マッコウクジラのフン。 海の史上最強肉食恐竜・生物ランキングTOP10

海の生き物:海豚とか鯨とかはウンチ・オシッコをしているのですか?

マッコウクジラのフン

山田 海人(かいと) 2008年2月12日オープン ようこそ! 海人のビューポートへ 今、世界でビーチコーマーだけが手に入れられて、金と同等の価値のある貴重なものってご存じですか?それは、フェロモンのような強烈な香りを放つ超高級なお香の材料である 竜涎香(りゅうぜんこう)です。 まずは竜涎香の画像を紹介します。 この貴重な画像はニュージランドで竜涎香を扱っているAmbergris. nz社から私に特別に許可を頂いたものです。 無断転載はダメです。 これまでの主な産出国はアフリカ、インド、日本、スマトラ、ニュージーランド、ブラジルなどです。 しかし、十七世紀の書物には、 琉球が世界で最も多くの竜涎香を産出する国と紹介されていました。 日本の近海には昔から竜涎香を排泄する マッコウクジラが多く生息し、現在、マッコウクジラは鯨類の中で最大の生息数200万頭に達するほど資源が回復してきました。 このようなことから、きっと今も日本のどこかの海岸に竜涎香は流れ着いているに違いないと思います。 近年日本の海岸で竜涎香を見けられない理由を考えますと、まず欧米の鯨油のためのマッコウクジラの乱獲があります。 17〜18世紀はクジラと見れば捕獲して鯨油だけを取っていました。 毎年資源の2割以上も捕獲していましたので、たちまちクジラの生息数は激減してしまいました。 昔の日本人は海辺で遠くから流れ着く木の実、流木や打ち寄せられた魚介類、海藻など拾う「 寄せ物の文化」がありました。 しかし今では昔ほど海辺の散策する人が減りました。 このために、"寄せ物"の知識がなくなり、打ち上げられた竜涎香を見ても、気づかずに見逃しているのではないでしょうか? きっと貴方の近くの海岸にも竜涎香が打ち寄せられていて、貴方に見つけられるのを待っているのかも知れません。 今回は、この「竜涎香を探そう!」と題して、竜涎香をいろいろ調べてみましょう。 そしてこれを読まれた方にぜひ竜涎香を海辺で拾って頂きたいのです。 1.2006年に拾われた竜涎香 2006年1月 南極に面したオーストラリア南部のStreaky Bayの海岸に奇妙な塊が打ち上げられていました。 貧しい漁師のレオン・ライトさんと奥さんのロレッタさんは浜辺の散歩でこの塊を見つけました。 でもその時は"妙な塊"程度に思ってそのまま放置していました。 そして2週間後に再びその浜辺に行ってみたら、まだその"妙な塊"が残っていました。 気になって今度は自宅に持って帰りました。 そしてその塊を調べたところ14. 高価な"竜涎香"(1g当たり20米ドル)でしたから、ライトご夫妻は295,000米ドル 165,300英ポンド もの現金を手に入れることができました。 日本円にすると33,925,000円(115円換算)にもなります。 また、これまでオーストラリアで発見された例は、クイーンスランド州での発見例(今回の半分ほどの大きさ)と、小さなものの2例程度で極めてまれなケースのようです。 "竜涎香"は 油というか 脂肪ですので海面に浮きます。 こうして排泄されてからも10年もの間、海面を漂っていて、たまたま南オーストラリアの海岸に打ち上げられたものと思われます。 この記事には書かれていませんが、現在オーストラリアでは竜涎香はクジラの歯とか骨と同様に、所持したり移動することが規制されています。 2.英国でのゴールドラッシュ 2006年8月24日のデイリーポスト紙が伝えているのは、竜涎香のゴールドラッシュの記事です。 リバプールに住むMick Dunnさんと奥さんのSandraさん、息子のMitchell君(7歳)は10年もの間ウエールズへきて竜涎香を拾っていたと新聞に紹介されました。 1グラム当たり10英ポンド(約2千円)以上もの価値ある竜涎香がロスオン海やシェル島の海岸で見つかっているのです。 今回、合計200グラム(約40万円)も打ちあがって見つけられ、それを知って探しに行った人も一週間に4個も竜涎香が拾えたそうです。 こうしてウエールズの人達がゴールドラッシュのように竜涎香を拾いに来ているようです。 3.和歌山で拾われた竜涎香 日本でも幾つかの記録が残っています。 その一つは、和歌山の古文書に残されていました。 1696年(元禄9年)3月28日に和歌山県熊野日置浦の浜辺で五貫五百目(約20キロ)の鯨糞(竜涎香)が拾われた記録が残されています。 当時でも記録されていたと言うことは、1個の竜涎香でも記録的な大きさであったことが判ります。 前のオーストラリアの記事と重ね合わせると、当然拾った方は"海から頂いたお宝"でこれまでの貧しい生活から"鯨糞御殿"の豊かな生活が想像できます。 4.沖縄・石垣島で拾われた竜涎香 沖縄にも古文書に書かれた記録があります。 1704年の大きな竜糞(竜涎香)の記録です。 沖縄・石垣島の川平村の住民(海廻百姓)が見つけて蔵元(役所)に届けた竜糞は、約100キロ(162斤130目)で粟およそ40石を与えたそうです。 ちなみに今の価格1グラム2,300円で換算すると2億3千万円相当の竜涎香となります。 