東急 バス 東 98。 東急バス・東急トランセ

×東98

東急 バス 東 98

067km 年表 系統 年月日 営業所 距離 概要 113 S23. 1 渋谷 13. 156km 東京駅南口~目黒駅~自由が丘(現八雲3)が開通、東急と相互乗入 113 S30. 20 目黒 15. 356km 等々力~自由が丘を延長 113 S37. 1 目黒 15. 317km 一部経路変更 113乙 S43. 13 目黒 16. 528km 等々力~目黒駅~(高速)~霞ヶ関~東京駅南口を開設 113 S43. 28 目黒 15. 317km 目黒駅~白金台間の一方通行規制により東京駅行の道路変更 113乙 S43. 28 目黒 16. 528km 同上 東98乙 S62. 東急バスと共同運行となっている。 かつては都心から郊外までを直通する民営バスの相互乗り入れ路線が多数運行されていたが、地下鉄網の発達や渋滞により、当時の姿で残る系統はこれだけとなった。 そのような意味でも貴重な存在と言える。 目黒駅に近年まで地下鉄がなかったことや、目黒駅をまたぐ流動が多いことが今でも残っている理由なのだろう。 1時間と少し、200円 東急バスは210円 で都心と郊外を安価に結ぶだけあって利便性はなかなかのものである。 中央郵便局や東京駅丸の内口の復原工事など、再開発の進む東京駅南口から発車する。 左手に赤レンガの駅舎とJRの線路を見ながら突き当りに存在感のある東京国際フォーラムを見つつ右折する。 ここから馬場先門まではかつて「一丁ロンドン」と呼ばれた日本初の近代オフィスビル街として造られた通りで、当時の姿を伝えるレンガ造りの三菱一号館が先日復元して右手にオープンした。 馬場先門で左折して日比谷通りに出る。 都会の中では広い車線が確保されており、日比谷公園の緑を右に、ザ・ペニンシュラ東京や日生劇場、帝国ホテルを左に眺めながらゆったりとした都心の風景が見られる。 日比谷~内幸町は停留所の間隔が開いているため、気持ちよく飛ばすことも多い。 内幸町で右折し、市政会館や日比谷図書館 改装中 といった歴史的建物を右に見る。 直進すれば官庁街だが、次の交差点で左折し、桜田通りと日比谷通りに挟まれた名無しの2車線道路を南下する。 裏道っぽく、渋滞することも少ない。 企業の入る雑居ビルが並ぶが、通り沿いは大きなビルに建て替えられる所も増えてきている。 西新橋二丁目停留所の先でマッカーサー道路こと地下に建設中の環状二号線と交わる。 右手には23区では数少ない山である愛宕山と愛宕神社、そしてNHK放送博物館があるが、ビルに遮られてよく見えない。 通り沿いでは再開発した愛宕グリーンヒルズの高いビルが目立っている。 慈恵会医大の停留所を過ぎる頃には正面右手に東京タワーの姿が迫ってくる。 見上げないと全貌がつかめないくらいの大きさである。 この付近は芝公園の中を通り抜けるように道路が走っており、車窓の緑も一気に増える。 東京プリンスホテルに沿って曲がると東京タワーの停留所があるが、タワーの台地の真下にあるため停留所からはタワーは見えない。 地下鉄の駅 神谷町、赤羽橋 よりも近くて便利で、バスに乗る観光客の姿も見ることができる。 東京タワー下の坂を下ると桜田通りと合流し、赤羽橋の交差点になる。 五叉路となっているため信号が複雑で、信号待ちのロスタイムがやや目立つ。 大江戸線の赤羽橋駅はこの交差点が近いが、[東98]の赤羽橋駅はさらに南下した三田国際ビルの脇で、駅や他系統の赤羽橋駅停留所とも離れているので注意が必要である。 ここからは折れ曲がる桜田通り 国道1号 の上をなぞるように魚籃坂下・清正公前まで進む。 三田二丁目では第一京浜を目の前にして右折するが、桜田通りも右折しているのでそれに沿っていると言える。 曲がる前後で慶応義塾東門、慶応義塾大の停留所があり、後者はキャンパスの正門の目の前に停留所が置かれている。 昼は待ち客の姿が絶えないラーメン二郎の三田本店を右手に見ながら魚籃坂下を過ぎ、麻布十番からの道路と合流すると白金高輪駅停留所。 かつて港区役所高輪支所と呼んでいた停留所だが、目の前に白金高輪駅の1番出入口が作られた。 