「風あざみ」「夏模様」「宵かがり」「夢花火」などがあります。 井上陽水さんの正式なコメントでは、これら造語には意 味なんてない。 と断言しておりまして、ファンをモヤモヤさせています。 きっと、井上陽水さんは、歌詞の意味の答えは一人一人 違っていいんだよ。 人生と同じだよ。 と言っているかのようです。 しっかりと意味を噛み締めて欲しいのではなく、「少年 時代」のイメージを伝えたいのだと思うのです。 そんな「少年時代」ですが僕独自の見方で意味を紐解いてみたいと思います。 僕から見た「少年時代」の意味 そもそもこの「少年時代」とは隣り合った言葉同士の関連を調べるというよりも、言葉 の単語そのものの集合体を、「意味」としてとらえるべきだと思うのです。 つまり、「少年時代」は5章節に別れていますので、5つ の意味で作れてた楽曲であるとイメージしております。 1章節目の「夏が過ぎ 風あざみ」とありますが、いきなり難解な歌詞です。 「風あざみ」とは存在しない言葉ですので、井上陽水さんの造語です。 きっと植物のあざみを元に作り上げた言葉かと思います が、あざみは春から初夏まで咲く花です。 「あざみが咲いていた頃の風を感じて、夏の終わりを感じた」という意味と考えられます。 2章節目の前半が難しくて答えを出せずにいますが、ネガティブな表現をされています。 最後の「夢はつまり 想い出のあとさき」とありますの で、「夢とはいろんな思い出にくっついているものだ」 と言いたいのだと思います。 3章節目は比較的イメージしやすく、「夏とは花火の様 に美しく儚い。 私の心はまだ、その夏を忘れられないでいる」といったニュアンスだと思います。 4章節目前半に「夢」がまた登場し、「夢=思い出」に 直して考えてみると、「思い出の陰が夜に伸びて、星屑 の空に吸い込まれていく」様子を映像化した表現になり ます。 4章節目の最後に「夢はつまり 想い出のあとさ き」と再びが出てきますので、「夢とは思い出の の中にある」と言いたいのだと思います。 5章節目は1章節目とほぼ同じで、新しい言葉が出て来 ない事から、意味もほぼ同じと考えられます。 さて、1章節から5章節の意味を総合的に見てみると、 「ふと夏の終わりを感じ、寂しさを感じた。 夏とは儚いもので、子供の 頃に描いた夢について思い出す。 そんな時代が遠い星屑 のようにキラキラ光って見える。 私はあの頃の夏の物語 を思い出している。 」といった感じでしょうか。 つまり、大人となった私が、忘れていた子供の頃の自分 を思い出して懐かしんでいるいる姿を歌った楽曲である と思うのです。 子供の頃を懐かしんで悲観的になってい る様子なのか、子供の頃に描いていた夢を思い出し、勇 気をもらっている様子なのかは、感じ方次第なのかな。 と思います。 ちなみに僕は仕事で疲れたサラリーマンが夏の終わりの 星空を見上げて、子供時代の楽しかった頃を思い出して いる様子を思い浮かべました。 子供の頃を思い出すにつ れて、あの時一生懸命に夢を追いかけてた事を思い出し、 「よーし、もう一度、あの頃みたいに楽しく全力で頑張って みてよう!」と、子供の頃の自分に勇気をもらって いる物語として僕の頭の中で映像化されています。 みなさんはいかがですか? イメージする人物が聞いている側の「私」なのか、歌っ ている井上陽水さんの自身の事を表現しいるのか。 など 、考えさせられる事はいっぱいあります。 それだけ「少年時代」とは奥が深く、すばらしい楽曲であると思います。

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【コラム】誰もが認める音楽業界の天才は「井上陽水」ただ一人

