佐々木かい ブログ。 中東TODAY

モノディアロゴス / Monodiálogos

佐々木かい ブログ

めんたんぴん オリジナル・メンバーのリズム隊 寺井貢&石崎三郎 が参加したアルバムとしては26年振りの新譜。 Keyに須川光 大活躍!聞けば分かります 、スペシャル・ゲストとして飛田一男 G も参加。 「めんたんぴん、初めて関東を歌う」 忠平 との事で、北陸は勿論、伊豆や湘南、川崎の風景を織り込んだ曲も。 「夏に聴くめんたんぴんのアルバムがあってもいいんじゃない」 忠平 とのコンセプトも含めて完成した、バンド7枚目のアルバム。 初めてアルバムを聴いた時、1stと似ているような印象を持ちました。 特に前半の曲の並びがそう思わせるのだと思います 日本海側の方は越前海岸や千里浜、太平洋側の方は第三京浜から伊豆辺りへドライブしながら聞いて欲しい一枚です。 spacelan. 34 私はパソコンを知らない。 動かせない。 面倒臭い事からはいつも逃げる。 でも遂にそうも言っていられなくなった。 再び、歌をつくり歌いたくなったからだ。 そうなったら話は違ってくる。 昔からのファンの人達と話がしたくなった。 管理人が協力を申し出てくれた。 信頼できる人なのでお願いした。 ありがたい。 今も 「めんたんぴん」 はある。 私とベースの石崎三郎がメンバーである。 北陸の貴公子も54才になった。 北陸の老人になってしまった。 形にはこだわらず、一丁おもしろい事をしようと思っている。 そして、私達の足跡を残したい。 一人でも多くの人の中に残したい。 30年前、サンフランシスコ・ケニモア・レジデンス・クラブと言う安ホテルから私の旅は始まった。 是非、お付き合い願いたい。 一緒に旅をしてもらいたい。 キープ・オン・トラッキン。 私はブルース・シンガーである。 シカゴ・ブルースが得意とか、B. キングみたいに歌える、という訳ではない。 ものの本によれば、「都市に住み、教会へ行かなくなった男達の中からブルース・マンが出た」とある。 アウトローだ。 如何わしい歌だ。 「学校行くより、ネエチャン、今日は俺と遊ぼうぜ」という歌詞に全てがある。 今の日本ならば警察に通報される。 何かに背を向けている。 はみ出している。 善人ではない。 まあ色々あるが、そういう感じがなかなかイイ。 好きだ。 私は日本のブルース・マンなのだ。 京都拾得のテリーが、外人の女の子に私を紹介する時こう言った。 「ヒー イズ ブルース マン. ファット ブルース マン!」 デブなブルース・マンだと言った。 決っしてロック・シンガーとは言わなかった。 この風体でロック・シンガーは無い。 さりとてフォーク・シンガーもぴったり来ない。 よってブルース・マンに落ち着く事になる。 私はフーチー・クーチ・マンである。 完成するのは来年になるだろう。 その時は名前を変える。 「ステラ・ブルース・バンド」になる。 目指すはバンドだ。 それまでは私と松田ゆかりの二人である。 じっくり他のメンバーを探している。 二人とも結構人見知りな所があり、なかなか他人を受け入れない。 他人には厳しいのだ。 勿論、自分達には甘い。 いつも反省している。 ヒットを出したいとか、メジャーデビューしたいとか、あまり関心が無い。 そんな事より一人でも多くのお客様を得たい。 ライブを楽しみたい。 ライブで発狂したい。 私はあまり酒を飲まないが、ゆかりは酒が好きだ。 毎日酒が飲めれば他の事はどうでもいいと思っているフシがある。 私より気がでかい。 一日一日変化し続けたい。 知らない事を知りたい。 そろそろ錨を上げる時が来た。 港から大洋に出ていかねばならない。 海の藻屑と消えようとも、再び港に戻ることは無い。 「人生は巡礼である。 安住するなかれ」 何でも話せるブログにしたい。 話しは大好きだ。 数年前、川崎新丸子の一室で、柴田 徹と24時間話し続けた事が有る。 もっと話したかったが、終わらないので止めた。 音楽を作るより話しが好きかも知れない。 言いたい放題、思っている事は吐き出したい。 多少、言葉が過ぎるかも知れないがご容赦願いたい。 返り血は覚悟している。 川崎生まれの妻によく言われた。 「あなた達 めんたんぴん 、よくそんなに人の悪口が言えるわね。 信じられない」 小松生まれは口が悪い。 人をボロクソに言う事を好む。 でも、他の人が思う程、心の中は激しくはない。 そういう話し方で育ったせいなのだ。 例えば、次の意見をどう思いますか。 「だいたい、ブリティッシュ・ロックなぞロックではない。 何がツェッペリンだ。 あんなものガキの聞くものだ。 いい大人が聞くものじゃない」 「そうそう、日本人って未だにビートルズが一番だからなー。 どーにもならん」 どうです。 頭に来る人もいるでしょう。 でもよく読めば、そんな悪口でもないんです。 「ビートルズやツェッペリンに長い間取り付かれると大変だよ」と言っているのです。 「ロッキング・オン」にケンカ売ってる訳ですが。 でも、大の大人が未だにビートルズ・マニアってのも、ちょっとね・・・。 まあ、色んな人が居て楽しいわけです。 でも、互いに認め合ったり慰め合ったりは好きではない。 論争が好きです。 「愛」がどうしたとか、「空を飛びたい」とか歌ってる若いミュージシャンも大嫌いです。 