当時の琉球王朝は国を挙げて漂着物である竜涎香を探していて、竜糞の価格表のような取り決めもあり、琉球各地で多くの竜糞が拾われていました。 5.大きな竜涎香の記録 これまで最も大きな竜涎香の塊は、どれほどの大きさでしょうか? フンとして出されてものや死んだマッコウクジラからも身体から離れて浮いてきたものもあります。 特に大きな竜涎香では肛門から出ずに死んだ後に浮いてきたものもあるようです。 これまでの記録を見ると、一番大きなサイズは、1908年にノルウェーで捕鯨船乗りのLarvikが持ち込んだ455キロです。 次の記録は、1883年にニュージーランドで水夫のDunedinが発見した446キロです。 第三位の記録は、1880年に421. 3キロの竜涎香を扱った東インド会社の記録があります。 第四位は、1953年に南氷洋で捕鯨船"Southern Harvester"が発見した420キロです。 第五位は、ソ連が南氷洋の捕鯨で採った200キロです。 第六位は、大分小さくなって1927年に南米フォークランド諸島の捕鯨船基地で売られた138キロです。 このように昔の記録が残っているということは高価で貴重な物であった証しです。 6.竜涎香とは 竜涎香は昔から貴重な香料として高値で取引されていました、1948年には金の8倍もの値がついたこともあります。 現在でも1g当たり20ドルもする高価な竜涎香は、 浮かぶ金塊"Floating Gold"とも呼ばれています。 竜涎香を理解するには中東の昔からの香りの文化を知る必要があります。 今でも中東では香りの文化があって、香りは日常生活の一部にもなっています。 男性も女性も強い香りで身を包み、生活空間を香りで演出しています。 お客様を歓待する時は玄関でお香を焚いて芳しい香りで満たし、お茶を飲みながらの話題もお香の話が行われているほどです。 このため、中東の市場には香料屋がいろいろな香材をそろえています。 (1)極上な香料 竜涎香は動物性の香料で 香の王様(The King of Perfumaery)とか、 香料中の至宝などとも呼ばれ、超最高級な香料として昔から知られています。 竜涎香を使っていたとしてクレオパトラや楊貴妃の名前も残っています。 世界の香水産業の中では極上な香りとして昔から高値で取引されていました。 また薬用としても竜涎香は薬の一種として使われていました。 更には媚薬であったり、性欲促進薬としても有名なものでした。 他にもワインの風味を引き出すためや、食べ物の風味を増すためなど料理にも使われていました。 1820年には竜涎香の 人工合成に成功し、現在では人工合成された竜涎香も出回っていますが、昔から竜涎香を使用する文化を持つ人々には自然の竜涎香が高く支持されています。 (2)マッコウクジラからの排泄物 竜涎香はまたの名を 鯨糞(げいふん)とか 竜糞(りゅうふん)と呼ばれるように動物の排泄物で、クジラ類で唯一千メートルから三千メートルも潜る マッコウクジラからの排泄物です。 排泄物と言っても 結石あるいは 胆石のような極まれに排泄されるものです。 現在、竜涎香を排泄するのはマッコウクジラとコマッコウクジラの2種だけです。 今では鯨糞とも呼ばれていたので分りますが、最初に鯨糞と名付けたのは琉球の人達です。 海岸に打ち上げられた塊からよくぞ正確にクジラのフンと言い当てたことは素晴らしいことです。 琉球の人たちの豊富な海洋知識に脱帽です。 それから多くの年月が流れ、最初に竜涎香はマッコウクジラの排泄物と科学的に報告したのはロシア人のBerzin です(1972年The Sperm Whale,で報告しています)。 竜涎香は古くは古代ローマ人やギリシャ人も使った記録があり、アラビア商人が売買して中国経由で日本にも伝わっていたようです。 17世紀には鯨糞とか竜糞とか呼ばれていたようですが、マッコウクジラの排泄物と証明するのも大変だったと思われます。 マッコウクジラはダイオウイカが大好物ですが、他のイカ、タコも食べています。 イカなどの身はマッコウクジラの胃で消化されますが、口の カラストンビと呼ばれる部分は硬い キチン質で消化されません。 ご存じのようにカラストンビは鋭く尖っていますので、それが腸に刺さると、その刺激から特殊な脂肪が出てカラストンビを包んでしまいます。 そして肛門から排泄されるのです。 ですからマッコウクジラが多くいてもごくまれに竜涎香が排泄される、また、排泄された竜涎香の中にはイカのカラストンビが含まれたままのもあるのです。 こう説明するとマッコウクジラから排泄される竜涎香が分かって頂けると思いますが、これまでは諸説粉粉でした。 マッコウクジラはイカ、タコが大好物、当然、オスもメスも食べているので全てのマッコウクジラがお腹の中で溜まったカラストンビを排泄するたびに頻繁に竜涎香を排泄していると考えられる、いや、特殊な病気を持ったマッコウクジラだけが排泄する、オスだけが竜涎香を排泄する、などなどいろいろな説がありました。 これまで竜涎香を紹介している論文などでは"結石"のようなもの、或は極めてまれな病気を持ったマッコウクジラが排泄するもの、ごく一部のオスだけが排泄するものとして、その貴重さが表現されてきました。 それでも捕獲されたマッコウクジラの0. 