宵かがり 意味

1.「宵かがり」 「宵」は、日が暮れてから間もない頃、1~2時間くらいの間のこと。 通常、少年には許されない時間帯ですが、夏は、ほたる狩り、花火、夏祭り、盆などの夜のイベントが多いため、夜の思い出が多く残ります。 また、少年時代の夏の思い出とは「夏休み」の思い出に等しいといえます。 「かがり」は「篝」です。 この詩のように通常は鉄製のかごに薪(まき)などを入れてたく火のことをいいます。 上からつったり、足をつけて顔の高さくらいまで高くしてあります。 警備、照明、漁のために使われたものです。 現在では伝統的な催しや商業的な装飾などでしか見かけません。 また、俳句では「能篝(のうかがり)」は夏の季語とされています。 篝の灯かりの中で上演される能のことです。 (どことなくですが、唐詩選にある「江風漁火対愁眠」に感じが似ている気がします。 季節は逆ですけど…) 日本人の多くの成年男子にとって、少年時代の夏は特別なものだといいます。 夏の闇の中で、ユラユラと燃えるかがり火のような感傷に、きっと心がゆさぶられることでしょう。 2.長い冬が 窓を閉じて 呼びかけたままで 夢はつまり 思い出のあとさき 正直いってさっぱりわかりません。 「閉じて」と「呼びかけて」の主語は「長い冬」で、それなりに意味はわかるものですが、この句と後の「夢はつまり~」とのつながりが見えません。 この詩は意味より叙情の詩だと思われます。 日本の叙情詩は、時折、雰囲気優先です。 3.恋とはいえないと思います。 しかし恋かもしれません。 私は少年時代の夏全般に対する「淡い感傷」だと思います。 1970年くらいの設定のものです。 井上陽水の少年時代より少しあとですが、雰囲気は共通していると思います。 参考URL: 1.「風あざみ」が陽水さんのつくった造語だという事は有名です。 そんな日本語はないのです。 日本人の想像力をかき立てる韻を踏んでいるのだと思います。 「宵かがり」も同じく造語らしいです。 陽水さんご本人に聞いても「意味などないよ」と答えるでしょう。 2.これも明確な意味があるとは思えません。 聞いた人それぞれのイメージをかき立てる手法です。 陽水さん独特の手法ですね。 つまり聞いた人が勝手に解釈していいのです。 正解はないのです。 3.これは映画「少年時代」のためにつくられた曲です。 どんな解釈をしても間違いではありませんが、恋というよりは友情を扱う意向が強いかも知れません。 日本人でも難しい題材です。 日本語の意味を学ぶのでなく日本人の感性を学ぶ曲だと思います。 A ベストアンサー 1 「ず」と「づ」は歴史的には発音が違っていましたが、現代では発音上の区別がありません。 したがって、『現代仮名遣い』 昭和61年7月1日 内閣告示第1号 では、いくつかの例外を除いて、「づ」を用いないように定めています。 ご質問のお答えは、「ずつ」が正解です。 2 「分かる」「解る」「判る」は、それぞれ意味が少し違います。 【解る】理解する。 ことの筋道がはっきりする。 【判る】判明する。 明らかになる。 【分かる】上二つの意味を併せたいい方。 『常用漢字音訓表』 昭和56年10月1日内閣告示 に、「分かる」はあるのですが、「解る」と「判る」は載っていません。 「解」も「判」も常用漢字表には含まれていますが、「わかる」という読み方が載っていないのです。 新聞やテレビなどのマスコミが「分かる」を優先的に使う理由はそこにあります。 質問者さんが公務員で、公文書を作成されるなら、「分かる」に統一する必要があります。 民間の文書や私信なら、「分かる」「解る」「判る」を使い分けて、日本語の奥ゆかしさを味わいたいものです。 Q 「ハナミズキ」 一青窈 の歌詞の意味・背景を教えて下さい。 映画「ハナミズキ」を見てきました。 もともと「ハナミズキ」好きでいい歌だなぁと思っていました。 恋人同士の歌だと思っていました。 映画を見てまた聞きたくなって聞いていたら、何だか恋人同士の歌ではないよな?なんて思ってきて…。 「君と好きな人が百年続きますように」というところだけを見れば「いつまでも2人幸せに」なんて歌に聞こえますけど、それ以外の歌詞を見ると、「果てない夢がちゃんと終わりますように」…夢が終わる??叶いますように、ではなくて? と、疑問がいっぱいあります。 なので色々調べて見ました。 そうしたら、この歌は9. 11を受けて作られたそう。 そして平和を願う歌。 平和の象徴がハナミズキなんですね。 一青さんの友人が9. 11で亡くなっていて、その亡くなった友人に子供がいて、そのことを歌っているとか、色々なことがわかりました。 歌から映画ができたはずなのに、映画は恋愛ものだったよな、と思ったことはおいといて。。。 平和を願う歌だとすると、だいぶ歌詞の意味がわかったのですが、やっぱりわからないところがあります。 映画「ハナミズキ」を見てきました。 もともと「ハナミズキ」好きでいい歌だなぁと思っていました。 恋人同士の歌だと思っていました。 映画を見てまた聞きたくなって聞いていたら、何だか恋人同士の歌ではないよな?なんて思ってきて…。 「君と好きな人が百年続きますように」というところだけを見れば「いつまでも2人幸せに」なんて歌に聞こえますけど、それ以外の歌詞を見ると、「果てない夢がちゃんと終わりますように」…夢が終わる??叶います... A ベストアンサー 本人に聞かなければ、本当のところは分かりませんが、、、、 ここに、様々な意見があります。 多分、参考になりそうです。 yomiuri. htm 水際は「生と死の境目を意味している」と思います。 蛇足ながら、、、 日本からアメリカへ送った「桜」の苗木のお返しとして、 アメリカから「ハナミズキ」が送られました。 アメリカは、なぜ?「ハナミズキ」を、選んで日本へ送ったのか? ハナミズキの英名は「American dogwood」、 犬が、体調を壊した際に、ハナミズキの葉を飲ませると調子を取り戻す木です。 そして、日本など「犬」扱いで十分だ、と言う意味が隠されている。 当時の米国人がアジアの小国日本を、本音では、どう思っていたのかが分かったりします。 一青窈さんは若い方なので、ご存じなかったと思いますが、、、、.