「あれも良い、これも良い、いい音楽はみな良い」なぞとのたまう大人も嫌い。 好きなものがそんなに多くてどうする、馬鹿め、と思ってしまう。 でも論争すればもっともっと深い関係になれる。 互いを知り合える。 今の日本も、もっとハッキリ言えばいい。 「嫌いだ!」と言えばいい。 「嫌い」の後には「好き」が来るのでは。 昔からそう言うでしょ。 私は「めんたんぴん」というバンドをしょっている。 そう思っている。 「めんたんぴん」は私である。 今はそう思っている。 私とベースの石崎三郎の二人が現在のメンバーである。 元のメンバーも各自活動している。 様々な想いで生きている。 私はそれを認めている。 一人一人の顔は年中浮かぶ。 苦楽を共にしたのだ。 青春を一緒に過ごしたのだ。 今更、他人だと思える訳が無い。 私達は「めんたんぴん」という政治セクトだったのかも知れない。 その枠の中で生きていた。 なるべく大人の世界に触れない様にして。 ちっぽけな、セコイ日本が嫌だった。 アメリカに憧れた。 あの広さ、ヒッピー、LSD、グレートフル・デッド。 日本中、何処に行っても駅前は全く同じ建造物だらけだった。 そして灰色の高速道路。 コンクリートで出来上がった日本。 実感した。 「オイ、これでいいんかい」 腹が立った。 呑気 のんき にポップスに走る者を軽蔑した。 「この現状に知らん顔して愛を歌うのか? アメリカに負けとるやないか」 私達はある種政治的だった。 決っしてラジカルではなかったが。 ある時、「クジラを守ろう」というアメリカのキャンペーン・コンサートが有った。 泉谷しげるが飛び乗った。 アメリカ好きのバンドが飛び乗った。 有名ミュージシャンがアメリカから多数来日した。 私達は出演を断った。 そんなものに出る気がしなかった。 牛肉も豚肉も無い時代、私達は給食でクジラを食った。 クジラの味は、脳細胞が憶えている。 日本人はクジラを食って生き延びた。 今さら「守ろう」等とどうして言える。 「じゃあアメリカ人よ、牛を守るのか? 豚を守るのか? 鳥を守るのか?」 ウエスト・コーストのミュージシャンには大バカがいる事を知った。 北陸の貴公子達は、そんなものには乗らない。 ねっ、どうです、政治的でしょ。 「愛」も歌わなかった。 愛というものが実感出来ないからだ。 キリスト教の教徒でも無い私達が、愛を簡単に実感出来る訳が無い。 20才でサンフランシスコに旅し、数年後、ロサンジェルスでレコーディングした。 それ故、私達は日本人である事を、否応なく意識し出した。 今回は音楽的な話をしましょう。 作曲についてです。 現在に至るまでの私の作曲について話したいのですが、何せ、ヒットを出したこと等一度も無いので、笑って読んで下さい。 「自分で作曲するな」 無茶苦茶な話ですが、自分の頭に浮かぶメロディー等、私の場合ロクなのが無いのです。 (フォークになる) その時の必要性に応じて、他人の曲をまず探します。 大抵は、ストーンズとデッドの中から探します。 私はガルシアの信奉者ゆえ、「こんな時ジェリーならどんな作曲をするのかなー」 等と考えます。 (ジェリーの作曲が世界で一番好きなのです) 「よし、今回はアンクル・ジョンズ・バンドで行こう」 と決めます。 「アンクル〜」 みたいな曲を他に知りません。 何とも言えない爽やかさと、懐かしさがこみ上げてくる。 故に、「こんな曲をつくればリスナーも私と同じ気持ちになるハズだ」 まあ、そういう風に勝手に考えるわけです。 そこで、この曲のエッセンスとも言うべきコード進行を探ります。 どのコードの場所でグッと来るか、分析します。 その時、ふと「ビートルズでも同じ進行があったなぁ・・・」 とは思うのですが、気にしません。 ジェリーはビートルズを当然好きだったのでしょう。 こういう作業をして行くわけですが、一曲出来上がるまでには、相当寄り道をしてしまいます。 でも、この 「寄り道」 が私の楽しみなのです。 発見が有ります。 ジェリーがより身近になるのです。 ピアノやギターの前でコーヒーでも飲み、思い付くメロディーを書き留める事は、私には作曲ではありません。 そんな作曲家も周りに居ますが、よくそこまで自分に自信があるものだと思ってしまう。 自分などは 「どーでもいい」 のです。 単なる通路みたいなものです。 大好きな音楽が、ルーツとなって、自分を通過して、形になる。 これが作曲の喜びです。 まあ、少しは解ってもらえたでしょうか。 これから色々な話をしたいのですが、今回は私の生い立ち、周辺の人達について話しましょう。 競馬には一頭一頭に血統表が有ります。 私はトイレに入る時、血統表を見るという癖があり、自分の生い立ちもこの血統表的に話したいと思います。 父はサラリーマンでした。 若い頃、小松製作所 現コマツ にいて、母と知り合ったのですが、争議に参加してクビになっています。 当時は社会党員だったと思います。 今は、僧侶の資格を取り、坊主でもあります。 思想的には、保守派であり、祝日には必ず国旗を玄関に掲げます。 母は、若い頃から職業を転々としています。 日銀、代用教員、そして、幼稚園の先生として幼児教育に一番力を込めました。 父方の祖父は、表具師です。 職人として一生を終えました。 