1%程度しか竜涎香を持っていなかったデータがあります。 ) しかし、最近の研究では、オスもメスもそして健康なマッコウクジラからも竜涎香が排泄されることが分かってきました。 つまりはどうして竜涎香ができるのかまだ未知の部分が一杯あってよく分かっていないのが現状のようです。 でも捕鯨が禁止された今、大切なことは、竜涎香を得るためにマッコウクジラを殺していないと言うことです。 ジャコウなどの動物性香料を取る場合は、ジャコウネコの命を頂いて、香料を得ていますが、竜涎香は排泄物ですから生産者であるマッコウクジラの命を頂いていない、むしろ竜涎香が欲しければマッコウクジラを保護しなければならない、保護すると竜涎香が得られるというのがうれしいことです。 さらに排泄された後も太陽と海の働きで品質がよくなる" 海から賜るお宝"という観点でしょうか? そして竜涎香を手に入れるにはビーチコーマーが海岸に打ち上げられたものを見つけることでしか入手できない「海からの贈り物」なのです。 (3)竜涎香の形や色は 竜涎香はマッコウクジラから排泄されますが、排泄されてまもない竜涎香は決してよい匂いとはいえず、長期間海上を漂流したもの、つまり太陽からの紫外線に曝される、空気に触れて酸化することによって竜涎香として熟していくようです。 そして長い間漂流していた白い竜涎香が珍重され高い価格で取引されています。 ではどのような状態で海岸に打ちあがるのでしょうか? 竜涎香は、いろいろな色であったり、形であったり、表面であったりするので海岸に打ちあがる"ゴミ"の中から、竜涎香の識別は難しいのです。 色は白が多く、灰色であったり、黒であったり、濃い褐色であたっりします。 形は海辺の小石のようにやや丸みを帯びて、楕円形、菱形です。 ほとんどが海面を長い期間(数年から十数年)漂っていて、太陽に照らされて、色も変化し、空気に触れることで酸化も進み、波にもまれ、ひっくり返ったりした末に海岸にたどり着きます。 そして長く海に漂っていたものが品質も良く、高い価格で取引されています。 言い換えれば"海が長きにわたって竜涎香の品質を高めている"のです。 黒い色のものは、廃油ボールのようなタールのように柔らかく、粘性があります。 白いものでは、粉状のコーテイングしたようなもの、中身は粘土の生地のように見えます。 (4)竜涎香の香り具合は? 竜涎香の香りは最初に書かれているように「フェロモンのような強烈な香りを放つ」、「いつでも嗅いでいたいかぐわしい香り」、など香の王様らしくいろいろな表現があります。 一般の人にも感じるとてもかぐわしい芳香の香と言うのでしょうか、ちょっとジャコウのようで甘い土の芳香、少し湿った林の中を思い出させる伝統的な芳香と評されています。 しかし、芳香の具合は竜涎香の熟し具合や品質の具合で変わってきます。 排泄された直後の竜涎香の匂いはちょっと注意です。 できたての竜涎香は黒っぽくて、まだ粘っている感じがあります。 匂いを嗅ぐと牛の糞のような匂いとともにかぐわしい香りが混じった匂いです。 一般的に竜涎香は"クジラの糞"ですから、牛の糞のような匂いをイメージしている方々がほとんどです。 私もエマさんの持っている竜涎香を嗅がせてもらいましたが、微かに牛や山羊のフンの臭いがして、芳しい香りは外側からはしませんでした。 本来、竜涎香の香は、微妙で楽しくなるような香りを持っています。 品質のよい白っぽくて灰色の竜涎香は特に微妙で、いつも嗅いでいたい、かぐわしい香りです。 (5)竜涎香を見つけるには ではどうやって竜涎香を識別するのでしょうか? ご存じのように海岸にはいろいろなものが打ち上げられています。 流木、木の実、海藻、海の生き物の死骸、貝殻、砂利や石、そして多くの人工物であるゴミなどです。 この中で竜涎香を探すには同様な形をした石や廃油ボールさらには建築素材、植物の種などがありますが、これら類似の形をしたものの中から見つけなければなりません。 ともかく高価な貴重品ですからそう簡単には見つかりません。 なんどもなんども海岸に足を運んで、ひょっとしたら竜涎香があるかもしれないと意識して探すのです。 根気がないと竜涎香は探せないのです。 もう一度考えてみましょう。 捕鯨が禁止されている今では、竜涎香を提供できるのは海岸を散策しているビーチコーマーしかいません。 世界で竜涎香を使っている人たちの期待もあるのでぜひビーチコーマーの方には頑張って頂いて、海岸に打ち上げられてそのまま放置されている"隠れた竜涎香"をぜひ見つけて頂きたいのです。 また、海岸に打ち上げられて砂に埋もれた状態になると高価といえども分解して溶けてしまうのです。 もったいないと思いませんか? (6)琉球は国をあげて竜涎香を探す文化があった 「 新琉球史(古琉球編)」琉球新報社には次のように書かれています。 琉球の海岸に打ち上げられた竜涎香は将軍や諸大名への献上品となり、薩摩藩により長崎で売買された。 琉球の近世文書では、竜涎香を「竜糞」または「鯨糞」と表現し、1628年の王府の掟書によると竜糞を海岸で見つけた者は必ず蔵元(役所)へ届けさせ、白糞は米5石(50斗)、黒糞は米5斗と換算された。 つまり品質のよい白糞は10倍の値打ちがあった。 17世紀前半には竜涎香の発見者にはほうびを与える制度ができて「御物奉行所規模帳」によって取り決めてありました。 