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篝火(かがりび)とは

宵かがり 意味

大人から子どもまで何となくなじみがある風あざみの本当の意味について、まずは原典からあたっていきましょう。 「少年時代」はそもそも映画の挿入歌でしたが、すぐに大ヒットし、現在でも学校の音楽の教科書に採用されたりと、幅広い年代に親しまれています。 メロディが幻想的なのでついつい素通りしてしまいますが、よく考えてみると「夏が過ぎれば風あざみ」とは意味がわからない歌詞で、ヒットしている当時からその不思議さが話題になっていました。 陽水自身も風あざみが造語だと認める 風あざみは井上陽水のヒットソング「少年時代」に出てくる歌詞ですが、作者である陽水氏自身も風あざみがたんなる造語であることを認めています。 最初から造語を使いたかったというわけではなく、風あざみという言葉が辞書に載っているだろうと思い込んで歌詞に取り入れたところ、辞書には載っておらず、結果的に造語になってしまったということのようです。 鬼あざみという言葉はすでに広辞苑に載っているため、風あざみの意味も当然載っているだろうと陽水氏としては考えたようです。 鬼あざみとは植物の一種で、あざみの仲間に分類されています。 鬼の爪のようにするどいトゲを葉にもつことからこの名前がついたと言われています。 ちなみに、あざみは春先の季語とされていますが、鬼あざみは秋口にかけて使われる季語としてふさわしいと考えられています。 風あざみの意味とは? 風あざみが井上陽水氏独自の造語であることはわかりましたが、では、風あざみの意味とは何なのでしょうか。 造語ですからきちんとした意味があるわけではなく、「夏の終わり、風が少しずつ秋の気配を帯びていく雰囲気」を間接的に表した造語であるとファンの間では解釈されています。 風あざみの他にもある歌詞の造語と意味とは.

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