祖母は病弱でしたが、勤めに出ている母の代わりに、私の世話を焼いてくれました。 料理がうまかった。 母方の祖父も病弱でしたが、若い頃は騎馬兵として戦地に行っています。 大柄な優しい爺さんでした。 祖母は9人の子を産み、終生、子供達の為に働き生きた人です。 死ぬまで、周りに神経を遣い、気を遣いし亡くなりました。 父は一人っ子、母は9人兄弟の6女です。 母方の長女は、看護婦として中国大陸に渡り、終戦で着の身着のまま帰国。 その後、看護婦としては最高の地位に上りつめ、池田勇人の面識を得、国会議員に転じました。 自民党福田派。 かなりな保守思想の持ち主で、「新聞は産経が一番良い」と常々言っていました。 母の弟である叔父も石川県県議となり、志し半ばで亡くなりました。 私がバンドをしていた頃、「お前、まさか共産主義者ではないだろうな」と、噛み付かれた事が有りました。 まあ、ざっと私の血の周辺はこんな具合です。 故に私は、共産主義者、左翼運動家にならなかった訳であります。 年を取り、やはり私は保守となりました。 血なのです。 愛国心なき左翼は私の敵であります。 今は、右側から物を見る方が熱いエネルギーを生むように思うのですが。 「制服向上委員会」略して「SKi」が出来る前から、私は発案者である高橋氏と知り合っていました。 「めんたんぴん」も一時、彼のオフィスに所属していたのです。 元来、アイドルには興味は無かったのですが、「アイドル冬の時代」と言われていた当時、二人の女の子から始めた高橋氏のやり方には関心がありました。 「SKi」がブレイクした頃、彼から連絡が有りました。 「忠平、アイドルにロックをやらせてみたいんだけど。 ストーンズとかデッドとか。 どう、やってくれない?」 内側を覗いてみたいというスケベ心もあり、その仕事を請けました。 リハーサル室に行くと4、5人の女の子が楽器を抱え、四苦八苦している。 可愛い女の子達の前で、私は尻が浮いてしまい、止めとけば良かったと後悔しました。 特に、ギター担当の子の眼がイヤな感じだった。 「アイドルを心の中ではバカにしてるのに、金が欲しくてやって来たんだろ。 私はわかってるからね」という目付きだった。 その女の子が、「松田ゆかり」です。 その後、ゆかりのソロアルバムに曲を作ったりディレクションしたりしながら、何かと話す機会も多くなって行きました。 高橋氏と私とゆかりで、何度、府中競馬場に行ったか知れません。 付き合いの良い女の子だった。 いわゆるオジンギャル。 私と音楽的な好みも似ている。 お互い川崎に住んでいて、家も近い。 「SKi」を辞めたのも同時期。 私は彼女に、自分で曲を作る事を強く勧めました。 それに応じてゆかりは沢山の曲を作った。 私の曲と、彼女の曲と、二人で作った曲とを併せてライブを演りたくなった。 それで 「ステラ・ブルー」を作ったのです。 「めんたんぴん」を引き継いだユニットです。 音楽性は殆ど変わりません。 生き方、考え方を探る事が好きな二人です。 男らしさ、女らしさをきちんとしたい。 二人共、そう思っています。 ゆかりは頑固な保守であります。 5年掛かって「日本競馬狂想曲」を作った。 初めてのソロアルバムである。 或るレコード会社に話しを持ち掛けたが、「競馬はねぇ・・・。 普通の人が聞きますかね・・・」と言われ、多分他のレコード会社もそうだろうと思い、自力で作る事にした。 昔からの友人、高橋明雄君が援助を申し出てくれた。 彼もなかなかの勝負師である。 それで、今は、売る方法を毎日二人で話し合っている。 中年のおっさん二人が、青春の花火を打ち上げようとしている。 彼の息子、良君が2曲ドラムを叩いている。 まだ20才。 アルバムのデザイン、イラストは我が娘 美果に託した。 私は若い人の力を信じている。 我々よりもきっと素晴らしいものを持っている。 高橋君の次男 陽平君は、今、東京の写真の専門学校にいる。 素朴で、穏やかな男だ。 次回のCDの写真は彼に撮って貰いたい。 もう私は決めている。 でも、手加減はしない。 時には追い詰めるかも知れない。 無理な事を要求するかも知れない。 でも、それでいいと思っている。 子供が20才を過ぎれば、母親では手に負えない事がある。 父親の出番だ。 他人の子も自分の子も一緒だ。 一人の大人として、意見を述べたい。 私の知っている事は全て教えたい。 その後の事は、各自好きにすればいい。 今は構い倒す。 世話を焼く。 ガミガミ言う。 子供達よ、覚悟しとけ。 多分、子供は親の世代を引き継いでくれる。 そうして何かが伝わり残って行く。 時代が替わっても変わらない物があるに決まっている。 子供の頃、私達は泥まみれになって遊んだ。 「パンツの色が変わる」と言って母に叱られた。 ミミズを掘った。 魚を追いかけた。 陽が暮れるまで外で遊んだ。 今の子供達はそんな事はしない。 家に居て、ゲームをしたりテレビを見ている。 時代が変わったのだ。 でも、私の体験を伝えれば、子供達はきっとイメージする。 父親の子供時代を思い浮かべるだろう。 それでいい。 それでいいんだと思っている。

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めんたんぴん/佐々木忠平のブログ「イロニアの音謡」

佐々木かい ブログ