また、真栄平 房昭「 南蛮貿易とその時代」には、「琉球には豊富に竜涎香が産出する。 それも最も質の高いもので、とりわけ白い竜涎香は世界でもっとも良質の竜涎香だ」と記載されています。 こうして琉球は国をあげて、漂着物の「竜涎香」探しを奨励していました。 今でも沖縄には竜涎香に関する民話が幾つも残されています。 宮古島伊良部町の民話では万能薬の龍糞で窮地を生き延び、奇跡を起こして大金持ちになった話、渡嘉敷の民話では龍になったハブがお礼に龍糞を空から落とした話があり、貴重な香料であり万能薬であった竜涎香の知識が世代から世代へ伝承されていた文化がありました。 このように17世紀の琉球では、黒潮によって流れつく 寄物(よせもの)の文化がありました。 こうして海辺の人々にいろいろな知識が伝えられ、寄物つまり海岸に打ち上げられるものには貴重な竜涎香がある。 その形はこのようなもので、こうして竜涎香を識別することができる。 良質なものはこういうものだ。 見つけた竜涎香は蔵元(役所)へ届け、持って行けば米と換えてくれる。 蔵元では再度竜涎香を確認し、詳しく計量し、厳重に封印して、首府の首里へ送るというビーチコーミングの知識が琉球にはあったのです。 こうして多くの人が海岸で寄物をチェックしていた文化があった結果、"琉球には豊富に竜涎香が産出していた"ことになります。 名護博物館が発行している「 ピトゥと名護人」には名護の漁師が竜糞として売っていた記録があり、万病に効く薬竜涎香は名護では「 クジラのパナデー(鼻から出たものの意)」と呼んでいたと書かれています。 また、この時代の琉球国の絵図には「黒潮」(1646年)が表現されていて黒潮の存在が判らなかった日本での最初絵図になります。 こうして海流についても理解していた当時の琉球は正に日本の海洋文化発祥の地と言えます。 1614年ウイリアム・アダムス(三浦安針)に同行した英国人のRichard Wickhamが琉球で119キロの竜涎香を買って長崎やインドネシアで売ったことが記録されています。 「 Samurai William」(Giles Milton著)、「 The English Factory in Japan」(1613-23, Anthony Farrington, 1991, British Library これを基に琉球でのウイリアム・アダムスの足取りを調べたところ、宮古、石垣には行っておらず、沖縄本島だけの滞在ですから竜涎香を入手したのは那覇ではないかと言われています。 また、琉球の「通航一覧」によると竜涎香の扱いは年に17箱、50袋などと記録されていますので、周年にわたって多く産出されていたようです。 詳しくは、1644年17箱、1710年50袋、1712年30袋、1714年50袋、1715年1箱、1718年2箱、1719年30袋、1731年30袋、1748年200袋、1764年150袋、1790年150袋との記録が残っています。 この箱と袋の表現の違いですが小ぶりのものが幾つも袋に入れられていた。 形の大きな1個はそれぞれ箱に入れられて特別に扱われていたと考えられます。 こうして集められた竜涎香は首里の王府から薩摩藩を介して将軍家に献上された記録や新井白石の「 南島志」にも、尚敬王から土屋相模守へ竜涎香の献上が記録されています。 また、琉球王府がなくなってからは、竜糞に対する取締りが緩やかになり、海岸のみすぼらしい家が鯨糞のおかげで一夜にして豪邸になり、周囲の人に羨ましがられたという記事が、昔の新聞に載っていたそうです。 大正時代の沖縄の新聞の記事にも竜涎香の発見の記事が紹介されています。 竜糞(鯨糞)は、そのころ沖縄の人は薬として使われていました。 そして発見されたものは出入りしていた博多の商人などに取引されたようです。 7.竜涎香の識別法 こうして竜涎香の知識が高まって、海辺でそれらしきものが見つかったならば竜涎香なのかどうか調べてみましょう。 (1) 最後の鑑定テスト 色や形、浮力などから竜涎香らしきものと絞られてきたらいよいよ簡単なテストで"竜涎香"を識別してみましょう。 ここで竜涎香であれば対象物の表面は熱い針に溶け出して針を奥深く受け入れるでしょう。 そして溶けた油が焼けて煙を出し、黒い残留物が針にまとわりつくでしょう。 そして針を抜いてみましょう、竜涎香であれば、ジャコウのような良い香りがするでしょう。 おわりに 竜涎香は深海にすむダイオウイカとそれを餌とするマッコウクジラが作りだす深海の高貴な香りであるとともに、排泄されたものが十数年も海面を漂って品質が高まるものです。 海が好きな者にとって、とてもロマンを感じる竜涎香なのです。 ぜひ、日本の海辺からも打ち上げられた竜涎香を見つけて下さい。 そしてもっと"海から授かりもののお宝 竜涎香"の話題を盛り上げましょう。