ただし、東京駅方面は道路の都合で設置されていない。 清正公前で桜田通りと別れ、目黒通りに入る。 都ホテルを左に見ながら坂を登ると白金台のエリアで、道路の拡幅が進み整然とした雰囲気になった。 右に庭園美術館の緑が見えてくれば目黒駅まではすぐで、上大崎で首都高をくぐって少し走れば目黒駅となる。 ただし、目黒駅の乗り場は東口の都営バス乗り場にはなく、東急目黒線の駅入口を過ぎて坂を下り始めた外れにあるためご注意を。 この付近は往復で経路が異なっており、東京駅行きに関しては駅北側の道路を経由している。 道路自体がそれぞれ一方通行になっているための措置である。 目黒駅からも目黒通りをひたすら直進する。 ここからは東急バスのエリアとなり、並走する[黒01][黒02] 目黒駅~大岡山小学校・二子玉川駅 とは特に頻繁にすれ違う。 目黒駅のすぐ先、権之助坂を下りると白金台も終わりで、目黒川を渡って山手通りと交差する大鳥神社からは再び上り坂となり台地地形になる。 右手には面白スポットの目黒寄生虫館もある。 家具やインテリアの店が多く、近年注目されているエリアでもある。 通り沿いはビルやマンションが並ぶが、一歩裏に入ると閑静な住宅街が広がる。 戦前にあった競馬場が移転した時から名前が数十年変わっていない「元競馬場」停留所を過ぎてしばらく進むと「清水」。 左手に東急バスの目黒営業所があり、たくさんのバスの姿が見られる。 旧町名を今に伝える名だが、なぜか車庫の名にはしていない。 さらに進み、碑文谷五丁目交番の停留所は、ダイエー碑文谷店のほぼ目の前となる。 ダイエーの旗艦店とも言うべき店舗で、[東98]を使って買い物に訪れる人の姿も多い。 そこを過ぎると柿の木坂陸橋で環七と交差し、柿の木坂を下って都立大学駅北口となる。 鉄道と並行しない目黒通りでは数少ない鉄道乗り継ぎポイントである。 都立大学駅北口を過ぎると、雑居ビルよりもマンションや一軒家が目立つようになってくる。 高級スーパーのザ・ガーデン自由が丘店の脇にある八雲三丁目は東急バスの自由が丘・駒沢方面の乗り継ぎポイント。 かつてはここが「自由が丘」と名乗っており、開業時の終点であった。 東急バス側の路線名である「自由が丘線」もそこから由来しているが、自由が丘駅までは歩いて10分以上かかる。 八雲を過ぎると世田谷区に入り、終点もいよいよ近くなってくる。 産能大を過ぎると左にゆるやかに道路がカーブするようになり、等々力七丁目で東急バスの二子玉川方面と別れる。 玉川神社を過ぎると目の前に陸橋が見えてくるが、バスはそのまま側道を下りる。 下りた先には大井町線の線路があり、玉川区民会館沿い、駅前の細い道路に「等々力駅」の停留所がある。 駅は直接見えないが、徒歩1分もかからない距離である。 なお、都営バスは「等々力駅」、東急は「等々力」が正式名称らしく、唯一名前が異なる停留所となっている。 等々力は他にも系統が集まるものの、建物が密集していてターミナルを作れないため、停留所の設置にはかなり苦労の跡が見られる。 東京駅発はここで終点となるが、東急バスの運行分については大井町線の線路と並行しながら駅を過ぎ、少し進んだ等々力操車所が終点となる。 また、等々力発については都営、東急とも操車所始発となる。 等々力駅から操車所までは200mも離れていないが、歴史的経緯によるものらしい。 終点の等々力操車所はアパートや住宅街の中にある駐車場のような折返場で、都営バスと東急バスが並んで休憩する姿もよく見られる。 歴史 [東98]が開通したのは昭和23年のことで、相互乗り入れ系統の中では初期の開通となった。 今でも盛んに東急バスが走る目黒通り沿線から都心への直通を狙ったものである。 都営バス側のルート選定が面白い。 目黒駅から東京駅近くまでは都電がかつての[黒10]のルートで走っており、魚籃坂下・麻布十番から日比谷通りを経由する経路は戦前はバスも並行して通り、都心へのメインルートとも呼べる存在だったが、これを敢えて外すように設定された。 都電とあわせてカバーできる範囲をできるだけ拡げたかったのだろうか。 