Kさん、この度は拙著『スペイン文化入門』のご感想など、出版社気付で送ってくださりありがとうございます。 昨日、竹内社長さんから転送してもらいました。 これまで未知の読者からこのような懇切丁寧な感想が寄せられる経験などめったになかったので、大変嬉しゅうございました。 感想だけでなく気の付かれた誤植などのご指摘も痛み入ります。 幸い(?)すべて索引・ミニ事典に関してのものでしたので、さっそく編者の碇さんにも転送しました。 めでたく再版になるようなことがあれば、ぜひ訂正させていただきます。 ただしMaeztuに関しては、従来からマエストゥと表記されてきたもので誤植ではありません。 ともあれこれまでKさんの実体験に裏付けられたラテン気質についての貴重なご意見も興味深く読ませていただきました。 ありがとうございます。 「興味ある」ということが奈辺を指しておられるのか分かりませんが、彼に関してちょっとだけ私見を述べさせていただきます。 実は小室直樹という人物について、いちど調べたことがあります。 たぶんご指摘の著書に関して、つまり戦争論をめぐってであったと記憶しています。 ただその折り感じたのは、戦争は国際紛争解決の究極的な手段であるから、戦争に代わるものを作り出さない限り戦争はなくならない、といったオルテガの主張の、その前段を誇張することによって、オルテガの思想をかなり恣意的に利用しているといった感想を持ちました。 こうした傾向は小室直樹だけでなく、例えば三島由紀夫などにも見られます。 詳しくは覚えてはいませんが、戦争をしない軍隊は軍隊ではない、といったかなり過激な解釈を施して、現代思想家のうち信用できるのはオルテガだけだと礼賛してました。 それとはちょっと違った文脈ではありますが、オルテガの『大衆の反逆』を換骨奪胎(したと自負?)して『大衆への反逆』を書いた西部邁についても言えます。 つまり高みから大衆を見下ろすという貴族主義的なところに共鳴し、オルテガ思想の一側面を拡大解釈して自論を展開するといった傾向です。 でもスペイン人オルテガの貴族主義は日焼けすればその下から庶民が顔を出す態の貴族、逆に言えばゴヤの「裸のマハ(下町の小娘)」のモデルが実はアルバ公爵夫人だったように、もっぱら精神のあり方を意味していて、自宅の庭にロココ風の装飾を施して悦に入っていた三島流の貴族主義とは違うように思います。 しかしオルテガ曲解はなにも日本に限った現象でありません。 本家本元のスペインでも、かつてファランヘ党(ファシズム政党)の創始者ホセ・アントニオがオルテガの政治思想をたくみに取り入れて、その全体主義的体制を補強したことは有名です。 オルテガがこうした趨勢に抗して長らく亡命生活を余儀なくされたにも拘わらず、です。 もともとオルテガには右翼思想に利用されやすい側面があったと言えなくもないのでしょうが、しかし彼の思想をその出発点から辿ってみる限り、それは悪く言えば曲解、良く言っても部分的な拡大解釈だと言わざるを得ません。 私個人のことに絡めていえば、そうした表面的なオルテガ像でいちど残念な経験をしたことがあります。 もうかなり昔のことですが、或る大出版社から『大衆の反逆』翻訳の打診があったときも、その会社の編集会議のようなところでオルテガ右翼説(?)が出てきたらしく、結局その話が流れるということがありました。 実はその後、別の出版社が企画した世界思想全集の一巻にオルテガが入ることになり、彼の他の作品と一緒に『大衆の反逆』の翻訳に改めて着手したこともありましたが、今度はその出版社が倒産してしまい(その後その出版社は【新】を冠して再出発しましたが)これまた頓挫しました。 『大衆の反逆』翻訳の紆余曲折に触れたので、更に補足しますと、その後、また別の出版社の新訳文庫から依頼されて翻訳の見直しを始めたのですが、編集者と肌が合わず(?)難航しているときにあの東日本大震災に遭遇、思いもよらぬ原発事故被災者になってしまいました。 それ以来その出版社から連絡が途絶えたことをいいことにこちらからも一切の関係を絶って今日に至っております。 しかし捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったもので、今度は別の出版の可能性が出てきましたが、それにはスペイン政府機関の助成が前提となっており、昨年、一応申請はしましたがその結果は未だに届いておりません。 何冊か既訳があることもあって、たぶん駄目だったのかも知れません。 こうなれば残り少ないわが人生、いざとなれば私家本で出そうか、といまは開き直っています。 余計なことをだらだら書いてしまいましたが、しかし今回Kさん宛てのこの手紙にも実は深く関係していることなので、つい筆がすべったわけです。 というのは、今回の『大衆の反逆』には本邦初訳の「イギリス人のためのエピローグ」を加えたのですが、それが平和主義についての論考だからです。 つまりまだ解説を書き出してもいないのですが、彼がそこで展開している平和主義批判をどう読み解こうか、少し思い悩んでいるところだったのです。 大袈裟に言えば、事はオルテガ解釈にとどまらず、残り少ない私自身の時間の中で、なんとかおおよそでもその道筋を考えなければならないテーマ、すなわち核兵器を含むあらゆる核利用の廃絶のための闘いにも深く関係しているからです。 