シブがき隊。 シブがき隊、少年隊、そして光GENJIブーム

シブがき隊

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タレントの薬丸裕英(52)が19日、フジテレビ系「直撃!シンソウ坂上」に出演し、「シブがき隊」解散の真相を明かした。 薬丸、布川敏和、本木雅弘によるアイドルグループ「シブがき隊」は1982年にデビューすると。 その年の日本レコード大賞で最優秀新人賞に輝き、NHK紅白歌合戦にも出場した。 男性アイドルグループとして絶大な人気を誇ったが、88年11月2日に解散した。 明確な理由が語られることはなく、わずか6年半での解散。 MC・坂上忍(50)から理由を聞かれた薬丸は 「そもそも仲が悪かった」「あの2人(布川と本木)は仲が良くて、いびつなトライアングルだった」と内情を暴露し 「解散の原因はチェッカーズと吉川晃司」と話した。 人気とファンを持っていかれたにもかかわらず「 誰とでも仲良くなれる2人は、ライバルと仲良くしていた。 それが信じられなかった」とメンバーに不信感を持ったという。 それでも薬丸は「 俺は最後まで(解散せずに)ザ・ドリフターズみたいに、それぞれが仕事をしていても特番とかでシブがき隊として集まれればいいやと思っていた」と解散に否定的な立場だったと説明。 ただ「 ある1人の人が『どうしても、そっちの方向に進みたいみたいな』と言って…」と、違う方向を目指すメンバーがいたとポツリ。 これに坂上が 「モックンでしょ?」と突っこむと「そうです」と即答した。

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「シブがき隊」の歌詞・動画・ニュース一覧|歌詞検索サイト【UtaTen】

シブがき隊

(写真提供:JP News) 8日放送『TOKIOカケル』(フジテレビ系)に、元のが登場。 ジャニーズ事務所退所後も交友のある後輩ジャニーズとの関係性を明かし、ファンを驚かせている。 シングル・アルバムを累計41枚リリースするなど大活躍したもののわずか6年半で解散、薬丸はその後ジャニーズ事務所を退所した。 しかし退所後もジャニーズとの関係は良好。 仲の良いジャニーズタレント・後輩について語っていく。 仲の良い筆頭は年下の先輩にあたる・。 そこからNEWS・、V6・井ノ原快彦と坂本昌行、風間俊介、A. C-ZやジャニーズWESTの名を挙げていった薬丸にTOKIOは「我々より付き合いある」と驚きを隠せなかった。 しかし「相談したい」と声をかけてきたはずが「それから1度も連絡がない」と二宮に怒りを滲ませる。 さらにここから溜まっていた二宮への不満が溢れていく。 ある日、予約がなかなか取れない飲食店が2ヶ月後に予約できたため二宮を誘うも「まったく返信がない」のて、忙しいのかと思いほかを誘い当日を迎えた。 すると二宮から「今日行けます」と突然の連絡が。 さすがに薬丸が「もう無理だわ」と返すと、「さーせん、また次回お願いしゃーす」と大先輩に対して軽く謝罪してきたと苦笑いを浮かべた。 TOKIO・松岡昌宏は「あいつっぽい、そういうところある」と賛同。 国分太一も「『俺今ヒマです』とか突然来るタイプ」だと共感した。 「ニノちゃんあるある満載だし、アイツそーいうとこありますよね〜って笑顔になる先輩たちにほっこり」「薬丸さんもいじっていい後輩って認識なんだろうな」「相葉くんのお話とか もっともっと聞きたかったな」「懐にしっかり収まってるニノのご様子もさることながら、薬丸くんと後輩たちとの繋がりの話が良かった」とさまざまな感想が寄せられていた。 退所した薬丸の口から語られた後輩との関係性。 ファンにとっても貴重なエピソードだったのは間違いなさそうだ。

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松田聖子やシブがき隊も――昭和のトップアイドルたちが中野に連日集結していた涙ぐましい理由(アーバン ライフ メトロ)