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山田 海人(かいと) 2008年2月12日オープン ようこそ! 海人のビューポートへ 今、世界でビーチコーマーだけが手に入れられて、金と同等の価値のある貴重なものってご存じですか?それは、フェロモンのような強烈な香りを放つ超高級なお香の材料である 竜涎香(りゅうぜんこう)です。 まずは竜涎香の画像を紹介します。 この貴重な画像はニュージランドで竜涎香を扱っているAmbergris. nz社から私に特別に許可を頂いたものです。 無断転載はダメです。 これまでの主な産出国はアフリカ、インド、日本、スマトラ、ニュージーランド、ブラジルなどです。 しかし、十七世紀の書物には、 琉球が世界で最も多くの竜涎香を産出する国と紹介されていました。 日本の近海には昔から竜涎香を排泄する マッコウクジラが多く生息し、現在、マッコウクジラは鯨類の中で最大の生息数200万頭に達するほど資源が回復してきました。 このようなことから、きっと今も日本のどこかの海岸に竜涎香は流れ着いているに違いないと思います。 近年日本の海岸で竜涎香を見けられない理由を考えますと、まず欧米の鯨油のためのマッコウクジラの乱獲があります。 17〜18世紀はクジラと見れば捕獲して鯨油だけを取っていました。 毎年資源の2割以上も捕獲していましたので、たちまちクジラの生息数は激減してしまいました。 昔の日本人は海辺で遠くから流れ着く木の実、流木や打ち寄せられた魚介類、海藻など拾う「 寄せ物の文化」がありました。 しかし今では昔ほど海辺の散策する人が減りました。 このために、"寄せ物"の知識がなくなり、打ち上げられた竜涎香を見ても、気づかずに見逃しているのではないでしょうか? きっと貴方の近くの海岸にも竜涎香が打ち寄せられていて、貴方に見つけられるのを待っているのかも知れません。 今回は、この「竜涎香を探そう!」と題して、竜涎香をいろいろ調べてみましょう。 そしてこれを読まれた方にぜひ竜涎香を海辺で拾って頂きたいのです。 1.2006年に拾われた竜涎香 2006年1月 南極に面したオーストラリア南部のStreaky Bayの海岸に奇妙な塊が打ち上げられていました。 貧しい漁師のレオン・ライトさんと奥さんのロレッタさんは浜辺の散歩でこの塊を見つけました。 でもその時は"妙な塊"程度に思ってそのまま放置していました。 そして2週間後に再びその浜辺に行ってみたら、まだその"妙な塊"が残っていました。 気になって今度は自宅に持って帰りました。 そしてその塊を調べたところ14. 高価な"竜涎香"(1g当たり20米ドル)でしたから、ライトご夫妻は295,000米ドル 165,300英ポンド もの現金を手に入れることができました。 日本円にすると33,925,000円(115円換算)にもなります。 また、これまでオーストラリアで発見された例は、クイーンスランド州での発見例(今回の半分ほどの大きさ)と、小さなものの2例程度で極めてまれなケースのようです。 "竜涎香"は 油というか 脂肪ですので海面に浮きます。 こうして排泄されてからも10年もの間、海面を漂っていて、たまたま南オーストラリアの海岸に打ち上げられたものと思われます。 この記事には書かれていませんが、現在オーストラリアでは竜涎香はクジラの歯とか骨と同様に、所持したり移動することが規制されています。 2.英国でのゴールドラッシュ 2006年8月24日のデイリーポスト紙が伝えているのは、竜涎香のゴールドラッシュの記事です。 リバプールに住むMick Dunnさんと奥さんのSandraさん、息子のMitchell君(7歳)は10年もの間ウエールズへきて竜涎香を拾っていたと新聞に紹介されました。 1グラム当たり10英ポンド(約2千円)以上もの価値ある竜涎香がロスオン海やシェル島の海岸で見つかっているのです。 今回、合計200グラム(約40万円)も打ちあがって見つけられ、それを知って探しに行った人も一週間に4個も竜涎香が拾えたそうです。 こうしてウエールズの人達がゴールドラッシュのように竜涎香を拾いに来ているようです。 3.和歌山で拾われた竜涎香 日本でも幾つかの記録が残っています。 その一つは、和歌山の古文書に残されていました。 1696年(元禄9年)3月28日に和歌山県熊野日置浦の浜辺で五貫五百目(約20キロ)の鯨糞(竜涎香)が拾われた記録が残されています。 当時でも記録されていたと言うことは、1個の竜涎香でも記録的な大きさであったことが判ります。 前のオーストラリアの記事と重ね合わせると、当然拾った方は"海から頂いたお宝"でこれまでの貧しい生活から"鯨糞御殿"の豊かな生活が想像できます。 4.沖縄・石垣島で拾われた竜涎香 沖縄にも古文書に書かれた記録があります。 1704年の大きな竜糞(竜涎香)の記録です。 沖縄・石垣島の川平村の住民(海廻百姓)が見つけて蔵元(役所)に届けた竜糞は、約100キロ(162斤130目)で粟およそ40石を与えたそうです。 ちなみに今の価格1グラム2,300円で換算すると2億3千万円相当の竜涎香となります。 当時の琉球王朝は国を挙げて漂着物である竜涎香を探していて、竜糞の価格表のような取り決めもあり、琉球各地で多くの竜糞が拾われていました。 5.大きな竜涎香の記録 これまで最も大きな竜涎香の塊は、どれほどの大きさでしょうか? フンとして出されてものや死んだマッコウクジラからも身体から離れて浮いてきたものもあります。 特に大きな竜涎香では肛門から出ずに死んだ後に浮いてきたものもあるようです。 