でも国際政治にも政治論にもまったくの素人なので、どこから手をつけたらいいのか。 しかし原発問題に対する私の基本姿勢を反戦論にも貫くしかないのでは、とは思っています。 つまり塚原卜伝流に無手勝流に、と言えば格好のつけ過ぎですが、要するに素人は素人なりの真っ向勝負を挑もうと考えています。 最近、そうした私の考え方に近い二人の先輩を見つけて意を強くしています。 一人は御年100歳ながら未だ矍鑠として戦争撲滅のために奮闘しているむのたけじ翁、もう一人は今年三月までウルグアイ大統領であったホセ・ムヒカさんです。 両者に共通しているのは、そのメッセージが実にシンプルなことです。 正戦は果たしてありうるか、とか、原発の安全は将来可能か、などの議論には深入りせず、単刀直入、ズバリ本筋に切り込んでいるところです。 話は急に飛びますが、今朝のネット新聞(日ごろから実に右翼的傾向で有名なサンケイ新聞)に小泉進次郎の農林部会長起用に関するこんな記事が載ってました。 「…高村正彦党副総裁は10月下旬、党本部ですれ違った小泉氏の腕をつかみ、副総裁室に招き入れた。 高村氏はかねて、小泉氏が復興政務官在任中に安全保障関連法をめぐり、政府や党を批判したことに強い不快感を抱いていた。 高村氏は「政府と党が共闘している最中に、政府の立場にある者が後ろから味方に向けて鉄砲を撃ってはならない」と指摘。 「本当に国民を安全にしたいと考えるなら、世論と同じレベルで動いたのではプロの政治家とはいえない。 単なるポピュリストだ」などと切々と諭した。 」 いちど権力の座に座ると、民意に耳を傾けようとする者をポピュリスト呼ばわりするという昨今の体制派の汚いやり方です。 この伝でいくと、安保法制成立阻止を目指して今夏、国会周辺のみならず全国的にデモを展開した国民運動など無視すべきであるということになり、事実政権与党はそう判断してひたすら沈静化を狙っています。 ポピュリズムとは、もともと19世紀末に農民を中心とする社会改革運動で、政治の民主化や景気対策を要求したアメリカやヨーロッパ、ロシアの民主化運動の総称でしたが、いつのまにか「大衆迎合主義」という一点に収斂して使われるようになりました。 しかし繰り返しになりますが、真剣に民意を探り、それに誠意を持って応えようとしない政治家とはいったい何者なのでしょう? 質の劣化著しい政治家たちの傲慢さ、識見の無さは目に余るものがありますが、その彼らが、これまで政治に無関心であった(よく言えばそうであり得た)多くの国民の初めてと言っていいような意思表示を無視するだけでなく、それを見下すとは滑稽以外の何ものでもありません。 半ば公開の私信とはいえ少々話が長くなりましたので、そろそろまとめに入りましょう。 要するに私が言いたい、そしてこれからの方針としたいのは、オルテガ『大衆の反逆』の西部流換骨奪胎ではなく、まさにオルテガ思想の入魂作業、と言えばちょっと大袈裟ですが、つまりは彼の大衆論の新たな解釈そして展開です。 いや新たなと言うより、もともと彼の大衆論に内在した大衆、すなわち彼が鋭く批判した大衆人(hombre-masa)ではなく、スペイン文学・思想の真の主役であった庶民・一般大衆の復権です。 言うなれば「大衆への反逆」ではなく「目覚めた大衆の悪政に対する反逆」です。 『大衆の反逆』を読む者が先ずぶつかる問題は、ところで私自身は果たしてここで批判の対象になっている大衆なのだろうか、それとも選ばれた少数者なんだろうかという素朴な疑問です。 三島由紀夫や小室直樹、そして西部邁などは自らを大衆とはっきり一線を画した選良と自負しているようですが、私自身はそこまで自分を買い被るつもりはありません。 著書などその一冊も読んだことの無い今は亡き小田実ですが、彼の言った一つの言葉だけは大賛成です。 人間みんなチョボチョボナや、です。 要するに私が目指したいのは、大衆への反逆ではなく、戦争や原発依存などひたすら亡びの道に進もうとするあらゆる動きに対する目覚めた大衆の粘り強い反逆です。 原発など核エネルギー利用や戦争に対して反対を表明すると、それは単なる感情論と言われることがよくあります。 単なる感情論? 上等じゃないですか。 理性は大きく間違えますが感情は間違っても大きくは間違えません。 単なる厭戦? 厭戦のどこが悪いのでしょう、敗戦のあと私たちの先輩はどんな理屈を並べられようと、もう戦争はこりごり、と心の底から思いました。 原発事故のあと、私たちはどんな生活の利便より、父祖の残したこの美しい自然を汚すような核の利用はもうまっぴら、と心底思ってます。 理屈など犬に(ブタでしたっけ?)喰われちまえと思ってます。 原発推進を画策する人たちは、どうぞ自分たちだけで住める無人島か人工島でも造って、そこでどんどん稼動させればいい。 どこに住めばいい? もちろん今まで口がすっぱくなるほど言ってきたように、推進論者の政治家、電力会社のお偉方は全員家族同伴でその島に移住してけつかれ!おっと下品な言葉を使いました、お住みくだされ!と思ってます。 おやおや話はどんどんエスカレートしそうなので、この辺でそろそろやめましょう。 初めてのお便りなのに、思わず長話になってしまっただけでなく、どうやら尻切れトンボになってしまいました。 