シブがき隊

結成当初は「 仙八トリオ」、「 悪ガキトリオ」などと呼ばれていたが、1981年の夏に雑誌『』の一般公募によって『 シブがきトリオ』に決定(グループ名の由来は「シブい"ガキ"」を意味 )。 その後まもなくして『 シブがき隊』に改められた。 当時の芸能界では三人組に「~トリオ」と名付けるのが乱立しており、目立たせるため所属事務所の社長・があえて「トリオ」から「隊」へと改名を施した。 なお、ジャニーズ事務所のグループで名称を一般公募したのはシブがき隊のみである。 『2年B組仙八先生』放送終了直後の5月、「」で歌手デビュー。 デビュー当時のキャッチフレーズは「YMF 正面突破」。 同期の女性アイドルには・・・・・・後に薬丸の妻となるら「花の82年組」がおり、男性アイドルながらシブがき隊も「花の82年組」に入れられることもある。 同年の『』では最優秀新人賞を受賞。 翌年以降もヒット曲を幾つも繰り出し、オリコンシングルチャートやテレビの歌謡ランキング番組では10位圏内へ常に入り込み、同事務所の先輩で先行デビューしていた・らに続いた時代を代表する男性アイドルとなっていった。 シブがき隊の特徴としては、の曲調が挙げられる。 当時のアイドル界では、歌や踊りの実力よりもタレント個人がもつ魅力がより重視される傾向にあった。 シブがき隊も歌や踊りのレベルをカバーするべく、楽曲の企画性(ノベルティソング)で話題を集める手法をとる。 ジャニー喜多川が米国由来の芸能音楽を事務所の基本方針に据えていたため、米国から見た日本、すなわちジャポニズムの楽曲が多数制作された。 この流れは後輩のに受け継がれている。 歌手活動のほか、映画、CM、テレビドラマ、バラエティ番組など多岐にわたって活動。 四年半も続いたで放送の歌謡バラエティ番組『』と後継番組の『』では司会進行も担うなどして抜群のトーク術とコント力が身についていく。 田原・近藤らとともに80年代前半の男性アイドルシーンを圧倒的にリードしていったが、になると、前年デビューのや当時低迷していた老舗芸能事務所のが起死回生に仕掛けた大型新人のらが台頭してくるようになる。 その責任感の強さから仲間内で"リーダー"と呼ばれていた薬丸はそれらライバルに闘志を燃やしていて距離感を取っていたが、楽天的な布川や本木は逆にチェッカーズと意気投合して仲良しくなり 、彼らが住んでいた合宿所にも遊びに行っていた。 末、シブがき隊と同時期に結成された同じ事務所所属の三人組男性アイドル・が満を持して歌手デビュー。 同じ土俵へ上られたことにより、シブがき隊が持ち合わせていなかったその歌唱力とキレの鋭いダンスを目の当たりにして、メンバーらは「こりゃ絶対勝てないな~」と思ったと言う。 、デビュー年から4年連続で出場してきた『』に少年隊と入れ違いで落選したことを示すように 、日の出の勢いであった少年隊に対して、シブがき隊が出すシングルは80年代前半よりも人気の面で勢いを失っていき、それまでのようにオリコンシングルチャートやランキング番組で10位圏内に入ることがだんだんと叶わなくなっていった。 また、デビュー以来必ず三人一緒であったグループ活動から、1986年3月放送の布川単独出演のテレビドラマを皮切りに、各々がソロ活動をするようになっていく。 ただし、それはテレビドラマとバラエティ番組出演に限られたことで、歌手活動においてはソロで行う者はいなくて、後の解隊(解散)まで三人一緒のシブがき隊としてシングルをコンスタントにリリースし続け、歌謡番組への出演も疎かにしなかった。 8月7日のにおけるコンサートでグループの解散を示す解隊宣言を発表し、同年の代々木第一体育館におけるコンサートをもって解隊した。 当時、各々ソロでの活動に比重が置かれるようになってグループとしての活動は霞んではいたが、解隊時はそれを記念して三人一緒の活動が設けられ、解隊の報告をするために幾つもの歌謡番組に出演をしたほか、三人が主演となったドラマも作られて放送されるなど、賑やかにその最後の花道を飾った。 エピソード [ ]• 当初は本木がセンターの立ち位置だったが、歌手デビュー時には薬丸がセンターとなり、途中から本木がセンターに戻った。 デビュー時センターに立っていたことや、責任感の強い性格から、薬丸は他のメンバーに「リーダー」と呼ばれることがあった。 しかし実際には、特にリーダーは誰だということは決まっていなかった。 は「」という名前であった。 バンド名は事務所の社長・ジャニー喜多川が命名。 解散後、本木と布川はジャニーズ事務所をすぐに離れた。 薬丸は残ったものの、1年後にジャニーズ事務所を離れた。 解散以来、3人が公の場に揃って出ることはなかった。 しかし、本木も布川もそれぞれ薬丸が司会の『』「はなまるカフェ」にゲスト出演している。 その後、本木主演の映画『』が外国語映画賞を受賞した際、授賞式の翌朝、同番組でロサンゼルスより生中継にて薬丸が本木にインタビューし、久しぶりの二人の共演が実現した。 また薬丸のレギュラー番組『』に布川がゲスト出演し共演を果した。 薬丸はやといった続々と出てくるライバルに闘志を燃やしていたが、逆に布川や本木はチェッカーズと仲良しで 、チェッカーズが住んでいた合宿所にも遊びに行っていた。 2010年の夏に布川がふっくん布川としてスシ食いねェ! をもじった「そば食いねぇ! 」でソロデビュー。 解散から22年ぶりの歌手活動..... である。 