これまでの記録を見ると、一番大きなサイズは、1908年にノルウェーで捕鯨船乗りのLarvikが持ち込んだ455キロです。 次の記録は、1883年にニュージーランドで水夫のDunedinが発見した446キロです。 第三位の記録は、1880年に421. 3キロの竜涎香を扱った東インド会社の記録があります。 第四位は、1953年に南氷洋で捕鯨船"Southern Harvester"が発見した420キロです。 第五位は、ソ連が南氷洋の捕鯨で採った200キロです。 第六位は、大分小さくなって1927年に南米フォークランド諸島の捕鯨船基地で売られた138キロです。 このように昔の記録が残っているということは高価で貴重な物であった証しです。 6.竜涎香とは 竜涎香は昔から貴重な香料として高値で取引されていました、1948年には金の8倍もの値がついたこともあります。 現在でも1g当たり20ドルもする高価な竜涎香は、 浮かぶ金塊"Floating Gold"とも呼ばれています。 竜涎香を理解するには中東の昔からの香りの文化を知る必要があります。 今でも中東では香りの文化があって、香りは日常生活の一部にもなっています。 男性も女性も強い香りで身を包み、生活空間を香りで演出しています。 お客様を歓待する時は玄関でお香を焚いて芳しい香りで満たし、お茶を飲みながらの話題もお香の話が行われているほどです。 このため、中東の市場には香料屋がいろいろな香材をそろえています。 (1)極上な香料 竜涎香は動物性の香料で 香の王様(The King of Perfumaery)とか、 香料中の至宝などとも呼ばれ、超最高級な香料として昔から知られています。 竜涎香を使っていたとしてクレオパトラや楊貴妃の名前も残っています。 世界の香水産業の中では極上な香りとして昔から高値で取引されていました。 また薬用としても竜涎香は薬の一種として使われていました。 更には媚薬であったり、性欲促進薬としても有名なものでした。 他にもワインの風味を引き出すためや、食べ物の風味を増すためなど料理にも使われていました。 1820年には竜涎香の 人工合成に成功し、現在では人工合成された竜涎香も出回っていますが、昔から竜涎香を使用する文化を持つ人々には自然の竜涎香が高く支持されています。 (2)マッコウクジラからの排泄物 竜涎香はまたの名を 鯨糞(げいふん)とか 竜糞(りゅうふん)と呼ばれるように動物の排泄物で、クジラ類で唯一千メートルから三千メートルも潜る マッコウクジラからの排泄物です。 排泄物と言っても 結石あるいは 胆石のような極まれに排泄されるものです。 現在、竜涎香を排泄するのはマッコウクジラとコマッコウクジラの2種だけです。 今では鯨糞とも呼ばれていたので分りますが、最初に鯨糞と名付けたのは琉球の人達です。 海岸に打ち上げられた塊からよくぞ正確にクジラのフンと言い当てたことは素晴らしいことです。 琉球の人たちの豊富な海洋知識に脱帽です。 それから多くの年月が流れ、最初に竜涎香はマッコウクジラの排泄物と科学的に報告したのはロシア人のBerzin です(1972年The Sperm Whale,で報告しています)。 竜涎香は古くは古代ローマ人やギリシャ人も使った記録があり、アラビア商人が売買して中国経由で日本にも伝わっていたようです。 17世紀には鯨糞とか竜糞とか呼ばれていたようですが、マッコウクジラの排泄物と証明するのも大変だったと思われます。 マッコウクジラはダイオウイカが大好物ですが、他のイカ、タコも食べています。 イカなどの身はマッコウクジラの胃で消化されますが、口の カラストンビと呼ばれる部分は硬い キチン質で消化されません。 ご存じのようにカラストンビは鋭く尖っていますので、それが腸に刺さると、その刺激から特殊な脂肪が出てカラストンビを包んでしまいます。 そして肛門から排泄されるのです。 ですからマッコウクジラが多くいてもごくまれに竜涎香が排泄される、また、排泄された竜涎香の中にはイカのカラストンビが含まれたままのもあるのです。 こう説明するとマッコウクジラから排泄される竜涎香が分かって頂けると思いますが、これまでは諸説粉粉でした。 マッコウクジラはイカ、タコが大好物、当然、オスもメスも食べているので全てのマッコウクジラがお腹の中で溜まったカラストンビを排泄するたびに頻繁に竜涎香を排泄していると考えられる、いや、特殊な病気を持ったマッコウクジラだけが排泄する、オスだけが竜涎香を排泄する、などなどいろいろな説がありました。 これまで竜涎香を紹介している論文などでは"結石"のようなもの、或は極めてまれな病気を持ったマッコウクジラが排泄するもの、ごく一部のオスだけが排泄するものとして、その貴重さが表現されてきました。 それでも捕獲されたマッコウクジラの0. 1%程度しか竜涎香を持っていなかったデータがあります。 ) しかし、最近の研究では、オスもメスもそして健康なマッコウクジラからも竜涎香が排泄されることが分かってきました。 つまりはどうして竜涎香ができるのかまだ未知の部分が一杯あってよく分かっていないのが現状のようです。 でも捕鯨が禁止された今、大切なことは、竜涎香を得るためにマッコウクジラを殺していないと言うことです。 