でもこれに懲りずときどきはこのモノディアロゴスや母屋の『富士貞房と猫たちの部屋』を覗いてみてください。 それからオルテガについて興味がおありでしたら、『すべてを生の相のもとに オルテガ論集成』という私家本もありますのでどうぞ。 最後に、もう一度、ご丁寧な感想文をお寄せくださいましてありがとうございました。 今後ともどうぞ宜しく。 検索:• 談話室• に 佐々木あずさ より• に 豊田俊文 より• に 立野正裕 より• に 佐々木あずさ より• に 佐々木あずさ より• に 守口 より• に 中野恵子 より• に 守口 より• に 佐々木あずさ より• に 秋山ユイコ より• に 富士貞房Jr. に 佐々木あずさ より• に 佐々木淳 より• に 富士貞房Jr. に 中野恵子 より• に 富士貞房Jr. に 富士貞房Jr. に m. に 守口 より• に 富士貞房Jr. 最近の投稿• メタ情報• 『情熱の哲学』(法政大学出版局)• オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(岩波文庫)• 『原発禍を生きる』(論創社)• ミゲル・デ・ウナムーノ『生の悲劇的感情』(法政大学出版局)• 『スペイン文化入門』(彩流社)• 『モノディアロゴス』(行路社)• オルテガ・イ・ガセット『ドン・キホーテをめぐる思索』(未來社)• オルテガ・イ・ガセット『ヴィルヘルム・ディルタイと生の理念』(未來社)• オルテガ・イ・ガセット『哲学の起源』(法政大学出版局)• 『ウナムーノ、オルテガ往復書簡』(以文社)• ビトリア『人類共通の法を求めて』(岩波書店)• ミゲル・デ・ウナムーノ『スペインの本質』(法政大学出版局)• ミゲル・デ・ウナムーノ『ドン・キホーテとサンチョの生涯』(法政大学出版局)• ミゲル・デ・ウナムーノ『キリスト教の苦悶』(法政大学出版局)• ピダル『スペイン精神史序説』(法政大学出版局)• 『プログレッシブ スペイン語辞典』(小学館)• S・マダリアーガ『情熱の構造』(れんが書房新社)• 『スペイン黄金時代』(日本放送出版協会)• 『目で見る聖イグナチオ・デ・ロヨラの自叙伝』(新世社)• フリオ・カロ・バロッハ『カーニバル』(法政大学出版局)• P・ライン・エントラルゴ『スペイン一八九八年の世代』(れんが書房新社)• 『ドン・キホーテの哲学』(講談社現代新書).

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佐々木琴子

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Kさん、この度は拙著『スペイン文化入門』のご感想など、出版社気付で送ってくださりありがとうございます。 昨日、竹内社長さんから転送してもらいました。 これまで未知の読者からこのような懇切丁寧な感想が寄せられる経験などめったになかったので、大変嬉しゅうございました。 感想だけでなく気の付かれた誤植などのご指摘も痛み入ります。 幸い(?)すべて索引・ミニ事典に関してのものでしたので、さっそく編者の碇さんにも転送しました。 めでたく再版になるようなことがあれば、ぜひ訂正させていただきます。 ただしMaeztuに関しては、従来からマエストゥと表記されてきたもので誤植ではありません。 ともあれこれまでKさんの実体験に裏付けられたラテン気質についての貴重なご意見も興味深く読ませていただきました。 ありがとうございます。 「興味ある」ということが奈辺を指しておられるのか分かりませんが、彼に関してちょっとだけ私見を述べさせていただきます。 実は小室直樹という人物について、いちど調べたことがあります。 たぶんご指摘の著書に関して、つまり戦争論をめぐってであったと記憶しています。 ただその折り感じたのは、戦争は国際紛争解決の究極的な手段であるから、戦争に代わるものを作り出さない限り戦争はなくならない、といったオルテガの主張の、その前段を誇張することによって、オルテガの思想をかなり恣意的に利用しているといった感想を持ちました。 こうした傾向は小室直樹だけでなく、例えば三島由紀夫などにも見られます。 詳しくは覚えてはいませんが、戦争をしない軍隊は軍隊ではない、といったかなり過激な解釈を施して、現代思想家のうち信用できるのはオルテガだけだと礼賛してました。 それとはちょっと違った文脈ではありますが、オルテガの『大衆の反逆』を換骨奪胎(したと自負?)して『大衆への反逆』を書いた西部邁についても言えます。 つまり高みから大衆を見下ろすという貴族主義的なところに共鳴し、オルテガ思想の一側面を拡大解釈して自論を展開するといった傾向です。 でもスペイン人オルテガの貴族主義は日焼けすればその下から庶民が顔を出す態の貴族、逆に言えばゴヤの「裸のマハ(下町の小娘)」のモデルが実はアルバ公爵夫人だったように、もっぱら精神のあり方を意味していて、自宅の庭にロココ風の装飾を施して悦に入っていた三島流の貴族主義とは違うように思います。 しかしオルテガ曲解はなにも日本に限った現象でありません。 本家本元のスペインでも、かつてファランヘ党(ファシズム政党)の創始者ホセ・アントニオがオルテガの政治思想をたくみに取り入れて、その全体主義的体制を補強したことは有名です。 