、TBS『』で、スタジオゲストに薬丸・VTRで本木(ドラマの番宣で沖縄へ)と布川(妻子とともに石垣島と"シブがき島"へ)が出演と、同一番組内に解隊後初めて揃って出演となった(共演ではない)。 主な出演作品(ソロは除く) [ ] バラエティ番組 [ ]• (1981年 - 1982年、テレビ東京)• (1982年 - 1986年、テレビ東京)- 司会者• (1985年 - 1987年、フジテレビ)• (1986年、フジテレビ)• 今夜見納め! これが最後のシブがき隊(1988年、日本テレビ) 解散番組• (1982年-1988年、TBSテレビ)• (1982年-1988年、フジテレビ)• (1982年-1986年、NHK)• (1982年-1987年、テレビ東京)• (1982年-1985年、TBS)ゲスト出演• (1986年-1988年、テレビ朝日)• (1986年-1988年、TBSテレビ)• テレビドラマ [ ]• (1981年 - 1982年、)• (1982年 - 1983年、TBS)- 「黒蜥蜴」のメンバーという役柄• (1983年5月16日 - 9月26日、、)• (1983年10月13日 - 1984年3月29日、TBS)• オールスターアイドルドラマ「走れ青春42. 195キロ」(1984年4月11日、)• ふたりの恋人・殺し屋から愛をこめて! 〜ロマンチック連続殺人(1984年8月18日、TBS)• シブがき隊のスシ食いねェ! (1986年5月5日、、)• さよならは一度だけ…(1988年11月4日、フジテレビ、) 映画 [ ]• (1982年7月10日公開、東映)• (1982年12月18日公開、東宝)• (1983年7月16日公開、東映)• (1985年4月27日公開、東映) ラジオ [ ]• シブがきトリオ 夜をまるかじり! シブがき隊 ホット! ヒット!! はっと?! (ニッポン放送・との共演)• シブがき隊 青春キャッチボール()• シブがき隊 マジジェネレーション(TBSラジオ)• リクエスト30・シブがき隊の俺たちマジだぜ! (TBSラジオ・1986年4月~9月、木曜担当) CM(ソロは除く) [ ]• リトルボール(1982年のグループ初CM)• おにぎり囃子• コロコロリン• グーチョコパー• ラブジュ• 牛乳石鹸(進物用キャンペーン)• 「ふちどりMARKER・メタリック」• 「マイアイドル」• (出演は無く、歌のみでの参加) みんなのうた [ ]• スシ食いねェ! (1985年、) ディスコグラフィ [ ] シングル [ ]• (シックスティーン)()• (1982年7月21日)• (1982年10月28日)• (ヴァージンショック)(2月25日)• (LOVE)(1983年5月5日)• (1983年8月8日)• (MUGENDAI)(1983年10月13日)• (1月15日)• (カツ)(1984年3月30日)• (1984年6月1日)• (1984年7月7日)• (ダンディ)(1984年10月3日)• (イッキ)(1月11日)• (1985年4月3日)• (ムーン・ビーナス)(1985年6月29日)• (1985年10月2日)• (1月22日)• (1986年2月1日)• (スシ食いねェ! 英語ヴァージョン)(1986年4月10日)• (1986年6月1日)• (アラビアンキッスクラブ)(1986年9月5日)• (ブールバード)(1986年11月21日)• (1987年3月21日)• (7月22日)• (1987年11月21日)• (プス プス)(2月26日)• (1988年7月15日)• (1988年10月8日) アルバム [ ]• for'83 -We come together,we'll run together-(1982年12月1日)• 夏・Zokkon -Memories For You-(1983年7月1日)• Honesty まじ(1984年12月8日)• バローギャングBC ~From桑港~(1985年4月21日)• エキゾティック(1985年11月21日)• 5th ANNIVERSARY(1986年5月5日)• 情熱的新世界 -PASSIONATE PARADISE-(1986年7月21日)• HOROSCOPE ホロスコープ(1986年12月21日)• NEXT STAGE(1987年5月5日)• (1988年3月16日) ベストアルバム [ ]• シブがき隊2000BEST(2000年6月21日)他 CD-BOX [ ]• シブがき隊 1982-1988(CD5枚組)(2008年6月10日) ビデオ [ ]• 88,11,2シブがき隊解隊コンサート(1988年) 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 2016年6月25日. 2017年5月21日閲覧。 フジテレビトリビア普及委員会『トリビアの泉〜へぇの本〜 3』講談社、2003年。 , pp. 130-131. , pp. 131-133. 2016年10月23日. 2017年5月21日閲覧。 2009年2月24日. 2017年5月21日閲覧。 2016年10月23日. 2017年5月21日閲覧。 参考文献 [ ]• 『ジャニーズと日本』講談社現代新書、2016年12月20日。 関連項目 [ ]• - 同じ年にデビューした歌手 外部リンク [ ]• - (2004年7月2日アーカイブ分)•

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