ジャコウなどの動物性香料を取る場合は、ジャコウネコの命を頂いて、香料を得ていますが、竜涎香は排泄物ですから生産者であるマッコウクジラの命を頂いていない、むしろ竜涎香が欲しければマッコウクジラを保護しなければならない、保護すると竜涎香が得られるというのがうれしいことです。 さらに排泄された後も太陽と海の働きで品質がよくなる" 海から賜るお宝"という観点でしょうか? そして竜涎香を手に入れるにはビーチコーマーが海岸に打ち上げられたものを見つけることでしか入手できない「海からの贈り物」なのです。 (3)竜涎香の形や色は 竜涎香はマッコウクジラから排泄されますが、排泄されてまもない竜涎香は決してよい匂いとはいえず、長期間海上を漂流したもの、つまり太陽からの紫外線に曝される、空気に触れて酸化することによって竜涎香として熟していくようです。 そして長い間漂流していた白い竜涎香が珍重され高い価格で取引されています。 ではどのような状態で海岸に打ちあがるのでしょうか? 竜涎香は、いろいろな色であったり、形であったり、表面であったりするので海岸に打ちあがる"ゴミ"の中から、竜涎香の識別は難しいのです。 色は白が多く、灰色であったり、黒であったり、濃い褐色であたっりします。 形は海辺の小石のようにやや丸みを帯びて、楕円形、菱形です。 ほとんどが海面を長い期間(数年から十数年)漂っていて、太陽に照らされて、色も変化し、空気に触れることで酸化も進み、波にもまれ、ひっくり返ったりした末に海岸にたどり着きます。 そして長く海に漂っていたものが品質も良く、高い価格で取引されています。 言い換えれば"海が長きにわたって竜涎香の品質を高めている"のです。 黒い色のものは、廃油ボールのようなタールのように柔らかく、粘性があります。 白いものでは、粉状のコーテイングしたようなもの、中身は粘土の生地のように見えます。 (4)竜涎香の香り具合は? 竜涎香の香りは最初に書かれているように「フェロモンのような強烈な香りを放つ」、「いつでも嗅いでいたいかぐわしい香り」、など香の王様らしくいろいろな表現があります。 一般の人にも感じるとてもかぐわしい芳香の香と言うのでしょうか、ちょっとジャコウのようで甘い土の芳香、少し湿った林の中を思い出させる伝統的な芳香と評されています。 しかし、芳香の具合は竜涎香の熟し具合や品質の具合で変わってきます。 排泄された直後の竜涎香の匂いはちょっと注意です。 できたての竜涎香は黒っぽくて、まだ粘っている感じがあります。 匂いを嗅ぐと牛の糞のような匂いとともにかぐわしい香りが混じった匂いです。 一般的に竜涎香は"クジラの糞"ですから、牛の糞のような匂いをイメージしている方々がほとんどです。 私もエマさんの持っている竜涎香を嗅がせてもらいましたが、微かに牛や山羊のフンの臭いがして、芳しい香りは外側からはしませんでした。 本来、竜涎香の香は、微妙で楽しくなるような香りを持っています。 品質のよい白っぽくて灰色の竜涎香は特に微妙で、いつも嗅いでいたい、かぐわしい香りです。 (5)竜涎香を見つけるには ではどうやって竜涎香を識別するのでしょうか? ご存じのように海岸にはいろいろなものが打ち上げられています。 流木、木の実、海藻、海の生き物の死骸、貝殻、砂利や石、そして多くの人工物であるゴミなどです。 この中で竜涎香を探すには同様な形をした石や廃油ボールさらには建築素材、植物の種などがありますが、これら類似の形をしたものの中から見つけなければなりません。 ともかく高価な貴重品ですからそう簡単には見つかりません。 なんどもなんども海岸に足を運んで、ひょっとしたら竜涎香があるかもしれないと意識して探すのです。 根気がないと竜涎香は探せないのです。 もう一度考えてみましょう。 捕鯨が禁止されている今では、竜涎香を提供できるのは海岸を散策しているビーチコーマーしかいません。 世界で竜涎香を使っている人たちの期待もあるのでぜひビーチコーマーの方には頑張って頂いて、海岸に打ち上げられてそのまま放置されている"隠れた竜涎香"をぜひ見つけて頂きたいのです。 また、海岸に打ち上げられて砂に埋もれた状態になると高価といえども分解して溶けてしまうのです。 もったいないと思いませんか? (6)琉球は国をあげて竜涎香を探す文化があった 「 新琉球史(古琉球編)」琉球新報社には次のように書かれています。 琉球の海岸に打ち上げられた竜涎香は将軍や諸大名への献上品となり、薩摩藩により長崎で売買された。 琉球の近世文書では、竜涎香を「竜糞」または「鯨糞」と表現し、1628年の王府の掟書によると竜糞を海岸で見つけた者は必ず蔵元(役所)へ届けさせ、白糞は米5石(50斗)、黒糞は米5斗と換算された。 つまり品質のよい白糞は10倍の値打ちがあった。 17世紀前半には竜涎香の発見者にはほうびを与える制度ができて「御物奉行所規模帳」によって取り決めてありました。 また、真栄平 房昭「 南蛮貿易とその時代」には、「琉球には豊富に竜涎香が産出する。 それも最も質の高いもので、とりわけ白い竜涎香は世界でもっとも良質の竜涎香だ」と記載されています。 こうして琉球は国をあげて、漂着物の「竜涎香」探しを奨励していました。 今でも沖縄には竜涎香に関する民話が幾つも残されています。 