オルテガがこうした趨勢に抗して長らく亡命生活を余儀なくされたにも拘わらず、です。 もともとオルテガには右翼思想に利用されやすい側面があったと言えなくもないのでしょうが、しかし彼の思想をその出発点から辿ってみる限り、それは悪く言えば曲解、良く言っても部分的な拡大解釈だと言わざるを得ません。 私個人のことに絡めていえば、そうした表面的なオルテガ像でいちど残念な経験をしたことがあります。 もうかなり昔のことですが、或る大出版社から『大衆の反逆』翻訳の打診があったときも、その会社の編集会議のようなところでオルテガ右翼説(?)が出てきたらしく、結局その話が流れるということがありました。 実はその後、別の出版社が企画した世界思想全集の一巻にオルテガが入ることになり、彼の他の作品と一緒に『大衆の反逆』の翻訳に改めて着手したこともありましたが、今度はその出版社が倒産してしまい(その後その出版社は【新】を冠して再出発しましたが)これまた頓挫しました。 『大衆の反逆』翻訳の紆余曲折に触れたので、更に補足しますと、その後、また別の出版社の新訳文庫から依頼されて翻訳の見直しを始めたのですが、編集者と肌が合わず(?)難航しているときにあの東日本大震災に遭遇、思いもよらぬ原発事故被災者になってしまいました。 それ以来その出版社から連絡が途絶えたことをいいことにこちらからも一切の関係を絶って今日に至っております。 しかし捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったもので、今度は別の出版の可能性が出てきましたが、それにはスペイン政府機関の助成が前提となっており、昨年、一応申請はしましたがその結果は未だに届いておりません。 何冊か既訳があることもあって、たぶん駄目だったのかも知れません。 こうなれば残り少ないわが人生、いざとなれば私家本で出そうか、といまは開き直っています。 余計なことをだらだら書いてしまいましたが、しかし今回Kさん宛てのこの手紙にも実は深く関係していることなので、つい筆がすべったわけです。 というのは、今回の『大衆の反逆』には本邦初訳の「イギリス人のためのエピローグ」を加えたのですが、それが平和主義についての論考だからです。 つまりまだ解説を書き出してもいないのですが、彼がそこで展開している平和主義批判をどう読み解こうか、少し思い悩んでいるところだったのです。 大袈裟に言えば、事はオルテガ解釈にとどまらず、残り少ない私自身の時間の中で、なんとかおおよそでもその道筋を考えなければならないテーマ、すなわち核兵器を含むあらゆる核利用の廃絶のための闘いにも深く関係しているからです。 でも国際政治にも政治論にもまったくの素人なので、どこから手をつけたらいいのか。 しかし原発問題に対する私の基本姿勢を反戦論にも貫くしかないのでは、とは思っています。 つまり塚原卜伝流に無手勝流に、と言えば格好のつけ過ぎですが、要するに素人は素人なりの真っ向勝負を挑もうと考えています。 最近、そうした私の考え方に近い二人の先輩を見つけて意を強くしています。 一人は御年100歳ながら未だ矍鑠として戦争撲滅のために奮闘しているむのたけじ翁、もう一人は今年三月までウルグアイ大統領であったホセ・ムヒカさんです。 両者に共通しているのは、そのメッセージが実にシンプルなことです。 正戦は果たしてありうるか、とか、原発の安全は将来可能か、などの議論には深入りせず、単刀直入、ズバリ本筋に切り込んでいるところです。 話は急に飛びますが、今朝のネット新聞(日ごろから実に右翼的傾向で有名なサンケイ新聞)に小泉進次郎の農林部会長起用に関するこんな記事が載ってました。 「…高村正彦党副総裁は10月下旬、党本部ですれ違った小泉氏の腕をつかみ、副総裁室に招き入れた。 高村氏はかねて、小泉氏が復興政務官在任中に安全保障関連法をめぐり、政府や党を批判したことに強い不快感を抱いていた。 高村氏は「政府と党が共闘している最中に、政府の立場にある者が後ろから味方に向けて鉄砲を撃ってはならない」と指摘。 「本当に国民を安全にしたいと考えるなら、世論と同じレベルで動いたのではプロの政治家とはいえない。 単なるポピュリストだ」などと切々と諭した。 」 いちど権力の座に座ると、民意に耳を傾けようとする者をポピュリスト呼ばわりするという昨今の体制派の汚いやり方です。 この伝でいくと、安保法制成立阻止を目指して今夏、国会周辺のみならず全国的にデモを展開した国民運動など無視すべきであるということになり、事実政権与党はそう判断してひたすら沈静化を狙っています。 ポピュリズムとは、もともと19世紀末に農民を中心とする社会改革運動で、政治の民主化や景気対策を要求したアメリカやヨーロッパ、ロシアの民主化運動の総称でしたが、いつのまにか「大衆迎合主義」という一点に収斂して使われるようになりました。 しかし繰り返しになりますが、真剣に民意を探り、それに誠意を持って応えようとしない政治家とはいったい何者なのでしょう? 質の劣化著しい政治家たちの傲慢さ、識見の無さは目に余るものがありますが、その彼らが、これまで政治に無関心であった(よく言えばそうであり得た)多くの国民の初めてと言っていいような意思表示を無視するだけでなく、それを見下すとは滑稽以外の何ものでもありません。 