当時は急行運転であり、目黒駅を出ると白金台町 現白金台五丁目 、日吉坂上 現白金台駅 、清正公前、魚籃坂下、三田三丁目 慶應義塾付近 、赤羽橋、慈恵医大、愛宕山下、南佐久間町 現虎ノ門一丁目 という具合だった。 魚籃坂下から赤羽橋・愛宕方面のルートは戦前にもほとんど設定されておらず、この系統が起源と言える。 なお、当初は南佐久間町から一旦外堀通りに出て、田村町一丁目 現西新橋一丁目 から日比谷通りに入るルートだったようだ。 現在のように通産省 経済産業省 を経由するルートとなったのは昭和37年のようである。 当初のルートのほうが乗換も便利で乗客も多そうだが、できるだけ他と重複しないルートをとりたかったのだろうか。 開業当初は目黒車庫が復旧していなかったため渋谷所管だったが、昭和30年の目黒営業所開設時に移管され、その後は一貫して閉所まで所管し続けた。 昭和34年には自由が丘 現八雲三丁目 から目黒通りを走って等々力まで延長され、現在の経路が完成した。 目黒駅を通る唯一の相互乗り入れ路線として本数も多く設定されるようになっていた。 さらに、昭和43年には首都高速経由が誕生する。 昭和42年7月には都心環状線が、9月には目黒線が全通し、従来の相互乗り入れ系統が渋滞や鉄道の発展により下火になりつつなる中で、都営バスとしても新たな形態として首都高を経由して直接都心にアクセスする路線を試すことになった。 目黒駅を出た後は上大崎から横にそれて目黒ランプに入り、一ノ橋Jctを経て都心環状線に入り霞ヶ関ランプを出て[橋63] 小滝橋車庫~新橋駅 の霞ヶ関停留所に停車後、内幸町から東京駅までは本線と同じという経路を取っていた。 朝夕のみの運転で、所要時間の短縮もあって好評をもって迎えられたようだが、いかんせん首都高の当時の路線網では急速に進んだモータリゼーションに耐えられず、渋滞により速達性を得られなかったようだ。 昭和59年2月に夕方の下り設定は廃止され、それ以降は朝の上りのみの設定だった。 末期は都営・東急が朝2本ずつ上りに運転され、目黒駅~内幸町は12~14分程度と、普通便の半分の時間でありかなりのショートカットを実現していたが、昭和62年5月の改正で廃止され、再び普通便のみに戻ってしまった。 首都高速経由は専用のヘッドマークを掲出していたのも当時の思い出である。 中央環状線や一般道の整備が進んだ今となっては、渋滞も当時よりはかなり低減していると思うが、時代や道路環境が合わなかったのだろう。 九州や広島など、都市高速経由の一般路線がたくさん走って速達効果を遺憾なく発揮しているようなところを見るとその思いが強くなる。 さて、路線形態は昭和30年代の等々力延長から変わらないが、目黒の閉所により所管や出入庫には影響を受けている。 平成17年の目黒閉鎖に伴い品川の所管に移り、品川車庫~目黒駅は出入庫で運転する形態となった。 しかし、その後は目黒駅~等々力を営業運転する比率が少しずつ下がってゆき、等々力~大鳥神社~ 山手通り ~品川車庫の回送も見られるようになった。 平成20年には港南に移管し、運行をはとバスに委託することになった。 このダイヤ改正で長らく堅持されてきた本線を都営・東急が必ず交互に運行する法則が一部崩れ、一部時間帯で東急が運用を肩代わりしたのか連続で東急が運行する時間帯が出るようになった。 そのため、現在は東急便のほうがわずかに本数が多くなっている。 そして平成25年4月の改編で、都営は全便[東98]から撤退し、東急バスに一本化された。 利便性に関しては従来の本数が維持され、東急バスが全ての運用をこなすようになった。 何回か目黒駅で分断の計画があったことを考えると、路線がそのままの形で残ったのはまだ良かったと言えるだろう。 これにより、都心側でも東急バスしか停まらなくなる停留所は東急仕様のものに交換された。 御成門小学校のように、片方側だけ都営バスが継続して停まる停留所については、片方は都営仕様のまま、もう片方は東急仕様というようになっている。 バス停の頭につけられていた「みんくる」の丸板は取り外され、清正公前の「東急」みんくる停留所も見納めになった。