宮古島伊良部町の民話では万能薬の龍糞で窮地を生き延び、奇跡を起こして大金持ちになった話、渡嘉敷の民話では龍になったハブがお礼に龍糞を空から落とした話があり、貴重な香料であり万能薬であった竜涎香の知識が世代から世代へ伝承されていた文化がありました。 このように17世紀の琉球では、黒潮によって流れつく 寄物(よせもの)の文化がありました。 こうして海辺の人々にいろいろな知識が伝えられ、寄物つまり海岸に打ち上げられるものには貴重な竜涎香がある。 その形はこのようなもので、こうして竜涎香を識別することができる。 良質なものはこういうものだ。 見つけた竜涎香は蔵元(役所)へ届け、持って行けば米と換えてくれる。 蔵元では再度竜涎香を確認し、詳しく計量し、厳重に封印して、首府の首里へ送るというビーチコーミングの知識が琉球にはあったのです。 こうして多くの人が海岸で寄物をチェックしていた文化があった結果、"琉球には豊富に竜涎香が産出していた"ことになります。 名護博物館が発行している「 ピトゥと名護人」には名護の漁師が竜糞として売っていた記録があり、万病に効く薬竜涎香は名護では「 クジラのパナデー(鼻から出たものの意)」と呼んでいたと書かれています。 また、この時代の琉球国の絵図には「黒潮」(1646年)が表現されていて黒潮の存在が判らなかった日本での最初絵図になります。 こうして海流についても理解していた当時の琉球は正に日本の海洋文化発祥の地と言えます。 1614年ウイリアム・アダムス(三浦安針)に同行した英国人のRichard Wickhamが琉球で119キロの竜涎香を買って長崎やインドネシアで売ったことが記録されています。 「 Samurai William」(Giles Milton著)、「 The English Factory in Japan」(1613-23, Anthony Farrington, 1991, British Library これを基に琉球でのウイリアム・アダムスの足取りを調べたところ、宮古、石垣には行っておらず、沖縄本島だけの滞在ですから竜涎香を入手したのは那覇ではないかと言われています。 また、琉球の「通航一覧」によると竜涎香の扱いは年に17箱、50袋などと記録されていますので、周年にわたって多く産出されていたようです。 詳しくは、1644年17箱、1710年50袋、1712年30袋、1714年50袋、1715年1箱、1718年2箱、1719年30袋、1731年30袋、1748年200袋、1764年150袋、1790年150袋との記録が残っています。 この箱と袋の表現の違いですが小ぶりのものが幾つも袋に入れられていた。 形の大きな1個はそれぞれ箱に入れられて特別に扱われていたと考えられます。 こうして集められた竜涎香は首里の王府から薩摩藩を介して将軍家に献上された記録や新井白石の「 南島志」にも、尚敬王から土屋相模守へ竜涎香の献上が記録されています。 また、琉球王府がなくなってからは、竜糞に対する取締りが緩やかになり、海岸のみすぼらしい家が鯨糞のおかげで一夜にして豪邸になり、周囲の人に羨ましがられたという記事が、昔の新聞に載っていたそうです。 大正時代の沖縄の新聞の記事にも竜涎香の発見の記事が紹介されています。 竜糞(鯨糞)は、そのころ沖縄の人は薬として使われていました。 そして発見されたものは出入りしていた博多の商人などに取引されたようです。 7.竜涎香の識別法 こうして竜涎香の知識が高まって、海辺でそれらしきものが見つかったならば竜涎香なのかどうか調べてみましょう。 (1) 最後の鑑定テスト 色や形、浮力などから竜涎香らしきものと絞られてきたらいよいよ簡単なテストで"竜涎香"を識別してみましょう。 ここで竜涎香であれば対象物の表面は熱い針に溶け出して針を奥深く受け入れるでしょう。 そして溶けた油が焼けて煙を出し、黒い残留物が針にまとわりつくでしょう。 そして針を抜いてみましょう、竜涎香であれば、ジャコウのような良い香りがするでしょう。 おわりに 竜涎香は深海にすむダイオウイカとそれを餌とするマッコウクジラが作りだす深海の高貴な香りであるとともに、排泄されたものが十数年も海面を漂って品質が高まるものです。 海が好きな者にとって、とてもロマンを感じる竜涎香なのです。 ぜひ、日本の海辺からも打ち上げられた竜涎香を見つけて下さい。 そしてもっと"海から授かりもののお宝 竜涎香"の話題を盛り上げましょう。

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ドルフィン&ホエールエッセンスとは

マッコウクジラのフン

妊娠中の方にはおすすめしません• 腰痛のある方にはおすすめしません• 確認後、休暇中に連絡できる電話番号を記載したEメールを送信してください。 多言語のガイドによって操作されるよろしいです• 車いす非対応• 近くに公共交通機関あり• ある程度の体力が必要です• この体験は、好天時にのみ催行されます。 悪天候のためキャンセルとなった場合、別の日程での参加または全額返金の対象となります• この体験には、最少催行人数が設定されています。

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