半ば公開の私信とはいえ少々話が長くなりましたので、そろそろまとめに入りましょう。 要するに私が言いたい、そしてこれからの方針としたいのは、オルテガ『大衆の反逆』の西部流換骨奪胎ではなく、まさにオルテガ思想の入魂作業、と言えばちょっと大袈裟ですが、つまりは彼の大衆論の新たな解釈そして展開です。 いや新たなと言うより、もともと彼の大衆論に内在した大衆、すなわち彼が鋭く批判した大衆人(hombre-masa)ではなく、スペイン文学・思想の真の主役であった庶民・一般大衆の復権です。 言うなれば「大衆への反逆」ではなく「目覚めた大衆の悪政に対する反逆」です。 『大衆の反逆』を読む者が先ずぶつかる問題は、ところで私自身は果たしてここで批判の対象になっている大衆なのだろうか、それとも選ばれた少数者なんだろうかという素朴な疑問です。 三島由紀夫や小室直樹、そして西部邁などは自らを大衆とはっきり一線を画した選良と自負しているようですが、私自身はそこまで自分を買い被るつもりはありません。 著書などその一冊も読んだことの無い今は亡き小田実ですが、彼の言った一つの言葉だけは大賛成です。 人間みんなチョボチョボナや、です。 要するに私が目指したいのは、大衆への反逆ではなく、戦争や原発依存などひたすら亡びの道に進もうとするあらゆる動きに対する目覚めた大衆の粘り強い反逆です。 原発など核エネルギー利用や戦争に対して反対を表明すると、それは単なる感情論と言われることがよくあります。 単なる感情論? 上等じゃないですか。 理性は大きく間違えますが感情は間違っても大きくは間違えません。 単なる厭戦? 厭戦のどこが悪いのでしょう、敗戦のあと私たちの先輩はどんな理屈を並べられようと、もう戦争はこりごり、と心の底から思いました。 原発事故のあと、私たちはどんな生活の利便より、父祖の残したこの美しい自然を汚すような核の利用はもうまっぴら、と心底思ってます。 理屈など犬に(ブタでしたっけ?)喰われちまえと思ってます。 原発推進を画策する人たちは、どうぞ自分たちだけで住める無人島か人工島でも造って、そこでどんどん稼動させればいい。 どこに住めばいい? もちろん今まで口がすっぱくなるほど言ってきたように、推進論者の政治家、電力会社のお偉方は全員家族同伴でその島に移住してけつかれ!おっと下品な言葉を使いました、お住みくだされ!と思ってます。 おやおや話はどんどんエスカレートしそうなので、この辺でそろそろやめましょう。 初めてのお便りなのに、思わず長話になってしまっただけでなく、どうやら尻切れトンボになってしまいました。 でもこれに懲りずときどきはこのモノディアロゴスや母屋の『富士貞房と猫たちの部屋』を覗いてみてください。 それからオルテガについて興味がおありでしたら、『すべてを生の相のもとに オルテガ論集成』という私家本もありますのでどうぞ。 最後に、もう一度、ご丁寧な感想文をお寄せくださいましてありがとうございました。 今後ともどうぞ宜しく。 検索:• 談話室• に 佐々木あずさ より• に 豊田俊文 より• に 立野正裕 より• に 佐々木あずさ より• に 佐々木あずさ より• に 守口 より• に 中野恵子 より• に 守口 より• に 佐々木あずさ より• に 秋山ユイコ より• に 富士貞房Jr. に 佐々木あずさ より• に 佐々木淳 より• に 富士貞房Jr. に 中野恵子 より• に 富士貞房Jr. に 富士貞房Jr. に m. に 守口 より• に 富士貞房Jr. 最近の投稿• メタ情報• 『情熱の哲学』(法政大学出版局)• オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(岩波文庫)• 『原発禍を生きる』(論創社)• ミゲル・デ・ウナムーノ『生の悲劇的感情』(法政大学出版局)• 『スペイン文化入門』(彩流社)• 『モノディアロゴス』(行路社)• オルテガ・イ・ガセット『ドン・キホーテをめぐる思索』(未來社)• オルテガ・イ・ガセット『ヴィルヘルム・ディルタイと生の理念』(未來社)• オルテガ・イ・ガセット『哲学の起源』(法政大学出版局)• 『ウナムーノ、オルテガ往復書簡』(以文社)• ビトリア『人類共通の法を求めて』(岩波書店)• ミゲル・デ・ウナムーノ『スペインの本質』(法政大学出版局)• ミゲル・デ・ウナムーノ『ドン・キホーテとサンチョの生涯』(法政大学出版局)• ミゲル・デ・ウナムーノ『キリスト教の苦悶』(法政大学出版局)• ピダル『スペイン精神史序説』(法政大学出版局)• 『プログレッシブ スペイン語辞典』(小学館)• S・マダリアーガ『情熱の構造』(れんが書房新社)• 『スペイン黄金時代』(日本放送出版協会)• 『目で見る聖イグナチオ・デ・ロヨラの自叙伝』(新世社)• フリオ・カロ・バロッハ『カーニバル』(法政大学出版局)• P・ライン・エントラルゴ『スペイン一八九八年の世代』(れんが書房新社)• 『ドン・キホーテの哲学』(講談社現代新書).

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