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東98 (都営バス・東急バス)

東急 バス 東 98

バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線• バス乗換路線•

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東急バス・東急トランセ

東急 バス 東 98

東急バス(目黒区)が東京駅と等々力操車所間を結ぶ路線「東98」系統(自由が丘線)に、水素で走る燃料電池バス「SORA(ソラ)」を導入して1カ月が過ぎた。 (自由が丘経済新聞) トヨタ自動車製・ソラは通常のバスの燃料である軽油を使わず、水素と空気中の酸素を化学反応させ発電し、その電力でモーターを駆動させて走行する。 走行時に二酸化炭素(CO2)など大気汚染の原因となる有害物質を排出しない。 燃料電池バスはこれまでに、都営バス、横浜市営バス、京急バスなどで導入されており、導入事業者として東急バスは6番目。 「環境問題が社会的課題として関心を寄せられるようになって久しい中、昨今の時世を考慮した上で導入に至った」という。 運行するのは、同社の一般路線では最長路線で、東京駅南口と等々力(とどろき)操車所(世田谷区)間・約15キロを結ぶ「東98」系統。 同路線はもともと東急バスと都営バスが相互乗り入れしていた路線で、2013(平成25)年に都営バスが撤退したことから、それ以降は東急バス単独運行となった。 同路線が「自由が丘線」と呼ばれるのは、1959(昭和34)年に目黒駅から等々力操作所へと路線が延長されるまで、目黒駅と自由ヶ丘(旧表記、現在の「八雲三丁目」)間で運行されていたことに由来する。 ソラの車体サイズは通常のバスとほぼ同じで、デザインは東急バスオリジナル仕様。 車体フロント下部分からリヤにかけては同社のノンステップバスのカラーリングと同じで、後方は同社コーポレートカラーのオレンジ色。 車内床面は木目模様となっている。 今後の展開について、同社は「燃料電池バスの増備予定については未定だが、最新技術に触れることにより、クリーンエネルギーへの転換という環境面だけではなく、次世代バスの具現化やあり方について引き続き検討していきたい」としている。 運行は平日のみで、「等々力操作所方向」では1日4便、「東京駅南口方向」は1日5便。 ただし、同路線の平日は現在「臨時土曜」の特別ダイヤで運行している。

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